【小編】その女性《ひと》の瞳から逃れたいのに逃れられない

金屋かつひさ

第1話

 その女性ひとに出逢ったのは三年ほど前。


 たしか新緑がまぶしく輝き始める季節だったか。


 取引先に呼び出された俺は、駅からの道を足早に歩いてた。


 別に遅れそうだったわけじゃない。アポの時間にはまだ十分じゅうぶん余裕がある。ならなんで足早なのかというと、あそこに行く前いつも寄る、取引先近くのカフェに向かってたから。そこでコーヒー飲んで時間調整するのが習慣になってたから。


 できればあの取引先にはあんまり行きたくないんだが、何度も呼び出されるうちにそういう習慣になってしまった。担当者がいけかないやつで、なんやかんやと理由をこじつけてはこっちを怒鳴りつけるために呼び出しやがる。たいていがちっぽけないちゃもん。電話で済むレベル。いや、電話なら怒鳴られてもいいってわけじゃない。怒鳴られるのは好きじゃない。しかも理由が理不尽りふじんならなおさら。「おまえんとこみたいなちっちゃな会社」と、人をバカにしたような物言いに何度キレそうになったか。


 たからアポの時間に遅れるなんてのは、こっちをいびる格好のエサを差し出すようなもの。馬にニンジンを見せた時みたいに鼻息荒くがっつかれるだけ。わざわいのタネは少ないに越したことない。自衛大事。この習慣のおかげで余裕を持って取引先に向かえる上にコーヒーブレイクもできて一石二鳥。これでコーヒー代が経費にできればなおいいんだけど。うちみたいに小さい会社だと、なかなかそういうわけにもいかない。


 話がそれた。あの女性ひとに出逢った時の話だったな。とにかくあの日は足早に歩いてた。雲ひとつないようないい天気で、初夏の太陽のきらめきが背中側から首元に突き刺さってきてた。シャツの下がじんわり汗ばみ始めてて、「これは今日はアイスコーヒーにするかな」なんてのを考えてたと思う。ぼんやりと。


 その時だった。突然全身に寒気さむけが走ったんだ。ゾクゾクッて悪寒おかんが。腹の底から頭の先めがけて。稲妻みたいにジグザグに走ったんだ。

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