第88話 喪服姿の美女
故郷に戻って来た。
もう二度と戻ることはないだろうと思っていたから、感慨も一入だったかと思えば実はそうでもなかったりする。
全く思い入れが無いという訳ではないが、あまり良い思い出が無いというのもまた事実だ。亡くなった母との思い出以外は、辛いことが多過ぎたせいかも知れない。
だから、生まれ育った屋敷に足を向ける気にはならなかった。既に元父親と元義母はこの世になく、元義妹もここには居ないので、行っても不快な気分になることは無いだろうが、イアン様の話だと国から派遣された代官がこの地を治めていると言う。
その人が私の顔を知ってるはずは無いとは思うが、それでも顔を合わせるのは得策ではないだろう。なので屋敷には向かわず、真っ直ぐ母の眠る墓地に向かった。
町を見下ろす高台にある墓地には私以外に人影はなく、途中で買った花束を母の墓石に手向けながら、私はそっと目を閉じて祈りを捧げた。
どれくらいそうしていただろうか? ふと人の泣き声が聞こえたので目を開けた。するといつの間に来ていたのか、隣の墓石の前で喪服を着た女の人が涙を流していた。
どうやら最近誰かを亡くしたらしい。御愁傷様と思いながら何気なくその女の人を良く見ると、息を飲むような美人さんだった。私は思わず見惚れてしまった。
黒いベールで顔を隠しているが、そのベールの下から覗いている見事な金髪に碧い瞳は、喪服を着ているせいもあるだろうが、どこか儚い印象を与える。
男の人ってこういう女の人に弱いんだろうな。守ってあげたくなるような感じって言うのかな? 今なら、喪服を着てるってだけで女の人をエロく感じるという、中年オヤジ達の気持ちが良く分かるような気がする。
そんなアホなことを考えながらガン見してたら、目が合ってしまった。慌てて会釈しながら気まずくなった雰囲気に耐えられず急いでその場を離れた。
◇◇◇
その日は町のホテルに泊まることにした。冒険者として生きて行くに当たって、どこかに拠点を設けようかと最初は思ったが、護衛任務を主とするなら移動が多くなるので必要ないかと考えを改めた。
ホテルにチェックインしてから、この町にある冒険者ギルドに向かった。依頼ボードに護衛の依頼があるかどうかを確認する。1件だけあった。
早速受付に行って依頼を受けたいと伝える。するとまずは依頼者に会って欲しいと言われた。依頼者に気に入られれば契約成立らしい。私は指定された住所に向かった。
そこは貴族街の一角にあるこじんまりとしたお家だった。あまり裕福とは言えない貴族らしい。呼び鈴を押すと、
「は~い、どなたですか~?」
現れたのは昨日の喪服美女だった。
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