第8話 パーティとドレス1

パーティはとても楽しかった。


わずかの時間だったけれど、ほめられ続けて、そして田舎の人たちばかりではなくて、王都から結構な数の貴族たちがここへ避暑に来ていることがわかった。


かなりの数のご婦人たちが私のドレスを眺め、興味津々と言った様子で、どこで仕立てたのか聞いてきた。


ハリソン夫人の為にも私は一生懸命答えていたが、一人のご婦人の花が曲がっていたのを付け直したら、とてもよくなったと手際を喜ばれてしまった。


「すてきだわ! こうすればよかったのね! うちのサリーによく言っておかなくちゃ! ありがとう」


おかげで私は、この辺に住む、センスが良くて、趣味でドレス関係の仕事をしている侯爵家の遠縁の娘だとみんなに信じ込まれてしまった。


全然、かまわない。むしろ嬉しかった。


どのご婦人方も、なんの遠慮もなく話しかけてきた。主にドレスや庭の花の話など。

場所柄か、ガーデニングに興味のある奥様も多いらしかった。


王都でパーティに出ると、相手の家格や事情を知っているだけに相当気を使う。


その上、母のいい子でいなくてはいけないので、思ったことを話すわけにはいかない。自然、無口になってしまって、今度は愛想がないとか高慢だとか陰で言われていることを、私は知っていた。


ここでは、私は公爵令嬢ではない。侯爵家の遠縁の娘だ。母もいない。なんて気楽な事か。



あまり夜が更けないうちに引っ込むように伯母に言われていたことを忘れたわけではなかったので、私は、数時間その場にいただけで、部屋に引き取った。


「面白かったわ」


私は、本気でドレスや身の回りを飾ることに興味を覚えた。


いろんな色の組み合わせや、生地、レースやリボンの合わせ方、それで雰囲気もガラリと変わる。


今日の私は、今までと全然雰囲気が違っていたと思う。


ドレスもそうだけど、ここが王都ではないからか、ずっと自由になった気がする。


「伯母様、ありがとう」


私は、母に押し込められていた自分が、本当の自分じゃなかったことに気が付いたのだ。



*******




翌朝、私はニコニコしながら階下へ降りていき、伯父と伯母に感謝を伝えた。


「とても楽しかったわ、ありがとう、伯父様、伯母様」


二人は、嬉しそうだった。


「すごい美人で、ドレスがよく似合っていて、私がエスコートして行ったあと、何人もの知人から誰なんだって聞かれたよ」


伯父は得意満面だった。


「モンフォール公爵家からお預かりしているのですよ? それに婚約者もいるのです。会わせましょう、なんて言ったらだめですよ」


伯母は念を押した。


「帰ったことにしてきましょう。皆様に嘘を言い続けるのは心苦しいわ」


「結構、王都から避暑に来ている大貴族も多いんだぞ?」


伯父は言い返したが、伯母に睨まれて黙った。


「それより庭でバラを摘んだり、お茶をしたりしましょう。あのドレスは気に入ったのよね?」


「ええ! とても!」


「公爵令嬢が着るには少し安物だったけれどね」


伯母が苦笑した。


「でも、そのおかげで、皆さま、気をおかずに話しかけてくださいましたわ。むしろ、良かったです」


私はすっかり面白くなってしまって、ハリソン夫人を呼び出して欲しいと伯母に頼んだ。ここにいる間中、着る服を仕立ててもらうつもりだった。もちろん、好きな服を!


ハリソン夫人のドレスの値段は大したことない。


私のお小遣いで十分買えるくらいだ。公爵家で仕立てたら、その十倍はする。


ハリソン夫人も私のことを結構気に入った様子だったから、一緒にドレスを仕立てる話なら喜んで、すぐ来てくれるだろうと思っていた。


だから、ハリソン夫人がやつれ切った様子で、二日もたってから侯爵邸に来たときは驚いてしまった。


「お嬢様のローズピンクのドレスの評判が良すぎて……」


ハリソン夫人は弱々しく微笑みながら説明した。


「翌日から、あちこちの新しいご家庭に呼ばれてしまって。皆さま、ドレスを新しくうちで仕立てたいとおっしゃるのです。あのドレスに似た感じのが良いのですって」


「それはまた……」


私は絶句した。


ハリソン夫人の店は、趣味がてらやっているような小さな店だと聞いていた。

キャパオーバーで、お断りしなくてはならないのじゃないかしら。


「王都からお越しになられたような大貴族の方も何人かおられて、そちらの方はお断りできなくて……」


それはわかる。


「侯爵家の方までおられてびっくりしました」


ピクリと耳が動いた。誰だろう。まさかオズボーン侯爵夫人じゃないわよね。どちらの侯爵家かしら。この地方なら、侯爵家は伯父の家しかないので、王都に居住している家に違いない。


ハリソン夫人と相談して、出来あいのドレスをいくらか手直しする程度で手軽に済ませることで話を決め、夫人を見送ろうとドアを開けると、階下で、伯父と友達のローレンス様が言い争っているのが聞こえた。


「ダメだよ。ここは王都とは違う。そんなことをしたら大ごとになる」


「どうして君はそう事なかれ主義なんだ。ちょっと会わせるくらい構わないだろう」


「とにかく、シュザンナにはちゃんと両親がいるのだ。私たちはお預かりしているだけなんだから」


「ジェームズ」


伯母の穏やかな声がした。


ローレンス様と伯父はピタリと黙った。


「ハリソン夫人がお帰りですよ」


ハリソン夫人は静かに会釈するとすっと消えていった。


「二人とも、シュザンナがびっくりしますから、大声で議論しないでくださいな」


伯母は同じように静かな声で言った。


二人は号令でもかけられたかのように黙ると、ウマでも見に行こうかと外に出て行ってしまった。


「さあ、シュザンナ、私たちも庭に出て、外でお茶を楽しみましょう。一番いい木陰がどこか、私は知っていますからね。特製のベリータルトがあるわ。それとこの地方の特上ハムがあるのよ。王都から取り寄せたお茶もあるわ」

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