第22話 雨の日のお散歩と思い出

 六月十二日、土曜日。今日の京都は小雨がぱらついている。


裕二ゆうじ君、お昼ご飯、どうしますか?」


 ソファーで隣り合った恵ちゃんからの一言。

 雨の日ということで、今日はめぐみちゃんとおうちデートだ。

 Amazon Prime Videoで、アニメやら映画を見て、まったり。

 しかし、お昼ごはん、ね。


「確かに、お腹空いてきた。恵ちゃんはリクエストある?」

「実は私も考えてなかったです。ちょっと調べてみますね……」


 と、スマホで何やら周辺地図を調べているらしい。


「あ、御池通りおいけどおりってくら寿司あったんですね。どうですか?」


 くら寿司は有名な回転寿司チェーンだ。

 とはいえ、実は僕は行ったことがない。

 なお、御池通りは京都市の東西を走る通りの一つで、道幅が広い。


「恵ちゃんはくら寿司、行ったことあるの?」

「お寿司好きな友達と行ったことありますよ」

「よし、じゃあ、行ってみるか」


 見た所、うちからは歩いて十五分というところ。

 そして、せっかくなら―ということで。


「あの。なんで相合い傘なんですか?」


 微妙な目線で見据えられてしまう。


「彼女が出来たら、一度やってみたかったんだよ」


 大学生活中はついぞ彼女が出来ることがなかった。

 しかし、今は立派な彼女持ち。

 

「そういうのは雰囲気が大切だと思うんですが……」

「駄目、かな?」

「ずるいですよ」

「え?」

「彼氏からそう言われて、嫌なわけないですよ」


 少し目線を逸らして、何やら恥ずかしげだ。


「つまり、照れ隠し?」

「言わないでも、察してください」

「あ、ごめんごめん」


 ということで、小雨がぱらつく中、相合い傘で、くら寿司へ。


「裕二君、手、しんどくないですか?」

「だ、大丈夫」


 考えてみると、持っているのは安物のコンビニ傘。

 二人が入るには少々狭く、バランス取りが難しい。


「無理しないでもいいですから。貸してください」


 ひょいと、傘を取り上げられてしまう。

 が、やけに慣れた手付きだ。

 僕はといえば、はみ出ないように一杯一杯だったのに。


「恵ちゃん、相合い傘してあげることでもあったの?」

「友達で、妙にドジな子が居まして。傘、よくわすれるんですよ」

「なるほど。その子を傘に入れてあげることが多かった、と」


 と、納得していると、反対側の手を繋がれていた。

 見ると、何やら頬が赤くなっていて、照れているらしい。


「……」


 手を繋ぎたかったんだな、と微笑ましくなってくる。


「裕二君、何笑ってるんですか?」

「いや。いい彼女を持って幸せだなって思ってただけ」

「も、もう。嬉しいんですけど……」

「問題ある?」

「無いですよ。本当、昔からそうなんですから……」


 昔から?

 そう言われて、ふと、思い出す。


◆◆◆◆


「裕二君、送って行きますよ」


 彼女がまだ中二になったばかりの頃だったか。

 「家庭教師」を終えて、彼女の家を後にしようとした時だった。

 恵ちゃんからそんな申し出があったのだった。


「別に歩いて二十分もしないし。大丈夫だって」

「私が送りたいんです」


 どうにも、折れそうにない。

 少し、周囲の目が痛いけど、まあいいか。

 妹分からの頼みだ。


「じゃあ、送ってもらうよ」


 しかし、外に出て、雨だという事に気がついてしまう。


「あ、ごめん。傘あったら、貸してもらえない?」


 後日、返せばいいだろうと、頼んでみるも。


「いいですよ。私が傘、さしますから」


 この時の彼女は照れてたんだろうか。

 おもいだせないけど、ともあれ、厚意に甘えたのだった。


「雨の日に、こうして二人で歩くのってなんかいいですね」


 なんだか、嬉しそうな声色だった。


「僕としても、恵ちゃんみたいな可愛い子と一緒で嬉しいよ」


 今思うと、当時の僕、よく、平然とこんなセリフ吐けたな。

 相手が妹分ということで、あまり意識していなかったのかも。


「も、もう……そういうこと、さらっと言うんですから」


 多少は異性を意識する年頃なんだよなあ。

 などと、何やら彼女を暖かい目で見ていた記憶。


「本音を言っただけなんだけど」


 実際、中二になった彼女は、だいぶ女性らしく成長していた。

 

「裕二君。他の女の子にも、ポンポンそんな事言ってるんですか?」


 ジロリと見据えられてしまう。


「言わないって。大体、僕は、好きな人とか今のところ居ないし」


 もちろん、仲が良い女友達も数名くらいは居る。

 ただ、お付き合いしたいかというと、別にそこまででもない。


「そうですか。ちょっとホッとしました」

「ホっと?」

「誰にでも、そういう台詞言うチャラい男子じゃなかったことです」

「さすがに、チャラい系男子じゃないよ」


 うちにも居るけど、とても真似出来る気がしない。

 ということを言ったのだけど。


「はあ……」


 と何故かため息をつかれたのだった。


◇◇◇◇


「なんか、昔、君が中二の頃だっけ。相合い傘した記憶が蘇ったんだけど」


 記憶はきっかけがあれば容易に思い出すという。

 雨の日と、相合い傘というシチュエーションがそれを連想させたんだろうか。


「ああ、あの時ですね。裕二君は、全然意図に気づいてくれなかったです……」


 え?意図?


「なんか、自意識過剰だったらごめん。ひょっとして、あの頃、既に?」


 今思えば、あれは何らかのアピールだったんではないだろうか。


「当然ですよ。意識してない男の子に、あんなことしませんってば!」


 膨れっ面で拗ねられてしまう。


「それは、ごめん。兄のような何かとして、という枠だったのかなと……」


 しかし、僕もクラスメイトがやって来たら、そうは思わなかっただろう。


「あの頃の裕二君は、本当に鈍感系男子でしたよ」


 グサっと来ることを言うなあ。


「ちょっと弁解させてほしいんだけど。クラスメイトだったら気づいたよ」


 いや、だから、彼女からの好意に気づかなかったのは弁解出来ないけど。


「なおさら性質が悪いですよ。妹のような、とフィルターかけてたわけですから」


 さらにご機嫌斜めになってしまった。


「これからは、そんなことにはならないから」


 逆に、ひょいと傘を取り返して、反対の手で抱き寄せてみる。


「も、もう。これで機嫌治すと思ったら、大間違いですよ?」


 と言いつつ、もう機嫌が治ったのが丸わかりだ。

 雨の日というのも、たまにはいい。

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