第40話 許嫁は噂されている

 冬休みなんてあっという間に過ぎてしまうもの。


 願わくはもう一度冬休みよカムバック……。


 そんな叶いもしない願いを胸に数週間振りの一年一組の教室へと入って行く。


 夏休みという長期期間の休み明けであれば、あれ? 何かちょっと変わった? みたいな生徒がいる可能性も無くはない。

 しかし、冬休みという短い期間にそんな生徒もいるはずもなく、ウチのクラスは冬休み前となんら変わり映えしない顔ぶれがあった。


「おはよー。一色くん」


 席に着くと、隣の席に座る慈愛都雅の天使様こと、四条 純恋が朝の挨拶をしてくれる。


 冬休み前と変わらず、天使の様に可愛らしい姿に変化は無かった。


「おはよーさん――ん?」


 四条自体に変化は無かったが、彼女の手からは微量に血が出ているのが見えた。


「手どうした?」

「――え?」


 俺の指摘に四条は自分の左手の人差し指を見ると「あら」と、今気が付いた様な反応を示す。


「どうしたんだろ?」

「どっかで軽く切っちゃった感じか」

「全然気が付かなかったよー」


 笑いながらブレザーのポケットから四条愛用のマルチケースを取り出して、絆創膏を取り出す。


「――あれ……。上手い事……」


 片手では上手く絆創膏が巻けないみたいなので「どれ」と俺は四条から絆創膏を取り、傷の部分に巻いてやる。


「あ……。ありがとう」

「片手じゃ難しいよな」


 笑いながら答え、ポケットからスマホを取り出すと、背中をツンツンと突かれてしまう。


「ん?」


 振り返ると、いつも朝はヘッドホンをして読書をしているシオリが、今日はヘッドホンを首にかけて、本は机の上に置いてあった。


 そして、無言で掌を俺に見してくる。


「えっと……」


 俺はどう言う意味なのか理解出来ずにジッとその綺麗な掌を見つめた。


「――きょ……今日のあなたの運勢は最高! 何をしても上手く行く一日になるでしょう」


 適当な事を言ってやると「いい」と少し怒った様な口調で手を引っ込め、ヘッドホンをして読書を始めた。


 手相を見て、と言う訳じゃなかったみたいだな。


 一体何の用だったのか。


 ヘッドホンをして読書という自分の世界に入ってしまったので、俺に用事は無くなったという解釈で良いのだろう。


 俺は前を向いてスマホをいじり出すと「小次郎」と聞き慣れたイケメンボイスが聞こえてきた。


 顔を上げると、そこには声の印象通りの爽やか系イケメン眼鏡の冬馬が俺の横に立っていた。数週間振りに見てもその顔の整い方は健在である。


「冬馬。おはようさん」

「おはよう。――と、悠長に挨拶を交わしている場合では無いと思うが」

「――? どういう意味?」


 冬馬は相変わらず眼鏡をクイッとすると「すぐに分かる」と教室のドアの方を親指で指すと、そこには他のクラスの男子生徒数人が我がクラスに凄い剣幕で乗り込んで来た。


「七瀬川さんっ!」


 数人のうち、リーダーっぽい人がシオリの席の方まで来ると、大きな声で彼女を呼ぶ。


 ヘッドホン越しでも聞こえた様で、シオリはそれを外して「なに?」とご機嫌斜めに問う。


「な、七瀬川さんが初詣を、お、男と過ごしたって――ホントですか!?」


 彼の言葉に冬馬が眼鏡光らせてクククイッとしてくるのをシカトする。


 シオリは無言のまま間を置いた後に答えた。


「行っていない」


 不機嫌に短く答えると読書に戻った。


 そんなシオリの態度に対して男子生徒達を胸を撫で下ろして「ですよねー」と言い残して教室を出て行った。


「てか、新学期から七瀬川さんと喋れたぜ!」

「こんな俺達にもクールに接してくれるなんて!」

「流石は天使!」


 今のは明らかにうざがられていたが――彼等がそう捉えるならばそっとしておこう。


「本当に行っていないのか?」


 含みのある言い方で冬馬が俺に聞いてくる。


「いやー……」


 何と答えるのが良いのか……。


 冬馬には嘘を吐きたくはない。――というか、嘘を吐いてもすぐにバレるだろうし。


 だが、正直に答えたら答えたでからかわれるのがオチだ。


 少し考えていると後ろから助け舟が入った。


「初詣にも種類がある」


 シオリが冬馬に話しかけて続ける。


「熱中症にも『日射病』『熱痙攣』『熱疲労』『熱射病』と種類がある。熱中症になったと昨今では言われるけど、熱中症とはそれらの総称。初詣も同じ。『年越し参り』と『二年参り』がある。初詣の『何』に行ったかを明確に聞かれていないから、ああ答えただけ」


 めちゃくちゃ機嫌悪りぃ……。


 珍しい長文を並べて彼女はヘッドホンを装着し、自分の世界へと戻って行った。


 それって屁理屈じゃ?


「――ま、まぁ……七瀬川さんがそう言うならそうなんだろ。んああ」


 流石の冬馬も初詣の件に関してだけはあまり深く追求してくる様子はないみたいだ。


「今のって――?」


 俺は既に教室から出て行ったが、ドアの方を見つめながら誰に言うまでもなく呟くと、冬馬が拾ってくれる。


「ああ。あれが噂のファンクラブの連中だろう」

「あれが……。噂には聞いていたけど、初めて見たな」

「あんな連中だ。小次郎が七瀬川さんの許嫁と知ったら何をしでかす事やら」


 冬馬が笑いながら言ってくる。


「おいー。他人事だからって脅してくんなよー」

「でも、見たろ? 今の連中を」

「ま、まぁ……」

「用心する事だな。かっかっかっ」


 イケメンのするとは思えない笑い方で自分の席に座る冬馬を睨んでも仕方ない。


 もし、バレたら何をされる事だか……。

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