1200文字探偵
ホテルの部屋の前に立っている警官越しに、やじ馬たちが中をのぞこうとしていた。
部屋の中では、奇抜な服装をした少年と、女性型アンドロイドが並んで寝ていたが、アンドロイドのほうは頭部を破壊されていた。
二人の様子を警部が眼光鋭く観察していると、鑑識官が声をかけた。
「第三者が侵入した形跡もありませんし、少年がアンドロイドを破壊してから、自殺したものと思われます。二名は、カクヨムという小説投稿サイトのイメージキャラクターを務めておりましたが、ほとんど利用者から認知されておらず、それを気に病んでの心中かと思われます」
「トリだけだと思っていたよ。いや、そのトリのこともよく知らないが」
警部はふたりに手を合せながら、独りごちた。
「事件性があれば、ミステリーとして投稿できたのに、これでは小説にならないな」
警部が後を部下に任せ、部屋から出ようとしたとき、外から、男の声が問いかけてきた。
「ちょっと待ってください。本当に単なる心中でしょうか?」
「だれだ?」と警部が応じると、部屋の中へ、スーツ姿の美丈夫が乗り込んで来た。
男のスーツとネクタイは、ネイビーで統一されており、その濃淡の組み合わせが絶妙であった。
侵入者の顔を確認した警部は、慌てて背広の端で右手をふき、握手を求めた。
「名探偵の六銭さんが、なぜ、ここに?」
六銭は女を狂わす微笑を中年男性に向けながら、握手に応じた。
「まあ、そんなことは別にいいではありませんか。それよりも、まだ600字ですよ。カクヨム3周年記念選手権は、1200字以上の作品が対象です。ここで話を終わらせるわけにはいきません。作者の名にかけて」
「しかしですな。どう見ても、事件性のない心中にしか見えないのですが?」
「とにかく、もう一度、状況を確認しましょう。それで字数が稼げますから」
やれやれと言った表情で、警部が鑑識官を呼び、六銭の質問へ答えさせた。
「二人のなまえは、少年のほうがカタリィ・ノヴェル。ロボットのほうがリンドバーグだそうです」
「この子、男の子なの。女の子じゃないのか。最近のライトノベルでは、こういう顔がはやりなのかね。しかし、特徴のない顔つきだね」
「まあ、平均的と言うか、無難なキャラクターではありますね。運営の要望が反映されているのでしょう。おかげで、文句を言う人は少ないのでは?」
「文句を言われないどころか、だれも存在をおぼえもしなかったのではないかね。ところで、この子たちは、いつ頃からカクヨムにいたのだね?」
鑑識官が手元の端末を操作し、事務的な口調で答えた。
「公募により、2018年の4月にプロフィールが決まりました」
六銭から「記憶にありますか」と尋ねられた警部は、頬についた脂肪を横に揺らした。
「アンドロイドの中にあるデータを確認できれば、何があったか一発なんですがね」
鑑識官が、無数の配線が飛び出しているリンドバーグの頭部を指さした。
「やはり心中だな」と、警部がつぶやいたときであった。
スマートフォンを操作していた六銭が叫び声をあげた。
「なんて事だ。リンドバーグですが、プロフィールの中で、アンドロイドとロボットで表記が揺れているだけでなく、彼女はAIということになっています」
どれどれと警部が、六銭のスマートフォンをのぞいた。
「本当だ。ところで、アンドロイドとロボットとAI。なにがちがうんだね?」
警部に聞かれた鑑識官は首をひねった。
「まあ、だいたい、話は通じるからいいではないですか。気になるのなら、作者に確認させましょう。知らない言葉を調べる『よめないし、わからないし』というエッセイをカクヨムで連載中ですから」
「でも、あいつ、理系の言葉に興味が薄いからな。ちゃんと調べるだろうか……。頼んでみますか、六銭さん?」
「いや、結構です。もう、1500文字を越えましたから、どうでもいいです。さっさと話を締めましょう」
「そうですか。それは、こちらとしてもありがたい。それで結局、心中ということでよろしいですよね?」
同意を求めた警部に対し、六銭は大きく首を振ってから、カタリィ・ノヴェルとリンドバーグのむくろに手を合わせた。
「いえ、今回の事件は、殺人であり、器物損壊です」
「何ですって。心中でなければ、犯人はだれなんです?」
「もちろん、それはカクヨムの利用者ですよ。カクヨム利用者の無関心が、彼ら二人を殺したんです。何という痛ましい悲劇でしょう。私たちの彼らに対する認知度が高ければ、カクヨム3周年記念選手権の最終日に、わざわざ『カタリ』と『バーグさん』をお題にする必要はありませんでした。誰なんだよ、こいつら。どう書けばいいんだと、書き手が困惑することもなかった。話づくりに悩んだ作者がこんな作品をつくることもなく、二人は死なずにすんだのです」
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