第19話 ローズピンクの女の子

「失敗したみたいね」


私はウィリアムに話しかけた。


ケネスが顔色を変えて席を離れて行ってしまったからである。


「別な女の子を考えないといけないらしいわね」


「そうだねえ……」


彼は何か考え込んでいるらしかった。


「ルシンダがタイプだったとは知らなかったわ」


どうりで私には全く関心がなかったわけだ。

私は、ルシンダとは全く異なるとび色の髪と、濃い青い目をしていた。


アリス・ガーラント伯爵令嬢とマリオン・ギース子爵令嬢も、ルシンダとはまったく違う外見の令嬢だった。


「リサーチ失敗ね」


まあ、ルシンダは飛び切り美人だから仕方ない。とはいえ、ルシンダ自身がケネスに関心がないので、無茶は出来ない。


「ルシンダに似た感じの人を探してあげればいいのね? むずかしいわ。ルシンダほどの美人はなかなかいないわ」


ふと、疑念が湧いた。まさかの女嫌い?


ウィリアムは、全く聞いていない様子だった。彼は言った。


「そう言えば、最近、ケネスは君の方ばかり見ていなかった?」


「ケネスが?」


私はちょっとだけ赤くなったかもしれない。ちょいちょい目が合うなあと思っていたのだ。


「君と一緒に居ると、僕と目が合うんだもの」


「あいさつすればよかったかもね」


「多分、違うと思うよ。メガネをやめてからだと思うんだ」


「あー。それはね、ウィリアム」


私は解説した。相当、見た目は変わったらしい。


「メガネを取った時は、ものすごく大勢と目が合ったわ。それに、みんな、どうしたの?とか、そんな顔だったんだって言われたわ。最近は、みんな慣れたみたいで、あまり言われなくなったけど」


「かわいくなったって言われなかった?」


「あんまり」


そこは小さな嘘をついた。

思ってたより美人だったんだとか相当言われたけど、そんなことを聞かされて喜ぶ人間はいないだろう。


「結局は同じ顔だもの。いっしょよ」


「そんなことないよ……」


最近のウィリアムは気持ちが悪い。


「ルシンダに似た人に心当たりない? ケネスに紹介してあげたら喜ぶと思うわ。せめてそれくらいしかできないけど」


私は話題を変えた。しかしウィリアムは乗ってこなかった。


「それに、服の趣味も変わっただろ?」


「ああ、これ?」


私はお気に入りのドレスのスカート部分を広げて見せた。


「お母さまに任せきりじゃなくて、自分の好きな服を作ってもらうことにしたの。母は実は流行がわからないのよ。だから、これが流行ですってメゾンに言わせると納得するの。実は違うんだけどね。私の趣味よ」


「僕も服のことはわからないけど、今の方がずっとすてきだと思うよ。それに似合ってるし」


「ありがとう」


なんだか、最近のウィリアムはよろしくない。危険臭がする。私には婚約者(候補)がいるのだ。グレアム・バイゴッド。あんまりよく知らないけど。


「ねえ、試験が終わった後の二週間の休みはどうするの?」


ウィリアムは話を続ける。


知ってどうする? ウィリアム・マンダヴィル。デートに出かけることすらできないのよ。


「伯母のところに行こうかしら」


「どこなの?」


実際のところは、母が行かせてくれるとは思っていなかった。夏にも行ったばかりなんだもの。母は、私が母の手元を離れて出歩くことを好まなかった。


でも、王都にいることにすると、ウィリアムがいろいろ口実をつけて、近づいてきそうで困る……ような気がした。根拠はないけど。


「シャーボーンよ。グレシャム侯爵夫人のところよ」


シャーボーンは王都から少し距離があるし、グレシャム侯爵夫人の家に入ることは招待されない限り出来ない。よく出来た伯母が、年頃の娘のいる家に、彼のような男性を招くとは思えない。


「シャーボーン?」


ウィリアムが少し驚いたような顔をしていた。


「いつも行っているの?」


「どうしてそんなこと聞くの? たまに行くだけよ。今年の夏は、母が毎年出かける海辺の避暑地に行かないと言いだしたので、私だけ伯母のところへ行ったの。いいところよ」


ウィリアムがまだ変な顔をしているので、私は尋ねた。


「それがどうかした?」


「僕はケネスに好きな女の子のタイプを聞いたんだけど」


私は黙ってウィリアムの顔を見ていた。ケネスとシャーボーンとは何の関係もないのだけど。


「その時、彼は、今年の夏はシャーボーンの避暑地に行ったんだって言ってた。シャーボーン近くに叔父がいるらしい。そこで、領主のお屋敷に招かれて、とてもかわいい女の子を見つけたって」


領主のお屋敷?


「昔、一緒に遊んだ、とってもかわいい女の子に似ていて、思い出したそうだ。彼の初恋の人だったんだって。そんな十歳くらいの話は初恋だなんて言わないよって、僕は言ったんだけど。でも、同じ人だって彼は言い張るんだよ」


何の話?


「彼は真実の愛を見つけたんだと言ってた。彼女を探しに行こうと決めたそうだ。アマンダ王女は最初から嫌だった、自分の心に正直になりたいって。侯爵が自慢そうに連れ歩いていて声をかけられなかった、ローズピンクの可愛いドレスの女の子を……」


ウィリアムはじっと私を見ながら言い続けた。


「ねえ、ケネスは何の話をしているの? ケネスが名前も知らないいつか見た初恋の少女を追いかけるだなんて、おかしすぎるよ。あいつは、現実的な実務家タイプだ。それに、なんで僕にそんな夢物語をしたんだろう。気になって調べたけど、シャーボーンの領主ってグレンフェル侯爵家だよね? あなたの大伯父の……?」

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