033.道化。

 君は道化師に似ているよ、小さな世界の不適合者。


 不意に投げられた言葉は、金と銀の輝きを放つ青年からのものだった。


 道化師? 何故だ?


 意味が分からないと云うように空が首を捻る。だが青年は空の問いには答えず、呆れた様に溜め息を零しただけだった。むっとして空が頬を膨らせる。


 いきなり何なんだ。


 理由を言えと詰め寄る空に、嘆息して青年が答えた。


 それ、馬鹿みたいに笑うの。やめたらどうなの。


 常に浮かべられている空の笑みは仮面を見ているようで、青年は不愉快極まりない。だが、それを口にするのもまた不愉快で、青年はただ眉根を寄せてその意を示すだけに留めおく。


 ああ、これか。すまないな。癖なんだ。


 言葉にされなかった青年の意図を知り、空は儚い笑みを浮かべる。癖になっても仕方がない。空はそういう風に造られたのだから。そうしなければならない立場に、空は置かれている。笑うのも、泣くのも、自分の為であってはいけない。特定の誰かの為であってもいけない。空は全てのものの為にあるのだ。


 ……君の立場は分かっているさ。同情する気も責める気も僕にはない。


 青年が再び、溜め息を吐く。


 ただ、作り笑顔だと分かられないぐらいにはなりなよ。


 君の笑みは虚無しか与えない。そう、青年は言の葉を紡いだ。はたと空が幾度か目を瞬かせる。


 ご忠告、痛み入るよ。


 ふ、と表情を消して空は言う。空が空っぽだから、その表情が虚無感を与えるという訳ではないのだろう。現に、今までは見破られた事などなかった。きっとこの青年だから、空の笑みの虚無に気付くのだろう。それが、空にとっては。


 次に会う時までには、精進しておく。


 道化師のような笑みで、空はそう言いおいた。青年が馬鹿にするように鼻を鳴らして背を向ける。


 君のところに小さいのがいただろう。


 扉に手を掛けた青年が、肩越しに振り返って空を見た。鋭い視線が空を射抜く。


 小さいの……もしかして、雷の事か?


 僕の事を勝手に話すな。それと、君はもう少し……まあ、どうでもいいか。じゃあね、小さな世界の不適合者。


 せいぜい道化として頑張ると良い。言いたいだけ言うと、青年はさっさと帰ってしまった。扉の閉まる音が、小さく、部屋に響く。


 何なんだ。


 言いかけた青年の言葉が気にかかるが、本人がいない為問いただす事はできない。ふいに、世界が嘲笑っている様な錯覚を覚える。


 道化師、か。


 青年の言う事はいつも、的を射ている。それが、嬉しいような、哀しいような、どちらでもないような気もして。空はただ、分かってはいても止められない、いつもの道化の笑みを浮かべるだけだった。

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