第6話 違うドレスで別人になって

「ちょっと、シュザンナ、こちらへいらっしゃい」


翌日、朝食のあと、私は伯母に呼ばれて、二階の伯母の寝室の隣の部屋へ上がった。



「まあ、侯爵夫人、この方が姪のシュザンナさまですか?」


白髪頭にオレンジ色のドレスと言う少し変わったファッションの、威厳のある年配女性が待っていた。


「シュザンナ、この方はハリソン夫人。この小さな町でドレスのメゾンをしているの」


「昔は王都で店を開いていたのですよ。でも、夫がこちらに来てしまったのでついてきましたの」


ハリソン夫人は陽気に説明した。


彼女はさすが伯母の気に入りらしく、一瞬だけ私を感嘆したように眺めていたが、直ぐにてきぱきと私を測り、手伝いの若い針子たちに命じて、似合いそうなドレスを取り出してきた。


「本当におきれいなお嬢様ですこと! こんな方のドレスを見つくろうのは、楽しいですわ」


ハリソン夫人は忙しそうにしながらも、とても楽しそうだった。


「寸直しを急いで! あしたの晩のパーティに間に合わせてちょうだい」


伯母がはっぱをかけた。


「伯母様、パーティ用のドレスくらいは、持ってきましたわ?」


私は不思議に思って伯母に言った。


伯母はとても楽しそうに笑った。


「たまには別人になってみない?」



どう言う意味なんだろう?


私は首をかしげたが、ドレスメーカーのハリソン夫人もいわくありげに笑うだけだった。





そして、翌日、昼過ぎに持ち込まれたドレスに私はびっくり仰天した。


それはこれまで私が意図的に避けてきた派手な色合いのドレスだった。


首元をひっ詰めたデザインでもなければ、ゴワゴワした生地でもない。自由で生き生きとした、深いローズピンクの美しいドレス。


「伯母様、せっかく作ってくださって、こんなことを申し上げるのは申し訳ないのですけれど、こんなきれいな色のドレスは私には似合いませんわ。勿体ない……」


ハリソン夫人も伯母も笑うだけだった。


「お嬢様、とてもお似合いになりますよ? 間違いございません。私は若いころは王都でも有数のドレスメーカーにいたのですから」


渋々着てみて、寝室の鏡に映った姿に私は驚愕した。


プロの見立てをなめてはいけない。


母の好みは、立派で身分に恥ずかしくないものをという考え方だった。だから、流行の服は出来るだけ避ける方針だった。また、似合うかどうかは別問題だった。


だから、これまで私は、母がOKしたドレスの中から、出来るだけ人目に立たないドレスを選ぶように努力していた。


どうせ何を着ても一緒だ。そんなあきらめがあった。



だが! 似合うドレスと言うものはあるのだと痛感した。


「腰が細くて、首が長い。顔が小さくて目が大きい。でも、メガネがあるのでコンプレックスがあって、出来るだけ首の詰まった黒っぽい服を着ていたでしょう。腰のところにひだがあるドレスを着ていたでしょ? 髪型も顔を隠すように結っていたわね。私はあれは間違っていると思ったのよ」


伯母が言った。


「さあ、これを着てパーティに出てちょうだい」


「いやですわ、こんな目立つ格好」


私は駄々をこねた。髪があげられていて、みっともない顔が隠れていない。襟ぐりも広めだ。ジロジロ見られるのではないだろうか。


いつもと違う格好をするのは度胸がいる。


確かにこの部屋では、まるできれいな人のように見える。でも、他人はどう思うことやら。とても変じゃないかしら?


「大丈夫よ。ここは田舎ですもの。避暑地だから、タガが外れて、みんな好きな格好で来るわ。流行なんてご縁がないのよ。だから、あなたのドレスだって、誰も何も言わないわ。母のドレスを借りて着ましたと言えばいいのよ」


「そんなこと言ったら母が怒りますわ」


私はつぶやいたが、確かに王都の身分の高い人々が出てくる正式のパーティではない。

そこまで気にしなくてもいいだろう。


「それに遠縁のシュザンナとしか紹介しないし、王都の知り合いがあなたを見ても、メガネもないしドレスがいつもと違えばわからないわ。わからない方がいいのでしょ? おかあさまが聞けば怒るかもしれないけど、赤いドレスを着ていたと聞けば、あなたはそんなドレスを持っていないのだから、絶対に別人だと思うでしょう」


伯母の言うとおりだ。


正直に言うと、私はこのドレスが気に入ったのだ。


私は鏡を食い入るように見つめた。


しなやかで、柔らかな雰囲気のドレス。とても華奢で可憐な人に見える。


自分がきれいに見えると言うことは、自己満足だとしても、ちょっと嬉しい。


伯母は親切でこれをわざわざ作ってくれたのだ。


私の気分を上げるために。


私は、嫌な思いを抱えてここへ来てしまった。いつもなら、この山と湖に囲まれた美しい楽園は、それだけで私の心を癒してくれた。


だが、さすがに婚約者が、公爵令嬢の私さえまるで歯が立たないような高貴な美しい王女様と、王都で夏休み中、ずっとイチャイチャしているのだと思うと、心穏やかでいられなかった。


はっきり言って腹が立つ。

そのほかに悲しい。


だけど、仕方ないとか、そこまで好きじゃないしとか、意地なのか、あきらめなのか、負け犬根性なのか、よくわからない感情もある。


でも、どの感情も一緒に居たいようなものじゃなかった。



「ドレスをありがとう、伯母様」


私は言った。


「ここには誰も知り合いはいないから、私が誰だかわからないと思うわ」


「そうよ。私の姪は多いのよ。夫に兄弟姉妹が大勢いるもんだからね。誰だかわかりゃしないわ」


伯母は嬉しそうに言って、準備があるからと部屋を出ていった。



窓から見ると、庭は大騒ぎで、多くの使用人たちが木々に提灯をぶら下げたり、テーブルを運び込んだりしていた。


多分、調理場では、コックが必死になって、いろいろな料理を作っているのだろう。いい匂いがここまで漂ってきていた。


「着付けの残りはハドソン夫人がしてくれるから」


ハドソン夫人と針子たちは、慣れた様子で髪もきれいに結い上げ、私はここで初めて自分には好みも趣味もあったのだと言うことに気が付いた。


服の着付けや髪飾りに細かい注文を付けてしまった。


「花は右に寄せて付けて。髪飾りは要らないわ。ネックレスはこちらを」


私は思わず若い針子に言った。


ハドソン夫人はその言葉を聞いた途端に、嬉しそうに笑った。


「すっきり型の美人がよろしいのですね。わかりました。きっとお似合いでしょう」


そして、私が持ち込んだパーティ用のドレスを眺めた。着ないことになった王都で仕立てたドレスだ。


「ナイジェルの店のドレスですね?」


ビックリした。ビンゴだ。ハドソン夫人はドレスを見ただけで、ラベルを確認したわけではなかったのに。


彼女はちょっと笑った。


「お母さまのお見立てですか?」


私はうなずいた。


それはちっともすてきではなかった。とても上等だと言うことは一目でわかるドレスだったけれど。

濃いえび茶色で、首元まで生地があった。母はデコルテを出すことを嫌ったのである。若い娘が着るようなドレスではなかった。


私は今まで母の言いなりで、趣味もセンスもないのだと自分で思っていた。


ハリソン夫人は笑った。


「違います。お嬢様は、好みもセンスもある方です。それも相当。侯爵の姪御さんでなかったら、うちのメゾンで働いて欲しいくらいです」


「まあ、うれしいわ」


私はつぶやいた。本当にうれしかった。


「好きな服を着て、ご自分のやりたいようになさればいいではありませんか。きっとご事情がおありなんでしょうけれど。でも、ファッションリーダーになる素質がおありです」


真面目に言われてしまった。でも、私の家は王都にある。この町ならファッションリーダーになるのは簡単だけど、王都じゃ無理。


でも、それは言わないことにした。ハリソン夫人に、モンフォール公爵家の令嬢ですだなんて自分の事情を説明するのは、どうかしてるわ。

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