紙切れ!

 母さんが遺した紙切れ。一体、何が書いてあるんだろうか。

 野良メイド3人衆が言う。


「純様、この紙切れに書いてあること、本当でしょうか……」

「……『寮旗は全部で12枚あるけど全部掲げてね!』とありますが……」

「……さらに『掲げるのは窓の内側! 右足子指には気を付けて!』とも」


 この紙切れに書かれていること、本当だろうか。

 特に最後は意味不明だ。大事なのは最初と中ほど。

 全部掲げることと、掲げるのは窓の内側ということ。




 今までの母さんのいたずらをいろいろと思い出す。

 破天荒なところのある母さんだが、1本筋の通ったところがある。

 母さんは正直に生きるが信条。


 俺の脳裏に浮かんだのは『サドル・ハンドル事件』だ。

 あれは、3年前のこと。————


 母さんが妹の自転車のサドルとハンドルを入れかえるいたずらをした。

 とんでもない形になった自転車を見た妹が激怒したのは言うまでもない。

 

「どうすんのよこれ、乗れないじゃん!」

「大丈夫よ。練習すればきっと乗れるわ!」


 マジギレの妹は「だったらやってみせなさい!」と食ってかかった。

 俺はそんなことでないだろうと思った。母さん、さすがに謝った方が……。


 ところが、母さんは数日後には見事にいたずら自転車を乗りこなしていた。

 岡持のバイトで鍛えていたと、あとになって表の蕎麦屋さんから聞いた。


 『サドル・ハンドル事件』はひどかったが、そのときに俺は学んだ。

 母さんは正直者で嘘をつかない。————


 ということは、この紙切れに書かれていることも、全て本当だろう!


 寮旗が12枚、掘りごたつも12台。はなしの辻褄は合う。

 母さん、ものすごい手の込みようだ。いたずらに一切の手を抜かない。

 寮旗を作るのには抜いても、だ。さすがだ! それでこそ母さんだ。


 20年以上も寮旗が誰にも発見されなかったのもうなずける。


 さて、俺たちはどうすればいい。どうすれば間に合う?

 野良メイド3人衆には協力してもらわないといけない。

 3人ともやや委縮しているようだけど、奮い立たせないと。


「書いてある通りにする。3人も手伝って!」

 1人では絶対に間に合わない。4人作業でも間に合うかどうかは微妙。

 だけど、ここは絶対に勝負に出ないといけない。


「かしこまりました!」 「かしこまりました!」 「かしこまりました!」


 よし、かしこまられた。野良メイド3人衆が加勢に合意してくれた。

 これは心強いが、まだ不安はある。それを払拭するためにも素早い作業だ!


 と、思わぬ援軍に俺は涙した。

 灰塵と化していた千秋と千春だ。元の姿に戻っている。


「私たちもお手伝いさせていただきますわ」

「いつまでもおねんねしてはいられませんもの!」

「千秋、千春。よかった、2人とも生きかえったのか」


「生き返ったも何も、死んでおりませんわ」

「そうです。ちょっとモードチェンジしていただけですわ」

 モードチェンジ? なんだそれ?


「純様、お2人は強いショックで灰塵モードになるのでございます……」

「……私たちはそれを目の当たりにする度に……」

「……驚いて心臓が飛び出そうになるのです」


 3人とも、顔色をひとつも変えずに解説してくれて、ありがとう。

 それから、今まで本当にご苦労さん……。




「お待ちになって。私たちも手伝うわ、私の公式愛しい君! ね、ひかる!」

 と、めっちゃブリブリの女子が言った。見れば巨乳がまぶしいすばるだった。

 2人には休んでてと言ったのに、大丈夫だろうか。


「僕たちなら大丈夫。2人だけ休んでいるわけにもいかなそうだしね」

 今度はイケメン大親友の真壁が爽やかな笑顔を添えて言った。

 大丈夫だと言われたら、断るのも気が引ける。


「すばる、真壁。ありがとう!」

 身体が熱くたぎる。いける。これならいける! 8人なら、やれる!

 俺は武者震いを止めるのに苦労しながらも続けた。


「よしっ。久美子と範子は奥の3つ。急いで!」

「かしこまりました!」

「かしこまりました!」


 2人は丁寧に深々と一礼した直後から駆け出していた。


「千秋と千春は右の3つをお願い」

「分かりましたわ」

「お安い御用ですのよ」


 先に行かせた2人に倣うように、双子も急いで移動した。

 野良メイド3人衆への対抗意識が、千秋と千春を突き動かしている。

 次はすばる。目を輝かせて俺を見る。尻尾があれば全力で振っている状態。


「すばるはりえと一緒に左を頼むよ」

「うん。私、がんばる!」


 と、すばるは一目散に駆け出す。

 少しだけでも休んでもらったのがよかったのだろう。

 俺はそれをしっかり見送りつつも、りえに向き合う。


「すばるはきっとまだ本調子じゃない。だから、りえにお願いしたい」

「かしこまりました! 全て私にお任せください」

 りえの快諾、キターッ! これで心配は無用となった。


 俺が「りえ、ありがとう!」と言ったときには、りえはもう走り出していた。

 それでも持ち場に着いたすばるからは、大声で呼ばれていた。

 天板を独りで持ち上げるのは大変なんだと文句を言っている。


 りえは「そんなに慌てないでくださいませ、すばる様」と返す。

 すばるのあのはしゃぎ様では、最初から心配する必要がなかったのかも。

 あるいは、既にりえが一緒にいる効果が現れたのかもしれない。


 どちらにせよ、これで6人が作業に取り掛かった。

 あとは2人だけ。俺と真壁!

________________________

 紙切れに書かれていることは3つありましたよね……。


 ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

 これからも応援よろしくお願いいたします。

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