第26話 昔馴染みの家で夕食をご馳走になった

 相変わらず暑い日が続く7月末の夜。

 僕はJR花園駅はなぞのえき近くにある、沢木さん母娘の

 家を訪れていた。ちなみに、京都のJRの中心である京都駅から5駅だ。


「そういえば、僕が高校生の頃はもっと古めかしいアパートだったよね」


 一家が移り住んだマンションはオートロックと綺麗なエントランスがある。

 真新しいエレベーターもあって実に新築らしいマンションだ。

 僕の住んでるところも悪くないんだけど、築年数が若干行ってたりする。


めぐみちゃん、玄関に到着したよー】


 本日は沢木さわき家で夕食をご馳走になることになっている。

 恵ちゃんも腕を振るって母娘揃って夕食の支度しているらしく、楽しみだ。


【はーい。インターフォン鳴らしてくださいー】


 ピロピローン。少し変わった音色がエントランスに響き渡る。


「はーい」


 彼女が言うなりオートロックが開く。まあ、この家を訪れるのも慣れたものだ。

 エレベーターで部屋がある6Fに行く間、「どんなのが食べられるやら」などと考えていた。


「お邪魔しまーす」


 靴を脱いで玄関に入ると、


「ただいまでもいいのにー」


 お茶目な声で沢木さんがからかってくる。


「ま、まあ。それはいずれ……」


 恵ちゃんの前では比較的余裕だけど、こう言われるとさすがに照れる。


「お母さん。そういう事はまたいずれだから……」


 顔を真っ赤にしてうろたえている恵ちゃんが愛らしい。

 なら、ちょっとからかってみようかな?


「じゃあ……ただいま。恵ちゃん」

「裕二君もやるようになったわねー」

「もう社会人になって数年ですから」


 伊達に歳を重ねたわけじゃない。少し誇らしい。


「えーと……お、おかえりなさい!裕二君!」


 言うなり台所に引っ込んでしまった。


「この様子だと婚約も秒読みね?」


 沢木さんも人が悪い。


「まあ。結婚を前提にってのは本気ですし、遅くとも来年中には」


 正確な時期は決まっていなかったけど、今更他の相手というのも想像出来ない。

 ならさっさと決めてしまってもいい気がしていた。


「ま、ゆっくり決めなさい。あの子もしっかりしてるけど、奥手なところがあるし」

「嫌というほどわかってますよ」


 二人でちょっとした会話を交わしつつダイニングに行くと予想外の光景。

 まず、真新しいテーブルクロスが木製のテーブルに敷かれている。

 椅子もやけに高級感がある木製のものだ。

 それに……ちょうど3個の椅子がある。


「恵ちゃーん。ひょっとして、準備は君がやったの?」


 台所に向かってだから少し声を張り上げる。


「その。いずれは結婚するわけ、ですし……」


 きっとキッチンでは真っ赤になってるんだろうな。


「何なら今日、婚約する?」

「裕二君、からかってますよね」

「半分くらいは本気だけど?」

「も。もう……」


 やっぱり恥ずかしげに台所に隠れてしまった。

 いやあ、こういうときは彼女は実に弄りがいがある。


 さらに10分ほど待つと、ボウルに入ったサラダ。お手製ドレッシング付き。

 なんだか少し色合いが違う唐揚げ。白米。焼き魚(ほっけ)。など、

 すごい量が用意されていた。


「どうですか?裕二君」

「いやー、びっくりだよ。料理は前から美味かったけど、レストランに来てるみたい」

「ほめ過ぎですよ」


 和やかな会話を交わしていると、


「恵はよく裕二君にご飯作ってあげてるの?よくお泊りに行ってるけど」

「う、うん。だって外食で済ましたがるのよくないし」

「この子のこと、改めてよろしくお願いね」

「ええ。大事にしますよ」


 僕をもてなすことを考えてだろうか。

 薄暗い部屋にランプの明かりがついて、少し神秘的だ。

 こういう夜もまたいい。


「じゃあ、いただきまーす」

「はい、召し上がれ」


 まずは前菜のサラダに口をつける。

 おお、美味い。キャベツもブロッコリーもしゃきしゃきしている。

 特製ドレッシングはほんのりの酸味に旨味が効いていて絶妙。


「ど、どうですか?」


 不安があることもないだろうに。


「Good。いいお嫁さんになれるね」


 ちょっとやっぱりからかいたくなってしまう。


「その。全然シャレになってないですから、やめてください」


 なんて言うなり顔を背けてしまった。


「本当に二人とも幸せそうで何より」


 あの頃から少し歳を取った沢木さんが暗い中微笑んでいる。


「忘れないで居てくれたおかげですよ」


 陳腐な物言いだけど、本当に奇跡みたいなものだ。


「……ところで。恵とはどのくらいエッチしたの?」


 小声でなんてこと聞いてくるんだ、沢木さん。


「えーと、まあ。普通くらいには」


 だよね。別に変なプレイはしてない、はず。


「お母さん。聞こえてるんだけど?」

「親としては少しは気になるのよ。それで?」

「まあ、週1以上は」

「裕二君の馬鹿」


 本気で怒ってはいないのがまた彼女らしい。

 でも、こうやって恥じらってくれるのは彼氏冥利につきる。


 こうして、母娘、というか実は恵ちゃんがほとんど作ったらしいのだけど。

 豪華な夕食を食べて、お風呂をいただいて、泊まっていくことになったのだけど。

 問題はリビングで寝るか恵ちゃんの部屋で寝るしか選択肢がないことだ。

 なんせ、母娘二人で住むことを想定して買ったらしい2LDKの部屋だ。


「私には遠慮しないで、若い二人でたっぷり楽しみなさい♪」


 性質の悪い言葉を残して沢木さんは自室に引っ込んでしまった。


「じゃあ……部屋、来て、ください」

「あ、ああ」


 考えてみれば、こうしてお泊りに彼女の部屋を訪れるのは初めて。

 非日常なシチュエーションに少しドキドキしてきた。


 ごろんとベッドに転がった彼女はといえば。


「えーと。抱きしめてください」

「ああ」


 ベッドの上で横から彼女の華奢な身体を抱きしめる。

 もう何度もこうしてるけど、未だに飽きたりはしない。


「ところでさ。さすがに沢木さんに聞かれたら、やだよね」


 僕としてもわざわざこちらで秘め事をしなくてもいい。


「そ、そうですね。声でちゃうかもですし」

「弄ると凄い反応するのが面白いんだよね」

「うう……でも、嬉しいのが否定できないです」


 しかし、なら。


「抱き合って、一緒に寝よっか」


 そういうのもたまにはいい。と思ったんだけど。


「今夜は口でしてあげたいんですが」

「……本気?」

「前にもしてあげたことあるじゃないですか」

「それは良いんだけど……あれ、僕的には恥ずかしい」

「私的には、裕二君を思う存分に弄ってる気がして楽しいので」

「そ、それじゃあ……お願いするよ」


 というわけで、小一時間「そういうこと」をした後。


◇◇◇◇


「なんか凄い敗北感あるんだけど」

「私は出してあげられて満足ですよ」


 なんでいい笑顔をしてるんだか。


「恵ちゃんが弄られてる時の気分がわかる気がする」

「そうですよ?もう」

「でも、今度泊まりに来たら、今度は君を弄るから」

「最近、あちこち触ってきますよね」

「気持ちいいところ増えたら面白くない?」

「彼女の身体で遊ばないでください!」

「付き合いも長くなってきたし、そういうのもありだと思うんだよ」

「なんか、このまま進むとアブノーマルにいきそうで怖いです」

「だ、大丈夫。たぶん」

「そこは安心させてくださいよ」

「でも。コスプレくらいはして欲しい、かも」

「め、メイドさんとか?」

「そう。そういうの。駄目?」

「うう。全然嫌じゃないです」

「じゃあ、今度お願いね」

「ご主人様、とかもつけましょうか?」

「恵ちゃんが平気なら」

「恥ずかしいですけど。喜んでくれるなら」


 なんて事後のピロートークをしていると眠くなってくる。


「ふわぁ」

「そろそろ寝ましょうか」


 リモコンで操作すると、あっという間に部屋は真っ暗だ。


「そういえば……」


 なんだかふわっとした声だ。

 眠い時、彼女は、少し幼い声になる。


「近いうちに、裕二君のこと好きになった、きっかけ、話します、ね」

「いいの?気にしないけど」

「私にとっては思い出だから、覚えててくれると嬉しいです」

「……多分、大丈夫だよ」

「多分が不安ですけけど……じゃあ、近いうちにまた」


 少しだけ寝物語に花を咲かせつつ、眠りについたのだった。

 でも……。


(婚約指輪とかプロポーズの言葉とか考えないとなあ)

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