近くて遠い、濃くて薄い

浅川

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 お昼過ぎの時間帯。いつもながら早く会場に着く。だがもうグッズの販売は始まっている。この時間帯から既にここへ来ている人達は中で並んでいるのか、はたまた早々に目的を達成して一旦、会場を離れたのだろうか。出入り口付近の人はまばらだ。スマホの画面に釘づけになっている女性を横に志保しほもスマホをポケットから取り出す。歩道を挟み、向かい側の白い柵に寄りかかり本日のライブハウスを写真におさめた。

 毎度お決まりのことを済ませると階段を降りて地下へ。志保もグッズ売り場へ向かう。

 十五分ほどでお目当てのグッズを買い終え再び地上へ戻ってくるとスマホ画面をしきりに気にし始めた志保。

「あっ、いた! 久しぶり」

「お久しぶりです〜会いたかったです」

 ツイッター上で繋がっているフォロワーと合流した。学校や職場で同じ趣味を持った人と巡り会うことはなかなかできてなくてもネット上、SNSであれば簡単に見つけることができる。音楽、ライヴに行くのが趣味で、かつ同じ歌手、バンドをている人と実際に会う。これも志保にとって楽しみの一つであった。

 二人は近くの喫茶店へ行き長話をする。会うのは約半年ぶり。こうして面と向かって会話をするのもまだ片手で数えられるほどしかないのだがもう何年も前から仲が良いように話は弾む。志保は学生時代の友人と会う時間よりも何倍も有意義な時間を過ごしていると感じられる。この違いはなんだろうと最近よく考える。それはやはり……。

「はい、じゃあお約束の物。これでコンプリートなんだっけ?」

「ありがとうございます! はい、そうです。通販でも十個買ったのに結局揃わなくて。何が出るかはわからないランダム系のグッズは怖いですね〜いくら使ったんだろう?」

 グッズを交換したり、時にはチケットを取るのに協力し合う。そしてなにより、好きで好きでたまらないことについて当たり前のように、とことん語り合える。オタクにはそんな存在が必要なのである。

 喫茶店を出たのは開場時間、三十分前。駅構内にあるコインロッカーを利用して手荷物を預ける。持っていくのはチケット、ドリンク代の小銭、スマホ。両手は解放されて再びライブ会場へ赴く。

 開場時間が近づいているということで先程とは一転、ライブハウス周辺は長い列ができていた。この光景を見て一段階、緊張と興奮が高まる。

 顔をよく見てみると前回のライヴもいた、という人物もチラホラ見かける。そこで思い浮かべるある人がいた……来るのだろうか?

(あっ、来た)

 一人の男性がやって来た。日が落ちると肌寒なってくる時期だが彼は半袖であった。今回のグッズであるマフラータオルを首に巻いている。グッズは購入済みである。そのいでだちから気合いが入っているんだなと受け取れる。志保と同じようにライブハウスの目の前まで来るとスマホを取り出して会場の写真を取る。スマホを下に下ろすと一心に何かを打っている。その後、その男性は後ろの方へと消えて行った。

(今日の番号、あんまり良くないのかな)

 何かと気にかけている志保。いつの間にか彼を見かける度、無意識に視線を奪われていると今、ハッとなり自覚する。

 ツイッターを開きタイムラインを眺める……。

『本日のライヴはこちら!』

 タイムタインを親指で動かして志保がフォローしている『リョウ』というアカウントのツイートが一番上に表示された。バンド名のハッシュタグとシンブルに今日もライヴをみるのだと伝わる言葉を添えたツイート。それをじっと、無表情で見つめる志保であった。


「いや〜今日も良かったね〜」

 客電が点くとその位置から微動だとしなかった人々がロックを外されたように流れ動く。それを眺めていた時に後ろから声をかけられる。開場時間まで時間を共に過ごした先ほどのフォロワーと再び合流した。

「うん、そうだね」

 ライヴ後に感想を語り合える人がいる、これも至福の一時である。だがもしも心残りがあるとすれば、それは……。

(もう行っちゃったかな)

 どこから来たのか、名前も分からないあの人とお話しできないものか、そう思う人がいる。今度会えるとすれば? それは今日のようにライブがある日であろう。決して遠い話ではない。

 数ヶ月に一回のペースで今のところ会っている、でも話したことはない。そんな人達がここには大勢いた。




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