かいぞく姫と魔法のティアラ

終章 かいぞく姫

結婚式直前

「お似合（にあ）いです、姫（ひめ）」

「……！　フィリップ！　ジャン達（たち）はどこ！」

　結婚式（けっこんしき）の準備（じゅんび）でにぎやかな部屋（へや）にフィリップが入（はい）ってきた。

　彼（かれ）の元（もと）へ走（はし）り寄（よ）り、まくしたてる。

「牢屋（ろうや）に入（い）れてあります。子（こ）ども達（たち）はさすがに解放（かいほう）しましたが」

「どうして！」

「どうしてなんて言（い）われましても……姫（ひめ）を誘拐（ゆうかい）したからに決（き）まっているではありませんか。さらにはティアラまで盗（ぬす）んだ。これは重（おも）い罪（つみ）になります」

「そんなことない！　彼（かれ）は私（わたし）を助（たす）けてくれた！　最初（さいしょ）こそちょっと乱暴（らんぼう）だったけど、でも優（やさ）しい人（ひと）だったわ！　それにティアラだって、無理矢理（むりやり）奪（うば）い取（と）ろうとかも考（かんが）えていなかったし、むしろ私（わたし）に返（かえ）してくれようとしてたの！」

「……」

「だからお願（ねが）い。彼（かれ）らを許（ゆる）してあげて。何（なん）にも悪（わる）い事（こと）なんてしてないのよ」

「姫（ひめ）」

「ただ冒険（ぼうけん）をしてて、そこに私（わたし）がまぎれこんじゃっただけ。でも彼（かれ）らは温（あたた）かく迎（むか）えてくれた、海（うみ）の向（む）こうを見（み）せてあげるって言（い）ってくれたの」

「それでも姫（ひめ）、彼（かれ）らはずっとティアラを盗（ぬす）もうと侵入（しんにゅう）を繰（く）り返（かえ）していたんですよ？　あいつらが姫（ひめ）を利用（りよう）して盗（ぬす）もうとしたと考（かんが）えた方（ほう）が自然（しぜん）だとは思（おも）いませんか」

「そんなこと……」

「では聞（き）きますが、あいつが船（ふね）に戻（もど）るふりして姫（ひめ）を海（うみ）に突（つ）き落（お）としていたらどうするつもりだったんですか」

「彼（かれ）は絶対（ぜったい）にそんなことしない」

「子分（こぶん）二人（ふたり）をけしかけてくるかも」

「しないったらしない！」

「言（い）い切（き）れますか？　仲良（なかよ）しの情報屋（じょうほうや）が裏切（うらぎ）ったというのに？」

「……！」

　急（きゅう）にお腹（なか）が痛（いた）くなった。あの時（とき）のことが脳裏（のうり）に蘇（よみがえ）ってくる。

『お前（まえ）だけは道（みち）を間違（まちが）えるな。自分（じぶん）の道（みち）を信（しん）じ続（つづ）けろ』

　その言葉（ことば）の意味（いみ）はまだまだ分（わ）からないままだし、何（なに）よりとてもショックだった。だからこのことを引（ひ）き合（あ）いに出（だ）されると急（きゅう）にだめになる。

「彼（かれ）は『クライシス王国（おうこく）のスパイ』だった。あんなに優（やさ）しく明（あか）るい一般人（いっぱんじん）でさえそうやって裏切（うらぎ）ったのに、どうして海賊（かいぞく）が裏切（うらぎ）らないと思（おも）ったんですか」

「……」

「それに姫（ひめ）はもう聞（き）いたでしょう、彼（かれ）の過去（かこ）を。弟（おとうと）を裏切（うらぎ）り自分（じぶん）だけ逃（に）げだした……さぞ弟（おとうと）さんは切（せつ）なかったことでしょう」

「でも、でも」

「だから姫（ひめ）。もういいかげん彼（かれ）の事（こと）はお忘（わす）れなさい。これからは優（やさ）しい王子様（おうじさま）の手元（てもと）で幸（しあわ）せな人生（じんせい）を送（おく）ることができる、危険（きけん）も何（なに）もない温（あたた）かなお城（しろ）の中（なか）で笑（わら）って暮（く）らすことができる。これ以上（いじょう）の幸（しあわ）せがありますか」

　赤（あか）と緑（みどり）のオッドアイをのぞくと、その瞳（ひとみ）は優（やさ）しく、かつ心配（しんぱい）そうにうるんでいた。きっと私（わたし）のことを考（かんが）えてそう思（おも）っている、だからこんな目（め）になるんだと思（おも）う。

　周（まわ）りをちらりと見（み）るとドレスの着付（きつ）けをしてくれている侍女（じじょ）やリンダの心配（しんぱい）そうな顔（かお）が並（なら）んでいるのも見（み）えた。一人（ひとり）はおろおろしているし、一人（ひとり）は少（すこ）し涙（なみだ）ぐんでいるし、とても居心地（いごこち）が悪（わる）い。

　でも、でも……。

『そういう時（とき）だいたい大人（おとな）は「決（き）まりだから」とか「それがお前（まえ）の幸（しあわ）せだから」とかテキトー言（い）うけどさ、そんなの実（じつ）は誰（だれ）も決（き）めてないんだぜ！？　自分（じぶん）の幸（しあわ）せを押（お）し付（つ）けてるだけ』

　ジャンの言葉（ことば）をふと思（おも）い返（かえ）し、拳（こぶし）を握（にぎ）りしめた。

　前（まえ）を向（む）いて勇気（ゆうき）を出（だ）す。

「わ、私（わたし）には……」

「何（なん）ですか？」

　首（くび）をかしげたフィリップにちょっと口（くち）ごもったけど、伝（つた）えるべきはちゃんと伝（つた）えなくちゃいけないんだと思（おも）う。

　だって私（わたし）は“自分（じぶん）だけの時間（じかん）”を生（い）きなくてはならないはずだから。

「あのね、フィリップ」

「はい」

「そんなのは、私（わたし）には不幸（ふこう）よ」

「姫（ひめ）」

「お願（ねが）い、聞（き）いてフィリップ。私（わたし）、恋（こい）なら自分（じぶん）で選（えら）びたいし、結（むす）ばれるなら大切（たいせつ）な人（ひと）とが良（い）い。生（い）き方（かた）も自分（じぶん）で選（えら）び取（と）って幸（しあわ）せの形（かたち）も自分（じぶん）で決（き）めるわ」

「それって……まさか」

「ええ。私（わたし）は結婚（けっこん）するなら……ジャンとが良（い）い」

　その瞬間（しゅんかん）周（まわ）りから歓声（かんせい）のような驚（おどろ）くような声（こえ）が上（あ）がった。

「姫（ひめ）！」

「お願（ねが）いフィリップ、リンダ！　私（わたし）、この二日間（ふつかかん）でよく分（わ）かったわ。生（い）きるってどういうことなのか、私（わたし）の求（もと）める幸（しあわ）せは何（なん）なのか。そして恋（こい）とは何（なに）か。――お願（ねが）い、皆（みんな）手伝（てつだ）って。彼（かれ）らを牢屋（ろうや）から出（だ）して、それからお父様（とうさま）とお母様（かあさま）にお願（ねが）いをするわ。大丈夫（だいじょうぶ）、お父様（とうさま）もお母様（かあさま）もきっと分（わ）かってくれる。だって私（わたし）のこと、きっと愛（あい）してくれているはずだから！」

「でも姫様（ひめさま）」

「リンダ、お願（ねが）い信（しん）じて。本気（ほんき）なの！　あんな人（ひと）と結婚（けっこん）させられるぐらいならこんな国（くに）出（で）ていくわ。それこそ前（まえ）と同（おな）じように窓（まど）から飛（と）び出（だ）して！」

「そんなあんまりです！」

「姫（ひめ）、わがままはいけません！」

「わがままなのはどっちよ！　全部（ぜんぶ）そっちの言（い）いなりじゃない！　全部（ぜんぶ）全部（ぜんぶ）言（い）うこと聞（き）いてきた。逆（さか）らったこともなかった。でももうウンザリ、我慢（がまん）なんかもうできない。私（わたし）のお願（ねが）いなんかいつだって聞（き）いてくれなかった！」

「でも、でも姫様（ひめさま）――」

　リンダがそう言（い）ってすがりつこうとした時（とき）だった。

「ソフィア！　そのおしゃべりな口（くち）をお閉（と）じなさい！」

　空気（くうき）を震（ふる）わせるびりりとした鋭（するど）い声（こえ）が部屋（へや）の外（そと）から聞（き）こえてきたと思（おも）った瞬間（しゅんかん）、その人（ひと）は入（はい）って来（き）た。

「お母様（かあさま）……？」

　あれ。聞（き）いていたイメージと何（なに）かが違（ちが）う気（き）がする。

　またお腹（なか）が痛（いた）くなってきた。

　私（わたし）を愛（あい）してくれているんだよ、ね？

　＊　＊　＊

「ソフィアや！　よく帰（かえ）って来（き）てくれた！」

　シュッと立（た）ってムスッとしているお母様（かあさま）の後（うし）ろから小（ちい）さなおじいちゃんみたいな人（ひと）が飛（と）び出（だ）してくる。私（わたし）のお父様（とうさま）。

「あなた！　使用人（しようにん）の目（め）の前（まえ）でみっともない。およしなさい！」

　抱（だ）きつこうとした瞬間（しゅんかん）お母様（かあさま）にぴしゃんと怒（おこ）られた。それに肩（かた）を震（ふる）わせ、しずしずと後（あと）ずさる。

　え、そんなに怖（こわ）いの……。

　やがて入（い）れ替（か）わるようにお母様（かあさま）が前（まえ）に出（で）てきた。

「ソフィア。お帰（かえ）りなさい」

「た、ただいま……戻（もど）りました」

「聞（き）いていました。海賊共（かいぞくども）を牢屋（ろうや）から出（だ）したいだとか、結婚（けっこん）したいだとか、ヴェレーノ様（さま）との結婚（けっこん）はいやだとか」

「あ、話（はなし）を聞（き）いてくださってたのね、なら良（よ）かった。あの、お母様（かあさま）、何（なん）とか頼（たの）めないかしら。彼（かれ）らは私（わたし）の命（いのち）の恩（おん）――」

　そこまで言（い）いかけたその瞬間（しゅんかん）、目（め）を見開（みひら）いた。

「いいえ。牢屋（ろうや）は開（あ）けません、海賊共（かいぞくども）も式（しき）が終（お）わり次第（しだい）処刑（しょけい）します」

　そんなこと言（い）われるとは思（おも）わなくて。

「え……」

「命令（めいれい）は絶対（ぜったい）です、以上（いじょう）。お前達（まえたち）、業務（ぎょうむ）に戻（もど）りなさい。式（しき）は時間（じかん）通（どお）りにとり行（おこな）います、そうヴェレーノ様（さま）にお伝（つた）えして」

「はい、女王様（じょおうさま）」

「待（ま）って、どうしてお母様（かあさま）！　そんなのひどすぎる！」

「ここで気（き）をゆるめれば全（すべ）ての悪人（あくにん）がつけこんであなたをさらいに来（く）るわ。それが人間（にんげん）というものよ、皆（みんな）自分勝手（じぶんかって）。だからルールというものがあり、その通（とお）りに厳（きび）しく罰（ばっ）していかなければならないの」

「でもそんなの脅（おど）しだし、そうやって支配（しはい）されたらたまったものじゃない！　何（なに）よりまず相手（あいて）の本質（ほんしつ）が見（み）えてないじゃない。もしもそうやって殺（ころ）した人（ひと）が賢（かしこ）く素晴（すば）らしい人（ひと）だったらどうするの？　だまされて牢屋（ろうや）に入（い）れられた人（ひと）だったら！　そんなのあんまりよ！」

「お黙（だま）りソフィア！　国（くに）の政治（せいじ）を何（なに）も分（わ）かっていないくせに！」

　声（こえ）がのどの奥（おく）に引（ひ）っ込（こ）んだ。お母様（かあさま）の怒鳴（どな）り声（ごえ）が頭（あたま）にはりついて声（こえ）が出（だ）せない。

「良（い）いこと、ソフィア。政治（せいじ）というものはとても難（むずか）しいの。それについてのお勉強（べんきょう）もろくにしないあなたが偉（えら）そうに言（い）わないでちょうだい。『相手（あいて）の本質（ほんしつ）が見（み）えてない』？　何（なに）を格好（かっこう）つけて……そんなの全員（ぜんいん）分（わ）かっているわよ。でもそうするしかない時（とき）だってあるの」

「で、でも、でも、そんなのって……やっぱりおかしい。だってそれだと何（なん）の解決（かいけつ）にもなってないでしょう？　だって、現（げん）に私（わたし）を助（たす）けてくれたジャン達（たち）は処刑（しょけい）されそうに――」

「ああ、いちいちごちゃごちゃ口（くち）ごたえしないで！　とにかくだめなものはだめだし、そこから何（なに）も変（か）わりはしない、特別（とくべつ）ルールとかもないから！」

「……！」

　――え。

　何（なに）かガツンと心（こころ）を殴（なぐ）られたみたいな感覚（かんかく）が。

「ねえソフィア、もっとお姫様（ひめさま）らしく大人（おとな）しくなったらどうなの。いちいち口（くち）ごたえしておてんばでおしゃべりでわがままな女（おんな）の子（こ）なんて一度（いちど）も聞（き）いたことありません。そんな子（こ）は誰（だれ）も好（す）きになりませんよ、もっとお上品（じょうひん）に歩（ある）いてもっとおしとやかになさい。そして皆（みんな）の言（い）うことを聞（き）いて黙（だま）って従（したが）っていれば良（い）いの」

「……」

「『私（わたし）』なんていちいち使（つか）って意見（いけん）を言（い）うのも嫌（きら）われる原因（げんいん）になるわ。笑（わら）う時（とき）も口（くち）に手（て）を当（あ）てておしとやかに。あとは走（はし）り回（まわ）るのも禁止（きんし）、いたずらも禁止（きんし）。ルールに全部（ぜんぶ）従（したが）うの」

「でも……」

「その『でも』がいけないの！　はぁ、いいこと？　私（わたし）はあなたのためを思（おも）って言（い）っているの。私（わたし）はあなたが幸（しあわ）せになれるように色々（いろいろ）手（て）をつくしているし、皆（みんな）はあなたを守（まも）るために頑張（がんば）っているの。お願（ねが）いだからその努力（どりょく）に泥（どろ）をぬらないでちょうだい。皆（みんな）の言（い）うことを黙（だま）って聞（き）いて。分（わ）かったらもう脱走（だっそう）なんて馬鹿（ばか）なまねしないでちゃんと式（しき）に出（で）るんですよ！」

「……」

「返事（へんじ）は！」

　……。

「お返事（へんじ）なさい！」

　……、……。

「ソフィア！！」

　……、……、……。

「……ない」

「何（なに）？」

「返事（へんじ）しない」

「何（なん）ですって！」

「返事（へんじ）なんかしないって言（い）ってるの！　何（なに）よ、大（おお）ウソつき！　私（わたし）のこと愛（あい）してくれてるなんてウソじゃない！　自分勝手（じぶんかって）なことばっかりおしつけて！　……もう誰（だれ）の言（い）うことも信用（しんよう）できない！　お母様（かあさま）なんて大嫌（だいきら）い！」

「……！　何（なん）て事（こと）言（い）うのソフィア！！」

「良（い）いから！　出（で）てって。皆（みんな）出（で）てって！　一人（ひとり）残（のこ）らず出（で）てって！！　一人（ひとり）にして、誰（だれ）にも会（あ）いたくない！」

「ソフィア！！」

「出（で）てって！！」

　気持（きも）ちがぐるぐるして頭（あたま）が真（ま）っ白（しろ）で、そして胸（むね）の奥（おく）には物凄（ものすご）い力（ちから）の感情（かんじょう）がうずまいていた。全員（ぜんいん）を部屋（へや）の外（そと）に勢（いきお）いだけで押（お）しやって扉（とびら）を無理矢理（むりやり）閉（し）める。

　そしてかぎをかけた。

「う……ううう……」

　涙（なみだ）がこぼれてこぼれて止（と）まらない。止（と）めようとしてもどうしても止（と）まらない。

　あんなに言（い）わなくたっていいじゃないの！！

「わあああああ！！」

　まるでひとりぼっちになったみたい。

　私（わたし）は何（なに）を信（しん）じれば、何（なに）を信（しん）じれば良（い）いの！

　そのまま十数分間（じゅうすうふんかん）はベッドに突（つ）っ伏（ぷ）したまま何（なに）もできずに、ただただ泣（な）いていた。

　＊　＊　＊

　ほんの数時間前（すうじかんまえ）までの楽（たの）しい記憶（きおく）がよみがえる。

　皆（みんな）でお祭（まつ）りを回（まわ）って、おいしいものをたくさん食（た）べた。たくさん踊（おど）って、輪投（わな）げとかもいっぱいやった。きっと賞品（しょうひん）がまだ船（ふね）に残（のこ）っている。

　ドンクがビーズセットに目（め）を輝（かがや）かせてるのを見（み）てジャンにお願（ねが）いした。ディーディーの作戦（さくせん）はとっても格好（かっこう）良（よ）かった。皆（みんな）でパン食（た）べて、動物（どうぶつ）たちに盗（と）られて追（お）いかけて、遺跡（いせき）にも入（はい）った。ティアラを自分達（じぶんたち）の手（て）で取（と）り出（だ）したその瞬間（しゅんかん）は本当（ほんとう）にわくわくしたし、その後（あと）のピンチは本当（ほんとう）にドキドキした。

　デートに誘（さそ）ってくれた時（とき）は本当（ほんとう）に嬉（うれ）しかった。あの時（とき）に戻（もど）りたい。

　レイレイのお菓子（かし）やパンがおいしかった。ドンクは頑張（がんば）り屋（や）で力持（ちからも）ち、ディーディーは頭（あたま）が良（よ）くて、子（こ）ども達（たち）はとにかく勇敢（ゆうかん）だった。ジャンは……とても素敵（すてき）。皆（みんな）自分（じぶん）の人生（じんせい）をまっすぐ進（すす）んで、その道（みち）に対（たい）して疑（うたが）ったりだめだとか思（おも）うことなんて無（な）かった。その道（みち）を楽（たの）しみぬいて、やりぬいて。そうして生（い）きている、暮（く）らしている。

　その一（ひと）つ一（ひと）つに対（たい）して一度（いちど）もムダな事（こと）は無（な）かったって思（おも）ってる。そのどれもが全（すべ）て大切（たいせつ）な経験（けいけん）だったはず。今（いま）さらお姫様（ひめさま）らしくなんかなれない。

　――そうだ。

　起（お）き上（あ）がりながらふと思（おも）う。

　レイレイが最後（さいご）に残（のこ）した言葉（ことば）の意味（いみ）はきっとそうだ。

　周（まわ）りがどんなに他（ほか）の平（たい）らな道（みち）を押（お）し付（つ）けてきても私（わたし）は私（わたし）の道（みち）を信（しん）じ生（い）き続（つづ）けろと、自分（じぶん）を信（しん）じて進（すす）み続（つづ）けろと。きっとそう言（い）ってくれた。

「そしたら、鳥（とり）かごの中（なか）の鳥（とり）はどうすれば良（い）い？　花壇（かだん）に植（う）えられたお花（はな）はどうするの？　私（わたし）は……お城（しろ）に閉（と）じ込（こ）められた私（わたし）は」

　私（わたし）はお花（はな）じゃない。

　私（わたし）は小鳥（ことり）でもない。

　私（わたし）はお人形（にんぎょう）にもなれないし、ましてや素晴（すば）らしいお姫様（ひめさま）を演（えん）じ続（つづ）けるなんて無理（むり）。

　だとすれば、だとするならばこのお城（しろ）は私（わたし）の居場所（いばしょ）じゃない。

　私（わたし）の生（い）きる場所（ばしょ）はここじゃない。そう心（こころ）が訴（うった）えてくる。

　なら私（わたし）はどこで生（い）きる？　私（わたし）の生（い）きるべき場所（ばしょ）はどこ。

　私（わたし）は、私（わたし）は――。

「私（わたし）は……おばあちゃまがいつか見（み）た海（うみ）の向（む）こうの景色（けしき）を見（み）に行（い）きたい。そう、そうよ。海（うみ）の向（む）こうを見（み）に行（い）くわ、それもひとりぼっちなんかじゃなくてあのメンバーと、大切（たいせつ）な人達（ひとたち）と一緒（いっしょ）に見（み）に行（い）くわ！」

　月（つき）の光（ひかり）がサッと入（はい）って来（き）た。背中（せなか）から降（ふ）り注（そそ）ぐそのやわらかな光（ひかり）は私（わたし）の背中（せなか）を押（お）しているみたいだった。

「そのためならどうなったってかまわない。どんなにケガしてもどんなに苦（くる）しくとも貧（まず）しくなろうとも私（わたし）は彼（かれ）らと一緒（いっしょ）に行（い）くわ。それが私（わたし）の生（い）きる道（みち）、ようやく見（み）つけた私（わたし）の生（い）き方（かた）。私（わたし）の運命（うんめい）よ！　――私（わたし）は解（と）き放（はな）たれて、波（なみ）に導（みちび）かれて世界（せかい）の果（は）てまで旅（たび）をするの。そうして自由（じゆう）の下（もと）に生（い）きるの！　彼（かれ）らを助（たす）け出（だ）して、また船（ふね）に乗（の）って……ええそうよ、もう二度（にど）と帰（かえ）らない。帰（かえ）ったりするものですか！　もう迷（まよ）ったりもしない、道（みち）を踏（ふ）み外（はず）したりもしない！　私（わたし）は私（わたし）の人生（じんせい）を生（い）きるの！」

　涙（なみだ）は気付（きづ）けばもう出（で）ていなかった。

　完全（かんぜん）に体（からだ）を起（お）こし、立（た）ち上（あ）がる。鏡（かがみ）を見（み）たら目（め）の周（まわ）りが真（ま）っ赤（か）っ赤（か）。あはは、ひどい顔（かお）。ちょっと笑（わら）って窓（まど）の外（そと）、海（うみ）の向（む）こうを見（み）つめた。

　そうよ、自分（じぶん）の道（みち）は自分（じぶん）で決（き）める。

　まずはジャン達（たち）を何（なん）としてでも助（たす）け出（だ）そう。そしたら港（みなと）まで走（はし）って行（い）く。もしかしたらお城（しろ）の近（ちか）くまで船（ふね）が移動（いどう）させられてるかもしれないけれど、そしたら逆（ぎゃく）にお城（しろ）の立派（りっぱ）なやつを奪（うば）ってやるわ。

　かなり固（かた）い決心（けっしん）ができ、自信（じしん）もついてきた。心（こころ）なしか気持（きも）ちも軽（かる）くなった気（き）がする。何（なに）もしなくてもニヨニヨしちゃう。

　意気揚々（いきようよう）と、しかし音（おと）はあまり立（た）てないように部屋（へや）の扉（とびら）を開（あ）ける――と。

　ドシン！！

「わっ！」

「きゃ！」

　やばっ、誰（だれ）かにぶつかった！

「あ、ご、ごめんなさい！　ケガは――」

　駆（か）け寄（よ）ってすぐさまハッとした。

　ゲ。フィリップだ。

　あれ、もしかして聞（き）かれてた？

　聞（き）かれてたらやばくない？

「……聞（き）い、てた？」

「あ、い、いや？　何（なん）でもないです」

　しかしフィリップの答（こた）えはそんなのおかまいなしみたいな感（かん）じで、ちょっと安心（あんしん）。というよりか少（すこ）し態度（たいど）がおかしい気（き）もする。何（なん）か気（き）になって彼（かれ）のすぐそばを見（み）ると液体（えきたい）の入（はい）った小（ちい）さなビンと何枚（なんまい）かの紙（かみ）が落（お）ちていた。

「フィリップ、何（なに）か落（お）ちてる」

「あ、さわるな！」

　瞬時（しゅんじ）に何（なに）か予感（よかん）がして逆（ぎゃく）にそれらを奪（うば）い取（と）って見（み）てやった。

　それは一枚（いちまい）のメモ、一枚（いちまい）の写真（しゃしん）、何（なに）やら薬（くすり）の入（はい）っているらしい小（こ）ビン。

「ねえフィリップ、この写真（しゃしん）……何（なん）でレイレイが縛（しば）られてるの？　どうしてこんなにおびえた顔（かお）しているの？」

「……」

「このビン、ラベルに睡眠薬（すいみんやく）って書（か）いてある……。何（なに）、する気（き）だったの？」

「……、……」

「ねえ、フィリップ」

「……、……、……」

「このメモの……睡眠薬（すいみんやく）を使（つか）うって、誰（だれ）に、つか……」

　そこまで言（い）って顔（かお）をふと上（あ）げるとそこにあったのはいつもの優（やさ）しいフィリップじゃなかった。

　物凄（ものすご）い近（ちか）くにいる怖（こわ）い顔（かお）のフィリップ。

「ヒッ！」

　あわてて逃（に）げようとしたけれど強（つよ）い力（ちから）で引（ひ）っ張（ぱ）られ、捕（つか）まえられてしまった。口（くち）に布（ぬの）を押（お）し当（あ）てられて声（こえ）が出（だ）せない！

　怖（こわ）い！！　ジャン、ジャン！！

「……何（なん）で拾（ひろ）ったんですか、姫（ひめ）」

「んんん！」

「せっかく怖（こわ）くないようにって頑張（がんば）っていたのに」

　言（い）いながら彼（かれ）は左腕（ひだりうで）をおおう服（ふく）の袖（そで）をまくり上（あ）げ――。

　その下（した）に隠（かく）れる「クライシス王国（おうこく）の紋章（もんしょう）」を見（み）せつけてきた。

「どういうことか分（わ）かりますよね？　姫（ひめ）」

「……！」

　そうすると……本当（ほんとう）のスパイは……実（じつ）は……。

　瞬間（しゅんかん）、全（すべ）てがつながる。

『王国（おうこく）は昔（むかし）クライシス王国（おうこく）って国（くに）に襲（おそ）われたことがある。今（いま）もそこのスパイが狙（ねら）っているって噂（うわさ）もあるわ』

『あの……体（からだ）にクライシス王家（おうけ）の紋章（もんしょう）が刻（きざ）まれてるっていう、あの？』

『そりゃ行方不明（ゆくえふめい）の王子様（おうじさま）の代（か）わりとして王子様（おうじさま）になったのがクライシス王家（おうけ）のとこの末（すえ）っ子（こ）だからッスよ。大事（だいじ）な王子（おうじ）の結婚（けっこん）祝（いわ）いだって事（こと）でクライシス王国（おうこく）の偉（えら）い人達（ひとたち）がいっぱい来（き）てるんス』

『スパイ、国（くに）の魔法（まほう）使（つか）いに操（あやつ）られてるうわさもある』

『それにおじさん、これからちょっと大事（だいじ）な用事（ようじ）があるからさぁ』

『レイレイ！　待（ま）って、何（なん）で！　何（なん）で！！』

『……』

『嘘（うそ）って言（い）ってよ！！』

『……』

『嘘（うそ）だよね！！　レイレイ！！』

『お前（まえ）だけは道（みち）を間違（まちが）えるな。自分（じぶん）の道（みち）を信（しん）じ続（つづ）けろ』

　もしかして……レイレイがああやって襲（おそ）いかかって来（き）たのってクライシス王国（おうこく）の魔法使（まほうつか）いに――いや違（ちが）う、スパイであるフィリップに操（あやつ）られていたから？　そうやって他（ほか）の人（ひと）に罪（つみ）をなすりつければ自分（じぶん）は良（い）い人（ひと）になれるから誰（だれ）もフィリップを怪（あや）しまないんだ。それでジャン達（たち）、いわゆる「邪魔者（じゃまもの）」も処分（しょぶん）するつもりなんだ。だ、だとしたら……今（いま）のサルト・デ・アグワの王子（おうじ）は元々（もともと）クライシス王国（おうこく）の王子（おうじ）なわけだけど、もしも二人（ふたり）が裏（うら）でつながっていたのなら……そしたら……そしたら……ティアラを取（と）り出（だ）した後（あと）に出（で）てきたのも、結婚（けっこん）を迫（せま）ったりするのも、全部（ぜんぶ）、全部（ぜんぶ）……全部（ぜんぶ）……！！

　もしかして、いや、もしかしてだけどレイレイがああ言（い）ったのって……自分（じぶん）が操（あやつ）られてしまったから、お前（まえ）は気（き）を付（つ）けろってことだったなら……だとしたら、だとしたら……！！　私（わたし）……！！

「んんー！！　んんん！！」

「暴（あば）れるな！　大人（おとな）しくしなさい！　――くそ、アルファ、ベータ！　手伝（てつだ）え！」

　そうフィリップが私（わたし）をおさえつけながら何（なに）か言（い）ったかと思（おも）うとすぐそこの暗闇（くらやみ）から大（おお）きな体（からだ）の人（ひと）が二人（ふたり）出（で）てきてこちらに手（て）を伸（の）ばしてきた。

　やめて、やめて！

　怖（こわ）い、怖（こわ）い、怖（こわ）い！　誰（だれ）か助（たす）けて！！

「この国（くに）の姫（ひめ）だ。クライシス王国（おうこく）に着（つ）くまでは丁重（ていちょう）にあつかえ」

　ジャン、お願（ねが）い、来（き）て！　来（き）て！！

　助（たす）けて！！