第六話 残留組の帰還


「それじゃ、地球に行って帰ってくるか!」


 サトシが場の空気が湿っぽくなったのを感じて、立ち上がった手をたたきながら、皆を鼓舞するように大きな声で宣言する。


「ハハハ。サトシだな」


 ユウキの声をきっかけに皆が笑いながらも立ち上がった。

 29名の勇者たちは、こうやって立ち上がってきた。29人になってしまった日に、仲間が傷ついた日に、勇者の中の勇者と言われる”サトシ”は皆を鼓舞してきた。ユウキには出来ない。だから、サトシがリーダーなのだ。


「陛下。将軍。作戦の詳細は、後日に決めましょう。まずは、国内が大丈夫だという陛下の言葉を信じて、俺たちは地球に行ってきます」


「わかった。行って来い」


「はい。ありがとうございます」


 ユウキは、素直に国王に頭を下げた。

 ”行ってきます”と素直に言える自分を、”行って来い”と受け入れてくれる国王に感謝を伝えた。


「ユウキ!」


「解っている!先に行って待っていろよ!」


「おぉ!お前が来ないと、”始まらない”のだぞ!」


「煩い!マイ!」


「はい。はい。サトシ。行くよ。ユウキは、陛下と将軍に話が有るみたいだからね」


 サトシは、マイに引きずられるように、部屋から連れ出されて、裏の庭に移動を始めた。

 部屋からでる時に、セシリアはユウキに会釈して出ていった。忘れてはいないけど、忘れたいことを、ユウキが覚えていてくれたことへの礼だ。


 部屋から、仲間たちとセシリアが退室したのを待って、ユウキは残った二人に話しかける。


「陛下。将軍」


「なんだ?アメリアを連れて行く気になったか?もう、年齢は言い訳に出来ないぞ?」


「わかっています。アメリアが、俺でいいと言うのなら・・・。でも、俺はアメリアを妹のように思っています」


「それも、理解できる。だが、5年後は?10年後は?それこそ、未来のことだぞ?今、決めなくても良い」


「陛下。それまで、待つつもりですか?」


「おかしなことを言う。儂は、お前を”家族”にするためなら・・・。アメリアが”待つ”と言っている間は、待つ。それが10年でも20年でも・・・。だ!覚悟しろよ。儂よりも、アメリアは強かで、強情で、待つことに慣れているぞ」


「はい。わかっています。そんなアメリアだから、俺は・・・」


「残念だ」


「・・・」


 ユウキは、今度は、将軍を見る。

 謁見の間では、ユウキを”養子”にする者はいないと言っていた。実際には、国王や将軍に遠慮したと言うのが正しい認識だろう。


「将軍。俺の父になってくれませんか?」


「お!俺でいいのか?」


「はい。しかし、最悪の場合には、将軍は陛下と親戚になってしまいますが、問題はないですか?陛下ですよ?」


「たしかに・・・」「おい!お前たち!」


「ハハハ。ユウキ。俺で良ければ、ユウキの親になろう。俺の妻も歓迎するだろう」


「ありがとうございます。向こうで、”けじめ”を付けてきたらお願いします」


「わかった」


 将軍は、ものすごく嬉しそうな表情で、子供に戻ったユウキの頭を撫でている。対照的に、国王は苦虫をまとめて噛み潰したような表情を浮かべている。


「陛下。そんな顔をしないで、俺たちに息子ができるのだぞ!」


「そ、そうだな。お前たちの言い方が気になってしまったが、将軍の言う通りだな。ユウキ!忘れるではないぞ!」


「はい。必ず、約束を守ります」


「よく言った!さすがは、俺の息子だ!」


 将軍がユウキの背中を叩く。前なら大丈夫だったのだが、身長が縮んだために、体重も減ってしまっている。ステータスの関係で痛さは感じないが、強く押されているように感じてしまっている。


「さて、ユウキ。皆が待っているだろう」


「そうですね。陛下と将軍は、どうされますか?」


「ん?息子たちの旅立ちだ。帰ってくるのが解っているが、見送りくらいいいだろう?」


「はぁわかりました。陛下も同じ考えですか?」


「そうだな。儂は、サトシとマイが居る。息子と娘を見送るのは当然だろう?」


 ユウキと将軍は、国王の”ニヤッ”と笑った顔に”イラッ”と来て、国王を無視して、庭に向かった。


 ユウキを先頭にして、庭にたどり着いた時には、残留組が待っていた。


「ん?マイ・・・。だけ・・・。じゃなくて、着替えてきたのか?」


「ユウキの姿を見れば、私たちも召喚されたときのサイズになるでしょ?」


「そうだな」


「そうなると、さっきまで着ていた服は、自動調整が付いていないから・・・。ね」


「あぁそうだな」


 ユウキが周りを確認すると、女性たちは、自動調整が付いている服に着替えている。男性陣も、着替えているが、全員分は用意されていない。


「いいか・・・」


「あれ?サトシはまだ準備をしているのか?」


「あ・・・。彼らを連れて行くって・・・」


「ん?あっ・・・。そうか、でも、それは・・・」


「サトシには、そう言ったのだけど・・・」


「解った。俺が行ってくる、サトシの部屋か?」


「うん」


 ユウキは、集まっている皆に事情を説明して、サトシの部屋に向かった。サトシは、他の者たちと違って、スキルが攻撃に偏っている。


「サトシ!入るぞ!」


「ユウキ!ちょうど良かった、手伝ってくれ」


「マイから、聞いたけど、連れて行くのか?」


「あぁ彼らは、地球に戻りたがっていたからな」


「そうだな」


「なら!ユウキ。手伝ってくれよ。アイテムボックスなら、入るだろう?」


「サトシ。今回は、諦めないか?」


「え?なんで?」


「彼らを故郷に帰したいのは、俺も同じだ」「なら!」


「聞けよ。サトシ。今回は、日本にしか行けない。この意味は解るよな?」


「あ」


「日本の・・・。正確に言えば、静岡の片田舎だ。お前が連れていきたい勇者たちの故郷じゃないよな?それに、俺たちは、地球ではなんの権力もない。だから、1年待ってくれ・・・。しっかりと認めさせる。俺が約束する。だから・・・。頼む。サトシ・・・。皆を、連れていきたいのは、お前だけじゃない・・・」


 ユウキの頬を一筋の涙が流れる。

 サトシが手に持っているのは、サトシとユウキとマイとヒナとレイヤが妹のように可愛がっていた2歳年下の女の子が死ぬ時に着ていた服だ。同じ召喚勇者の日本人に犯されて殺された。


「ユウキ・・・」


 ユウキは、荷物を持っているサトシの手の上に、自分の手を重ねる。


「それに、母さんと父さんにも会えない。会うのなら、ヒナとレイヤと一緒でないと駄目だ。皆で、母さんと父さんに謝ろう。サトシ!サトシ!」


「そうだな・・・。ユウキ。ありがとう。俺は、大事なことを忘れるところだった」


「いつものことだ。サトシ。皆が待っている。戻ろう」


「・・・。あぁ」


 サトシとユウキは、部屋を出て皆が待っている庭に向かった。

 庭では、マイとセシリアが、皆に指示を出しながら、庭を加工していた。


「ん?マイ?何をしている?」


「ん。サトシ。よかった。ありがとう。ユウキ」


「それは、いいのだけど・・・。本当に、何を作っている?」


「見て、わからない?」


「わからないから聞いているのだが?」


「うーん。雰囲気が大事だと思わない?」


 マイたちが作っているのは、魔法陣が生成される場所を石で彩っている。ストーンヘッジを小さくしたような感じで、エリクが言い出した。


「それで、完成なのか?」


「うん。あとは、レイヤとエリクが作る。私たちは、地球に行こう。あっ、ヒナが少しだけ日本円を持っていたから、ジュースとかお土産にしよう」


「いいけど、どこで買う?自販機は高いぞ?」


「うーん。しょうがないよね。ジャスコに行ければ・・・。ダメだよね」


「そうだな」


「それなら、今回は諦めようかな・・・」


「流石に、皆の分を買える予算は無いだろう?」


「そうだね。一口だけかな?」


「それなら、俺たちの作戦が動き始めてから、買って送るよ」


「わかった。マンガや雑誌もお願いね。あと、書籍もね」


「解っているよ」


「その時には、ユウキが持ってきてね」


「わかった。わかった。そろそろ、日本に向かうぞ!」


”おぉ!!”


 残留組の14人が作ったストーンヘッジのような場所に集まる。外側には、帰還組が居る。その近くには心配そうな表情をした、国王と将軍とセシリアが見守っている。

 ユウキが、中心に立ってスキルを発動させる。魔法陣が、ストーンヘッジのような場所に広がる。


「ユウキ!戻ってくる時間は?」


「設定しない。1-2時間だと思ってくれ!」


「わかった。行って来い!」


 レイアの声が響いたと同時に、魔法陣が光りだして、ユウキたちを光が包み込む。

 そして、ゆっくりと光が消えると、そこには、誰も立っていなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る