吸血公爵様の屋敷での生活は快適そのものでした
その日の翌日の事でした。私は目を覚まします。朝でした。日の光が差し込んできます。
私は見慣れない広い部屋で目を覚ましました。私が寝ているのは広いベッドです。キングサイズくらいあるベッドでした。とても一人で寝るためのベッドだとは思えません。
寝ぼけ眼で周囲を見渡します。どれほど眠っていたのでしょうか。私は時計を見ました。
時刻は既に朝の8時になっています。私はいつも朝の5時に起床しなければならない生活をしていたのです。
「た、大変です!」
私は飛び起きて、慌てて身支度をします。そして、走って部屋を出て行ったのでした。
◇
「はぁ……はぁ……はぁ」
「おはよう……カレン」
大きな食堂にはヴラド様がいました。隣にはお茶を注ぐヴァンさんの姿も。
「も、申し訳ありません! 遅刻してしまいました!」
私はヴラド様に頭を下げ謝るのです。
「何を頭を下げているのだ?」
ヴラド様が呆けたような顔をします。
「え? それはもう、遅刻してしまったものですから。朝起きる時間を3時間も遅れてしまいました」
「カレン、貴様は何を勘違いしている? 俺は貴様に『休め』と命じたのだ。故に遅刻などという概念が存在しない。特に今のところはだな」
「はぁ……はぁ……はぁ」
私は呼吸を整えます。
「そうでした……私は今、ヴラド様のお屋敷にいるでした。つい、前のスペンサー家にいた時の癖で」
「……もうよい。カレン。貴様は疲れているのだ。だからそういう勘違いもする。いいから部屋に戻って休め。あるいはここで食事にでもするか?」
ヴラド様は朝であるにも関わらず、ハーブティーのようなものを飲んでいるだけです。もう食事を取られたのでしょうか。
「え、ええ……でしたら朝食を頂ければと思います。もう十分眠れましたから」
「……そうか。そうであればヴァンよ。カレンに朝食を用意しろ」
「はっ!」
執事のヴァンさんは調理場へ向かいます。
「ヴラド様は食事は済まされたのですか?」
「ん? ……ああ。俺は食べないんだよ」
「へー……朝食は食べられない主義なんですか?」
確かに朝ご飯を食べない人は食べないです。一日三食取らない人です。そういえば私もそうでした。一日一食でも食事が取れればいい方だったのです。一日三食は決して常識ではないのです。
「いや……俺は朝食だけではない。一般的な食事を取らないのだ」
ヴラド様は鋭い犬歯を覗かせた。流石の私でも気づいてしまう。そうだったのだ。ヴラド様は普通の人間ではない。吸血鬼なのだ。吸血鬼に関してはよくわかっていない事は多い。特に私は詳しくは何も知らない。
だがひとつだけわかっている事がある。字を読む通り、吸血鬼なのだから、彼は血を吸う鬼なのだ。つまり食事は血液という事になる。そもそも彼は生贄を求め、スペンサー家から私を招き入れたのではないのか。
「ヴラド様は……私の血を吸われるつもりですか?」
「別に強要するつもりはない……カレン。お前に関してはだ」
「そうなんですか……よかった」
私は安堵の溜息を吐いた。大体、ヴラド様が私の血を吸うつもりがあったのなら、既に出会った時に吸われている事であろう。
そう、あの日の夜。ヴラド様に抱きしめられたあの日の夜。思い出すと恥ずかしくなってきて、顔が赤くなります。
「食事になります」
そうこうしているうちに目の前のテーブルに食事が用意されるのでした。
「……まあ」
なんて豪華な朝食でしょうか。ハムにベーコンに卵。それからパン。見た事もない豪華な朝食が並んでいるのです。世間一般ではこういう食事を食べているのでしょうが、特に公爵家などでは。私にとってはこんな豪華な朝食が本当に存在しているのかと、疑わしく思う程のものでした。
私は食事に手をつけます。
「おいしいですっ!」
一口食べるだけでまるで天国にいるかのような気分になります。
「大袈裟なやつだな……ただの朝食だぞ」
「大袈裟じゃありませんっ! こんなおいしい朝ご飯食べた事がありませんっ!」
「面白いやつめ……見てて飽きないな」
ヴラド様は優しい笑みを私に向けてくれます。なんでしょうか。この笑みは。そう、それは私が屋根裏部屋で飼っていた猫に対して向けるような笑顔でした。つまり、私はヴラド様にとってペットみたいなもの。
ペット。そうなる考えると悲しくなってきます。私は食事をしている最中にある疑問が湧いてきました。
「ヴラド様……ひとつ、質問があるのですが、聞いてよろしいでしょうか?」
「……なんだ?」
「ヴラド様は血を吸わないとどうなるのでしょうか?」
血を吸う、という事には何らかの必要性があるという事です。人間でいう食事というのは娯楽という意味合いもありますが、主には生命活動に必要なエネルギーを摂取するためでもあります。
恐らくは吸血鬼が血を吸う行為にも、何らかの必要性があるからに違いがありません。
「別に人間と同じだ。多少腹が減って力が出なくなる。それだけの事だ」
「……はぁ。そうなんですか」
お腹が減って力が出なくなる。吸血鬼なんですから空腹くらいで死ぬとは限りませんが、それはあまりよろしくない事なんではないでしょうか。
大丈夫なんでしょうか? 私は心配になります。
食べ終えた私は食器を片付けようとします。
「しないでよい。ヴァンが片付ける故」
「はっ」
ヴァンさんは私が食べた食器を片付けてくれます。
「ですが、ヴラド様。こう、何でもしてくれると私のやることがなくなります。私は何をすればいいんでしょうか?」
「だからしばらく休めと言っているだろう。部屋で寝ていればいい。時間になったら食事を出す。風呂も用意する。その上で気力が戻ったら何か暇潰しを考えてやろう」
「……そうですか」
こんな生活でいいのか……という罪悪感を抱く私ではありましたが、それがまたよくないのかもしれません。休むのも立派な仕事です。本来はそう思わなければならないのかもしれませんが、ついつい勤労を義務だと思い込んでしまいます。
私はヴラド様の言葉に甘え、しばらく自堕落な生活――もとい、休養期間を取らせて頂くのでした。
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