第四話 帰還(後)


「陛下」


「なんじゃ」


「わかりました。全部、飲み込みます。家族のために」


「そうか・・・。ありがとう」


「いえ、それで、陛下。一つ、頂きたい物があります」


「なんだ?アメリアを連れていきたいというのなら、喜んで差し出すぞ?侍女もつけるぞ?」


「陛下?殴っていいですか?」


 貴族たちから、”いいぞ!許す”とか声が聞こえてくる。他の国ではありえない状況だ。


「まてまて、お主に殴られたら、儂の頭が軽くなってしまう」


「大丈夫です。少しだけ痛いだけです。陛下の身体が、明日から頭の重さに耐える必要がなくなると喜ぶかもしれません。試してみますか?」


「悪かった。儂が悪かった。それで?何が望みだ?」


「王城の裏にある。空き家と庭を頂きたい」


「いいぞ。宰相。手配しろ。ユウキの邸宅とすれば問題はなかろう」


「はっ」


 宰相は、部下に指示を飛ばす。


「それで、ユウキ。空き家を何に使う?」


「正確には、庭です。マイや他の者たちがマスターしている転移の魔法と同じように、移動先に障害物があると失敗する可能性があります」


「時空魔法か?」


「はい。誰も居ない可能性が高い庭に転移してくるようにしたいと思います」


「!!そうか、解った。警備を含めて任せておけ」


「お願いいたします」


 ユウキは、戻ってくると宣言したのに近い言葉を発した。


 それで、これで準備が整ったと考えたのだ。


 ユウキは、皆に頭を下げた。


「陛下。必ず戻ってきます」


「わかった。行って来い。そして、好きに暴れてこい」


「はっ」


 玉座に向かって、感謝を込めて、深く、深く頭を下げる。頭を上げたときに、ユウキの頬を一筋の涙が流れていたが、感謝の涙だ。


 仲間だと思っていた勇者に裏切られた夜。

 貴族に騙されて友を失った夜。

 戦いで友を失った夜。

 勇者同士の戦いで、勇者を殺した夜。


 そして、病院で横たわる母親の横で迎えた夜。


 ユウキは、ユウキたちは誓った。

 もう何も奪われない。失った者は戻ってこないならば・・・・。


 ユウキは、王城を抜けて、皆が待っている場所に戻る。

 陛下とのやり取りを皆に説明しようかと思ったが、皆と歓談している貴族や文官や武官たちを見て馬鹿らしくなった。どうやら、本当に知らなかったのは、自分だけのようだ。


 憮然とした表情で現れたユウキを見つけて、マイが駆け寄ってきた。


「どうしたの?」


「なんでもない。いつからだ?」


「魔王討伐に行く前に、ユウキがセシリアを説得しにいったときかな?宰相様に言われてね。皆と相談して決めた。ユウキに知らせると、時空魔法を得たら、王城への報告は私たちにまかせて、一人で戻るかもしれないから・・・。ってね」


「ユウキ!」「ユウキ!」


 歓談していた勇者たちが、ユウキに気がついて周りに集まってきた。


「へへ。ユウキ。どうだ?俺たちの演技は!」


 フェルテがしてやったりの顔でユウキの肩に手を置きながら話しかける。


「すっかり、騙されたよ」


「それで?」


「お前たちのシナリオどおりだ。多分だけどな」


「そうか!それじゃあとは、地球に戻って、こっちに帰ってこられるか確認すればOKだな」


「あぁそうだ・・・。あっ裏の家と庭をもらった。あそこを転移する場所にするつもりだ」


「え?」


「マイの転移も、他の奴が使う転移も、転移先に予期せぬ物があると失敗するよな?」


「え・・・。あっ。うん。岩でも、大きいものがあるとダメだね」


「だろう?庭なら、手入れをしていれば、生えるのは草くらいで、魔物や動物も入り込むのはむずかしいよな?」


「・・・。うん」


「だから、帰ってくる場所に指定しておけばいいと思わないか?」


「あっ・・・。そうね。うん。それは必要だね」


 勇者たちも、ユウキの話を聞いて納得してくれた。


 皆で、転移に使う場所に移動してから、荒れている庭の整備を始めた。

 勇者たちである。力仕事は得意分野だ。それだけではなく、屋敷の手入れも魔法を組み合わせて行っていく。


「でもよお。ユウキ」


「向こうは、行くときにはどうする?」


「最初は、俺たちが住んでいた家に行こうと思う」


「・・・。あそこなら、確かにこの庭と同じくらいの広さがあるな」


 サトシが庭を眺めながら肯定する。


「ねぇ。ユウキ、本当に、自分だけで試すの?」


「あぁ俺が帰ってこなかったら、失敗したと思ってくれ、そして・・・」


 皆が黙ってしまう。皆は、地球には帰りたいが、積極的に帰る必要性を感じていない。世話になった人に挨拶ができればいい程度にしか思っていない。成し遂げたいことがある者もいるが、過去と割り切っている。戻れるのなら、戻って過去を断ち切りたいと考えているだけなのだ。


「マイ!もう決めたことだ!」


 マイが何かユウキに告げようとしたのを、サトシが止めた。


「ユウキ!」


「わかっている。絶対に成功させる」


「ねぇユウキ。いきなり、母さんや父さんのところじゃなくて・・・」


「ん?」


「ヒナ?何か、考えが有るのか?」


「うん。あのね。ユウキが、母さんと父さんに捕まって、すぐに帰ってこられるとは思えないの」


 一緒に育った、サトシやマイやレイヤやヒナだけではなく、皆がうなずいている。


「否定したいけど・・・。わかった、それで?」


「だからね。ほら、遠足で行った・・・。浜石岳なら、キャンプとかしていなければ人は居ないし、目立たないと思うよ?」


「あっ・・・。そうか、いきなり、現れて、家だと、人に見つかってしまうと、計画が崩れるな・・・」


「うん。それに、どの位置時間に戻られるのかわからないよね?」


「・・・。魔力の問題もあるか・・・」


「うん。浜石岳なら、もしなんか有っても、降りるのに迷う道じゃないし、すぐに民家もあるよね?」


「・・・。わかった。確かに、ヒナの言うとおりだ。町中でいきなり現れるのはまずいよな」


「うん」


 ユウキたちは庭に集まった。


「発動するぞ!」


 ユウキたち勇者は、詠唱破棄をスキルとして会得している。それらしい語句を並べ立てて詠唱している雰囲気を出すことはあるが、基本は無詠唱だ。


 ユウキを中心に魔法陣が広がる。半径3m程度だ。


「え?」


「ユウキ!」


 ユウキの驚きの声が聞こえて、魔法陣の外側に居た者たちが、心配そうにユウキに声を掛ける。


「大丈夫だ。”天使の声”が聞こえただけだ」


「”天使の声”が?」


「あぁ時間を選べるようだ。帰ってくる場所と時間も指定するようだ」


「は?帰ってくる時間?」


「どうやら、自分が、存在していた時間軸に転移する場合には、その時間軸に居る自分に意識が入り込むようだ」


「え?」


「わからん。ただ、俺たちが、召喚で拉致された時間に戻れるということだ。ひとまず、戻ってくる場所は、この場所で時間は2時間後に設定した。行ってくる!」


「おい!ユウキ・・・」


 魔法陣が激しく光った。

 数秒後に、魔法陣は光を失って、消えてなくなった。


「あいつ・・・。2時間後とか言わないで、1秒後でも良かったはずだよな?」


「そうね。でも、ユウキらしいわよ」


「そうだな」


 勇者たちは、消えた魔法陣と、転移が成功した証として、居なくなった友人であり家族であるユウキを思い浮かべていた。


「サトシ!マイ!ヒナ!レイヤ!考えていても始まらない。ユウキなら帰ってくる。私たちは、私たちでやらなければならないことがある。それに、ユウキが帰ってきてからのことを相談しないとダメ」


「そうだな。ユウキなら大丈夫だよな。2時間で全部決めてユウキを驚かせよう」


「あぁ」


 勇者たちは、王城に戻っていく、手に馴染む時計で時間を確認した。

 デジタル時計を持つものが、タイマーを設定した。これで、2時間を忘れない。


 皆が王城に戻るのを、王城の自室に引きこもっていたアメリアは見ていた。ユウキが居ない勇者たちを見下ろしていた。

 そして、庭が光ったことで、愛しのユウキが旅だったのだと理解した。戻ってきてくれると言っていた。


 アメリアは”ただ”待っているだけを”良し”としなかった。近くに居た、世界でユウキの次に信頼している者の名前を呼ぶ。


「ノーラ」


「はい。姫様」


「無理を言いますが、お願いします」


「はい。心得ております。確認と準備に時間がかかるとは思います。ご容赦ください」


「えぇ大丈夫です。解っております」


「それでは、姫様」


 ノーラは、アメリアに頭を下げてから、部屋を出た。

 控えていた侍女にアメリアの世話を頼んでから、勇者たちが使っている会議室に隣接する部屋にむかった。

 アメリアの望みを叶えるために・・・。

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