第53話 オスカー様の告白
「忘れたわけじゃないよね? 貸しひとつって言ったよね?」
私は、イチャイチャ禁止令をオスカー様から言い渡されたうえで、昼ご飯をケネスとオスカー様の三人でとった。
その後、少々いやそうな表情のケネスから引きはがされてバーカムステッド公爵家へ招待された。
「えーと、オスカー様、何のご用件でしょう?」
オスカー様のバーカムステッド家は、立派な邸宅だった。
あまり人の家を訪問したことのない私だったが、異国情緒あふれる美しい邸宅には圧倒された。
流行の温室が作ってあって、蘭やブーゲンビリアのような色鮮やかな花々が咲き誇り、真紅と青の羽の本物のオウムが飼われていた。
オウムは、温室の中を自由に動き回り、時々耳障りな鳴き声をあげていた。
だが、それ以外は森閑としていて、誰もいないような感じだった。
「ご両親は?」
無口そうな執事がお茶の用意を持ってきて、丁重に部屋を出た後、私は尋ねた。
「今日は留守にしている」
ひいいー。私、婚約者がいるんですけど? 男性と二人きりですか?
オスカー様は温厚そうな見た目と違って、言葉が過激なので余計な心配をしてしまった。
「今、失礼なことを考えたろ」
外聞を考えることは失礼なことではありません!
「ケネスのOKを取っているんだから、問題はないだろう」
そう言う問題なのかしら。
「で、ご用件は?」
「そう問い詰められると話しにくいな。ただの招待なんだ。気を楽にしてほしい」
オスカー様に気を楽にしてほしいなどと言われても、簡単に信じることはできない。
私たちは黙り込んだ。
静かな客間だったが、そこから見通せる距離に温室はあるので、中のオウムのギャーという奇声が聞こえる。
「感謝してもらおうと思って」
「誰にですか?」
「むろん、僕にだ」
???
「もちろん、馬車を出してくださったことや、かばっていただいたことに感謝しておりますわ」
「違うな」
何が言いたいのかわからず、私はオスカー様の平凡だが静かな顔を眺めた。
「最初に食堂で声をかけた時、きれいな人だと思ってしまったんだ」
「は?」
変な声が出た。
「ケネスしか目に入っていないことはわかっていた」
オスカー様は手元の紅茶カップに目を落とした。
中国風の変わった茶器で、凝った高そうな品だった。
「少々誤解を呼ぶ振る舞いをしてしまって」
ケネスの園遊会の日、モンフォール家に馬車で迎えに来てくれた時のことかしら?
「ケネスが落ちれば、いつでも拾えるように、馬車をモンフォール家まで出した」
ケネスが落ちれば、いつでも拾える?
「……どういう意味なのですか?」
ちょっと黙った末に、オスカー様は解説した。
「馬車を出して令嬢を迎えに行く。婚約者でなければしない行動だ。僕が本気だとわかるでしょ? モンフォール家の人たちはちゃんとわかってくれましたよ。理解できなかったのは、ケネスに夢中だったあなただけ」
私は驚いてオスカーの顔を見た。
「あなたはケネスに頼まれて迎えに来たとおしゃってましたわ。私もあなたもケネスも、承知の上のお迎えだったはずですわ」
だから、他の人たちはとにかく、私とケネスはそんな風には考えなかった。
オスカーはうすら笑いを浮かべて首を振った。
「学園で馬車に乗れば、両親に僕の存在はわからなかったでしょ?」
私は思わずオスカー様を見上げた。
「だから、私は学園で馬車に乗せてくださいとお願いしましたわ!」
わかっていて、敢えて迎えに来たの?!
「それにあなたの大事なウィリアムには、パーティーのパートナーになってもらいたいと頼んだらあなたは快諾してくれた、などと嘘をついてしまった」
オスカーは面白くなさそうに、ふふふと笑った。
私はびっくりした。
「嘘?」
なぜ、そんな嘘をつくんだろう。かわいそうなウィリアム。
「ウィリアムをかわいそうだと思いましたか?」
私はふくれた。
「ええ。だって、その説明だと、彼は傷ついたんじゃないかと思いますわ」
「そうかな? 嫌な思いはしたでしょうけど、それはあなたが二心を抱いていると思ったからでしょう」
「え?」
「ケネスを好きと言っておきながら、僕に誘われてついて行く」
そんなっ。名誉棄損だわ。
「ひどいわ。あれがそんな話じゃなかったことを、誰よりもあなたはよくご存じのはずよ? ケネスが私を招待できなかったから、代わりに誘ってくださっただけではありませんか」
「ウィリアムは知らない」
オスカー様は言い放った。なんて嫌な男だろう!
「そんな女性でも、好きな気持ちは押さえられない。でも、ケネス一筋でないなら、割り込めるかもしれない。そう考えたかもしれません。切ないですね」
「オスカー様!」
ひどい。ひどい誤解だわ。
顔が真っ赤になっていくのを感じる。心の底から怒りを感じた。
「それは彼があなたを好きだから。あなたの気持ちを欲しいと彼が切望しているからですよね」
そんな言葉は誰の役にも立たない。どうして、わざわざそんな嘘を言ったの?
私は顔を手で覆った。
「そんな誤解で嫌われたくない」
「どうして、そんなことを言うのですか? あなたはウィリアムが欲しがっているものがなんだか知っている。でも、絶対にあげられない。それはケネスのものだ。それなのに、嫌われたくないの?」
オスカー様は、私の顔をのぞき込むようにしながら言葉を続けた。
「それはあなたのワガママ。誰からもいいように思われたいなんて」
もう帰りたい。
「まあ、全部、嘘ですけどね」
「え?」
私は手の指の間から、思わず、オスカー様を見た。
「う、そ……?」
嘘? どこが嘘?
「ウィリアムにそんな話なんかしていませんよ。彼は、僕があなたを迎えに行ったことは聞いたでしょうけど、ケネスの忠実な友人としての行動だったこともセットで聞いたと思いますよ」
よかった……
だが、同時に怒りがわいていた。
「その嘘は、では、何の為?」
オスカー様の手が伸びてきて、私の手首をつかんだ。そして引き寄せた。
「顔が見えない」
私はその行動にあきれて、どう反応していいかわからなかった。
オスカー様は真剣だった。
「ウィリアムのことはかわいそうだと思うのですか?」
「……ええ」
「じゃあ、僕のことは、かわいそうだと思わないのですか?」
「え?」
「モンフォール家の夜会の時に、あなたは言いましたよね? もし僕に好きな人がいたなら、思いがかなわなかったときのつらさがわかるでしょうって」
意味がわからなかったが、彼の顔を見て気が付いた。
「僕とウィリアムは同じなのに。あなたはウィリアムの心は傷つかないように心配するのに、僕に向かっては、そんなことを言う。人を好きになったつらさなんかわからないって」
低い声だった。聞き取れるかどうかギリギリくらいの。
「好きな人からそんなことを言われるなんて……ひどいよね」
彼は顔を背けて、温室のオウムの方を向いた。
横顔は立派だった。公爵家と言う名にふさわしい、いかにも高貴な整った輪郭の持ち主だった。
私は混乱していた。彼の威厳ある横顔……取り乱したり焦ったり……恋心なんかとはまるで無縁そうな冷然とした作りの横顔を眺めながら、彼の言葉から意味をつかもうとしていた。
しばらく黙ってから、オスカー様は続けた。
「でも、私は傷つくのが嫌な卑怯者なので……その上、勝ち目がないことは知っていたので、モンフォール家の申し出を内々に受けようかと考えました。あなたに正々堂々と告白するのではなく」
どういうこと?
モンフォール家の申し出を……受けたら……?
「あなたを僕の妻にする」
?!!!!!
「……え……」
言葉の意味そのままだった。
彼が婚約に前向きだったら、両親は大喜びで話を進めたと思う。間違いなく。
私はオスカー様の表情を読もうと目をみつめた。
彼は私の方を見ていなかった。
「そうすれば、あなたは、僕のものになる。公爵家同士の結婚だ。ふつうは婚約者がもう決まっている年頃だ。偶然にも、家格と言い年回りと言い、何もかもそろった二人が同時期に婚約を解消せざるを得なくなった。神の思し召しだ。僕の両親も、みな喜んで話を進めるだろう。誰にも止められない。簡単に手に入れられる」
まるで架空の物語を読み上げるかのように語るオスカー様は、さっきと違って、まったく平静でなんの感情も感じられなかった。
「でも、あなたに指摘された。僕が一番好きなあなたは、ダメかも知れなくてもオズボーン侯爵夫妻にアタックしている時のあなただったと」
「そんなことは言った覚えがないのですけれど」
私は、雰囲気に飲まれて、震える小さな声で言った。
「僕が嬉しそうに笑っていたと言っていた」
「それは言いましたけど」
「自分が卑怯者なのでね。リスクを取ることが出来ない。僕の心臓は小鳥の心臓なのですよ、オウムじゃなくて」
ちょうど極彩色のオウムが耳障りな声で鳴いたところだった。
「勇敢な女性が好きなのかも。あるいは自分の心に真っ正直な女性」
こんな告白は聞きたくなかった気がする。
「まあ、そんなわけであなたの結婚を阻害しようとした僕の謝罪と、しばらくあなたを独り占めしたかったのと、あなたからの感謝を受け取りたくて、お招きしたわけなんです」
いかにも高位の貴族らしい紳士然とした容貌の、育ちの良さが薫るような人物から、持って回った卑怯なやり口の説明が言葉として放たれる。
なんだか腹が立ってき始めた。
長い。わかりにくい。しかも、一方的な自分語り? 挙げ句の果てに、感謝を受け取りたい? 謝罪も受ける気がしないけど、感謝しろとはさらに分からないわ!
「どうしてですか? 今のあなたのお話ですと、ケネスと友人なのに、妨害することばかり考えてらっしゃるわ。感謝する要素がないような気がしますわ」
彼は首を振った。
「恋と友情は別ですよ」
それ、ダメな方の言い分じゃないの?
「僕はモンフォール家の申し出を断りました」
オスカー様はものすごく切なそうな目つきだった。
「断腸の思いでした」
私はしばらく黙って居た。
断腸の思いでしたとか言われても、これは……
「理由は、友情を裏切れないではなくて、あなたがケネスに夢中だからと書きました」
「ええと」
私は言った。
それは事実のままではないでしょうか。
そもそもほかの男性に夢中な女性と無理矢理結婚したら、アマンダ王女の男性版の二の舞いでしょう。
「僕の、この多大な犠牲の上にあなたの幸せは成り立っているのです」
「ちょっと、違うような気が……」
「そうでもないですよ? あなたの母上は、きっと僕が色よい返事をしたら、勝手に婚約を決めたと思います」
私とオスカー様は、睨み合いになった。
そして……勝ったのはオスカー様だった。
彼の説明は正しい。私の婚約は……オスカー様の犠牲(?)の上に成り立ったものだった。
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