第44話 許嫁と撮影

 撮影して欲しいのは図書室だそうで、俺達は部室棟から特別教室棟へ移動する。


 特別教室棟の二階にある図書室へとシオリとやって来る。


 俺は帰宅部だし、さっさと帰る派だから知らなかったが、意外にも図書室には生徒がまばらにいた。


 テスト前でもないのに勉強している人や単純に読書をしている人達が静かに過ごしていた。


「そういえばシオリって図書室とか行かないよな?」

「キャラじゃない」

「いや……思いっきりキャラだろ……」


 普段、ヘッドホンして本読んでる奴がよくキャラじゃないとか言えたな。


 そんな事は今はどうでも良いか――。ともかく撮影許可を取らないと。


 正確には撮影許可自体は取ってあるから、図書委員に「今から撮影しますねー」って事を伝えないとな。


 そんな訳で、受付にいる図書委員さんに「すみませーん」と声をかけると「はい?」と見知った女生徒の顔があった。


「あれ? 中野さん」


 そこにはクラスメイトの中野 陽奈が座っていた。


「一色くんに――七瀬川さん?」

「あ、そういえば、中野さんって図書委員だったね」

「そうだよ」

「大変だね。毎日受付してるの?」


 聞くと中野さんは笑いながら否定してくる。


「毎日じゃないよ。交代制。ま、本読めるし、良い暇つぶしになるよ」

「中野さん本好きなんだ」

「ふふ。本当は電子書籍派なんだけどね。紙の本も悪くないかな」


 親しみのある笑い方をしてくれた後に、彼女は俺とシオリを見比べて「もしかして――」と口元を緩めて聞いてくる。


「デート?」


 そう言われて俺は小さく笑って否定する。


「まさかー。それにデートにわざわざ学内を選ばないよ」

「――それもそうだね」


 どうやら簡単に納得してくれたみたいだ。冬馬なら執拗に聞いてくるのだが、これが正常だよな。


「冬馬――六堂に頼まれたんだよ。映画研究部の手伝い」

「あ、聞いてるよ。今日撮影だって――」


 中野さんは「ねぇねぇ」とまるで耳打ちするように小さな声で俺に聞いてくる。


「一色くんは六堂くんと仲良いよね?」

「まぁね」

「実際の所どうなの?」

「何が?」

「六堂くんと純恋ちゃん――付き合ってるの?」


 俺はそれを聞いて、少し嬉しかった。やはり、怪しいと思っているのは俺だけじゃないみたいだ。


「ごめん――。本当に俺は何も知らないんだけど――やっぱ怪しいよな?」


 俺の言い方がどう伝わったのか真意の程は分からないが、恐らく中野さんの中で自分と同じ『野次馬な奴』と思われたっぽい。


「怪しいよー。一緒にいる時間長いし、お互い名前呼びだし。同じ部活だし。ほぼ付き合ってる感じじゃなーい?」

「俺も前にカマかけてみたんだけど――なんかその度に反応が微妙に違うんだよな……」

「そうなんだ……。私も純恋ちゃんに聞いたら、ちょっと顔を赤くして『付き合ってはない』って言われるんだよね」

「付き合って『は』いないか……」

「怪しいよね……」

「怪しいな……」


 お互い腕を組んで他人の恋愛事情を考え込んでいると「怪しいと言えば」と中野さんが俺に言ってくる。


「二人は付き合ってるの?」

「な、何で?」

「さっき、デート? って聞いた時、付き合ってないって言ってなかったから」

「あははー。お、俺がシオ――七瀬川と付き合える訳ないだろ。いやだなー」

「でもさ。じゃあ、何で二人が手伝いを頼まれたの?」

「へ?」

「そりゃ、一色くんならわかるよ? 六堂くんと仲良いから。でも、七瀬川さんと映画研究部の人って仲良いの?」


 す、鋭い……。


「そりゃ、七瀬川が美人で絵になるからだろう」


 そう言うと中野さんは「確かに」と簡単に納得してくれた。


「――そ、それじゃ撮影やらせてもらうよ」


 話をしているとボロが出そうなので、さっさと撮影を始めさせてもらおう。


「あ、うん。どうぞー」


 中野さんに許可をもらい「行こうぜ」と声をかけると少し機嫌よく「うん」と答えてくれた。




 図書室にいる人達に一応声をかけておくと、皆さん鶏みたいに頷いてくれたので準備をする。


「えーっと……」


 夏希先輩からもらった台本を取り出す。


 台本というのは大袈裟か――セリフの書いてあるメモと言った所だろう。


「台詞はこんだけか。――なら先に図書室の風景だけを撮るか。その間にシオリは台詞を覚えておいてくれよ」

「わかった」


 俺は冬馬から預かったビデオカメラを構えて図書室の風景を撮影しておく。

 技術も何も知らないど素人が撮るんだ。あとは編集で誤魔化してもらおう。


 適当に撮り終わり、シオリの方へ戻る。


「覚えた?」

「完璧」

「ん。じゃやりますか」


 少し不安だが、何やかんや言っても、シオリは家事が出来て、スポーツが出来て、勉強が出来る美少女。演技――いや、今回の撮影に関しては演技力もいらないな。カメラの前で説明するくらい難なくこなしそうである。


「それじゃ、行くぞー。さん、に――」


 最後に指で一を作ったあと、握り拳を作ってカメラの撮影ボタンを押す。


「ココハトショシツデス!」

「カット!」


 俺はカメラを停止させる。


「何?」

「ペ○パーくんか!」

「シオリ」

「知っとるわ! つか、あっちの方がもう少し流暢に喋るわ!」

「機械と比べられるなんて不満爆発」

「こんなん見せられる後輩たちが不満爆発じゃ」

「今のはウォーミングアップ。ここからが本番」

「ほんまかいな」

「次で仕留める」

「何と戦ってるんだよ」

「己自身」

「言ってる事はかっこいいな」


 定位置に戻り、シオリは深呼吸をして、まるで世界記録に挑戦するアスリートの様な表情をする。


 これは――。


「――さん、に――」


 撮影開始。


「キョキョハ、ト、トショシチュ――」

「チェンジで」

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