第28話 母は別の婚約者探しに走る
「バイゴッド伯爵の財政状態をすぐに調査して」
客間に戻ると、母はついて来ている熟練の侍女に命じているところだった。
「おかしいわ。あんなことを言うだなんて。確かに地味な人だった。でも、何年か前に申し込みがあった時は、王都で豪華な披露宴をやりたいと言っていたのに」
私は母をちょっと見直した。
私も同じことを考えた。何年か前の豪華な披露宴の計画とやらは知らなかったけれど、話全体を聞いていて、なにかおかしいと思ったのだ。
伯爵は、今、金銭的に困窮しているのではないだろうか。
「エレン、疲れたでしょう」
伯母が、母に控えめに声をかけた。
「疲れたわ。自分の意志を通すことはいつでも疲れることよ」
ええ?
自分の意志を通したことしかないくせに?
「あれでは、シュザンナが嫌がるのも無理ないわ。昔は、何でも人の言う通りのおとなしい青年だったのにね」
それはそれでよくないのでは? 他人事ながら心配になった。騙されたりしないのかしら?
「すっかり、自分の領地にどっぽり埋もれている感じでしたね」
伯母が控え目にコメントした。母は無意識にうなずいていた。
「女性のドレスの目利きじゃないのは知っていたけど」
伯母は女中に言いつけて母の好きなお茶や菓子を持ってこさせていた。
「エレン、お昼は食べましたか?」
「まだよ」
「午餐にしましょう」
伯母が料理番に言いつけに出ていくと、母は私の顔を見た。
「メガネなんか取りなさい。もうバイゴッド伯爵はいないんだから」
笑ったのがバレなければいいがと思ってしまった。
「新しい婚約者探しは、やはり簡単にはいかないわね。多少目に悪くても、学園では、メガネなしで、少しでも可愛く見えるように頑張りなさい。年下でもいいわ」
それから、目を鋭くして尋ねた。
「なんだって伯爵を送って行ったの?」
「あまりにもバカにしていましたから」
私は母にさらっと言った。
母は目を丸くしていた。
「変なところがあったので、聞いてみたのです。二人だけの時の方が口が軽くなるようだったので」
「どういうこと?」
「婚約破棄騒動を聞いて知っていたようです。嫁の貰い手がない娘はつらいだろうから婚約しなさいと言われました」
母は本当に驚いていた。
母が知っている私は、そんな活動的な娘ではなかったのだろう。
それに、やはりバイゴッド伯爵の言葉に驚いたのだろう。
母の表情が怒気をはらんで、みるみる変わっていった。
たまには、母のエネルギーが、私以外を直撃するのも悪くないと思う。
********
午後、外出していた伯父が戻って来て、控えめに母に告げた。
「クレア伯爵も協力してくれるらしい」
「どなたですか?」
「ローレンスは隣の領主だ。バイゴッド伯爵領と接している。使用人同士でいろいろ接触があるらしい。事情をよく知っているだろうと思う」
母はあまり口を利かなかった。
クレア伯爵は甥(ケネス)のために、力いっぱい(悪い)情報を集めそうな気がした。
「シュザンナは学園で誰か良さそうな人材はいないの?」
母が聞くと、伯父がぐっと身を乗り出した。
いや、そこは父親のポジションなんだと思うけれどな?
「辺境伯のご子息はいかがですか。お申込みが直接ありましたが」
「嫡子ではないからムリね」
そこは健在か。もっとも、私もウィリアムを恋人としては考えられなかった。
母は翌日には帰ると言いだした。王都で外せないパーティがあるのでと言っていたが、ショックだったのだろう。
やりきれない時のある母でもあったが、結局、母は私の味方だった。
私はバイゴッド伯爵に失礼なことを言ったのだけど、今回は問題にしないらしい。
当然だわとか何とか言っていた。
バイゴッド伯爵が最後に言った言葉を知ると、むしろ母より伯父の方が失礼だとか馬鹿にしてるとか言って猛烈に怒っていた。
「とにかく、バイゴッド伯爵が来たら断ってちょうだい。それから、この辺の小貴族と縁を結ぶのもお断りだから、気を付けて預かってちょうだい」
「お母さま、面倒をかけているのに、そんなこと」
「わかっているわ。グレシャム侯爵夫人にお願いしておけば、万全なのよ。それもわかっているのよ」
母はとっとと、王都に帰って行ってしまった。
次を探すと言い置いて。
「ね? だから時間がないと言ったのよ」
玄関の間に立ち尽くす私に、伯母が言った。
「あなたのお母さまは、行動する人なのよ。あなたのために居ても立っても居られないのだと思います」
私は思わず伯母を振り返った。
次は誰を見つけてくるのだろう?
「さすがに元王女で現公爵夫人だから、顔も広いし、いろいろと断りにくい。悪い人ではない。親切で公平だ」
伯父が、なにか奥歯に物が挟まったような調子だが、母をほめた。
「お母さまは賢明と言う方ではないと思うのですが……頭は悪くないと思いますが」
初めて伯父と伯母が、グッと詰まった。
多分、図星だったのだろう。
伯父が咳払いした。
「少なくとも、バイゴッド伯爵の線はなくなった。でも、ケネスの話は持ち出せないなあ。なんで、ケネスが嫌いなんだろう」
伯父のグレンフェル侯爵が言った。
「お待ちなさいな。シュザンナがケネスを好きかどうかはわからないでしょ」
伯母が穏やかに止めた。
「なあシュザンナ、今晩は花火の夜なんだ。ローレンスがケネスともう一度話をしてくれないかって言ってるんだけど」
「あなた、おやめなさいな」
「シュザンナ、どうしたい? 会いたくなければ、私と夜店に行って、花火は私たちとここから見よう。雑踏で見るのもいいけれど、ここから見るのもすてきだよ?」
悩んだが、ケネスと一緒に出掛けるのもはばかられた。これがバレたら母に叱られる。グレシャム侯爵夫妻にこれ以上余計な迷惑をかけたくない。
「伯父様と一緒に行ってみますわ。ケネスと一緒の時は話ばかりで夜店を見られませんでしたし」
私が伯父に甘えるように言うと、人の好い伯父はとても嬉しそうな顔になった。
「よし。決まりだな。花火はここから見よう。夜店は私が案内する。なに、ご領主様と一緒なんだ。夜店は全部タダになる」
伯父が楽しそうに言った。
「嘘ばっかり。どの店にも倍額の料金を払っているって、聞いていますよ」
伯母は伯父の大言壮語を聞いて、心が和らいだように微笑んだ。
ああ、この夫婦は本当に互いを好きなんだとわかる一瞬だった。
こんなふうに相手を尊敬出来て、互いに大事にしあえたらどんなにいいだろう。
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