第12話 ケネスの奇妙な婚約破棄
そして翌日はアマンダ王女主催のパーティだった。
出欠はもう返送されていて、私はバッチリ出席になっていた。
どうしたらいいのかしら、こういう場合は。
体調不良とか、いろいろな言い訳が頭の中をぐるぐる回ったが、ルシンダとアーノルドとウィリアムは出なくてはいけないと強く主張した。
「不倫だなんて。絶対に否定し続けるのよ」
ルシンダが必死な様子で励ました。
アマンダ王女のパーティは大使館主催だったから、盛大なものだった。
王女の留学を祝い紹介する会なので、参加者は生徒が主だが、もちろん外交的な問題でもあるので多くの貴族や官僚たちも参列している。
ここで婚約破棄と断罪が行われるのか。
私はくじけそうになった。
「ダメよ、シュザンナ。ここで頑張らなくてどうするの?」
ここでって……。ここは十七才の娘には大きすぎるし、盛大過ぎる。
「一緒に居るわ。私たち、一緒に居るから」
アマンダ王女がケネスのエスコートで堂々と入ってきた。万雷の拍手である。
アマンダ王女は頬を染めて、とてもうれしそうだ。
なんで、ケネスが国代表みたいな感じに、アマンダ王女をエスコートしているのだろう。
そしてアマンダ王女は、さすが王女で慣れた様子であいさつを始めた。
「……この国の皆様方と親しく交際する機会に恵まれたことを感謝しております。とりわけ……」
そこで彼女はケネスに色っぽい目を向けた。
「こんな素晴らしい方と知り合いになれたことを感謝しております」
私はぼんやりした頭で考えた。その人、私の婚約者なんですけど。
そんな雰囲気、微塵もないのね。
今の私は完全なモブだ。
隣のルシンダがこっそり私の手を握った。
「過分に過ぎるお言葉に感謝申し上げます」
低いケネスの声が耳に入った。
意外にいい声だった。大人になってからは、あんまり聞いたことはなかったけど。
「私はここにモンフォール公爵令嬢との婚約を破棄し……」
「えっ?」
ざわっとまわり中の空気が変わり、私の周りの人たちは私を振り返った。
アマンダ王女のニヤリと笑った悪魔のような微笑が一瞬だけ目に入った。
全員が固唾をのんだ。これが名高い婚約破棄……この次には、このシチュエーションから見て、絶対に、絶対に、私の断罪とアマンダ王女とケネスの婚約が高らかに宣言されるはずだった。
ケネスは言葉を続けた。しんと静まり返った聴衆に向かって。
「神の啓示を受けた真実の愛を求め探すことを誓います」
アマンダ王女の勝利に満ちた微笑みがちょっと崩れた。
真実の愛?
何? それ?
アマンダ王女のこと?
全員が壇上のケネスに注目する中、ケネスははっきりした声ですらすらと続けた。
「アマンダ王女殿下の留学先の学園の一員として、王女殿下の優れた資質と秀でた美貌を親しく拝見できましたことは、感動すら覚える日々でした。国王陛下の忠実な一臣民として、王女殿下のこれからを期待するとともに、一学友として今後の益々のご活躍を祈念申し上げます」
声の調子からしてケネスの演説は終わったらしい。
人々はざわざわし始めた。
「なんなの? この茶番」
ルシンダがつぶやいた。
「ケネスはたかが一侯爵家の令息に過ぎないわ。彼の婚約破棄を聞きに来たんじゃないわ」
その通りだ。
国の代表として、王女に祝賀を言うために呼ばれるのには人物的に不適当だし(学生代表なら例のレキシントン卿がいる。アーノルドが実際のところは代わりに取り仕切っているが)、そもそも彼の婚約破棄はアマンダ王女と何の関係があるのだ?
「アマンダ王女との婚約を発表するんだと思ったわ」
「もしかすると、急すぎて無理だったんじゃない?」
この件ですっかり知り合いになったブラウン女史が言った。
彼女は、学園関係者としてその場にいただけだったので、すっきりとした動きやすい服を着ていた。
すらりとした体つきで、飾りの少ない服がとてもよく似合っている。
「だとしたら、真実の愛を求めるって、どういう意味なのかしら」
「今は無理でもアマンダ王女と将来的に結婚したいという意味なのでしょうか」
私は判断力を失っていた。
「なんにせよ、アマンダ王女の目論見はうまく行かなかったことだけは確かね」
明らかにアマンダ王女は狼狽していた。まるで壇を降りていくケネスを引き止めようとしているかのようだった。それは壇から遠い私たちにもよく分かった。
そして、会場中がケネスの奇妙な婚約破棄にざわついている間に、ケネスは悠々とアマンダ王女に会釈すると、壇を本当に降りてしまい、パーティ会場の中に混ざってしまった。
アマンダ王女は呆然としているように見えた。
進行役の隣国の大使が現れて、パーティ参加者への謝辞を述べ始め、音楽が始まり、人々の元へは食前酒が運ばれ始めた。
まだ、人々がざわざわしているのを幸い、私はこっそりとその場を逃げ出した。
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