第14話 保津峡デート

 五月三日のお昼より少し前のこと。


「いやー、しかし、レトロというか何というか」


 僕は、めぐみちゃんを待っていた。

 待ち合わせ場所は、トロッコ嵯峨さが駅。

 トロッコ列車の始発となる駅だ。


「でも、大した人だ。確かに、当日は無理だ」


 トロッコ列車入り口の改札を見る。

 すると、既に大勢の人が並んでいる。

 これは当日券を売れなくても仕方がない。


「おはようございます。裕二君♪」


 ベンチでスマホをいじっていると、聞き慣れた声。


「ああ、おはよ。恵ちゃん……て」


 現れた彼女の姿に少しびっくり。

 髪はいつもと違って、ポニーテールにまとめてある。

 それに、膝上くらいのスカート。

 ミニスカとまでは行かないけど、短めだ。

 でもって、上は薄手のパーカーにTシャツ。

 

 ちょっとイメチェンした彼女が可愛い。


「どうですか?似合って、ます?」


 上目遣いで感想を求める顔もまた可愛らしい。


「ポニーテールだとまた違って。うん。凄くいい。活発な感じ」

「えへへ。私なりに、今日は気合を入れてみました」

「気合って……」

「だって、ハイキング用のだと、可愛いの無かったんですよ」

「それで、スカートでOKかとか聞いてきたのか」


 そうまで考えてくれるのは、嬉しい。


「というわけで、行きましょう?」


 早速腕を絡めてくる恵ちゃん。

 今日は徹底攻勢だな。

 ただ、やられっ放しは男の沽券に関わる。

 

「ああ、行こうか。


 ぎゅっと抱き寄せて呼びすてにしてみる。


「あ、あの。えーと……」

「どうかした?」

「裕二君の癖に。こういう攻め方するなんて、ズルいですよ」


 頬を膨らませて抗議されるけど、勝った。


「僕だって、やる時はやるんだよ」

「ヤル時はヤルんですよね?」

「なんか、別の意味が入ってない?」

「いーえ。別の意味なんてありませんとも」


 じゃれ合いつつ、トロッコ列車に乗る。


「わー。ちょっと、タイムスリップしたみたいです」

「だね。窓も全部オープンだし。晴れてて良かった」


 これが雨だったら、目もあてられなかっただろう。

 列車が走り出して数分で市街地を出る。

 京都市はコンパクトなので、こういうのもよくあることだ。


「はあ。なんだか、癒やされるね」

「景色がですか?」

「どっちとも」

「もう。裕二君もさらっと褒め言葉言うんですから」


 照れ照れな彼女が、また可愛らしい。

 しかし、開いた窓から風も入ってくるし、過ごしやすい。


「わあっ」


 と驚いた恵ちゃん。見渡せばトンネルに入っていた。


「ちょっとアトラクションみたいだね」

「でも、実際に使われてるトンネルなんですよね」


 しばし、僕ら二人は景色に見入って、ただ、ぼーっと過ごした。

 そして、トロッコ列車に揺られる事約二十分。


「もう、ど田舎って感じだね。ほんとになんにもない」

「いいじゃないですか。自然たっぷりで」

「まあね。よし、行こうか」


 保津峡駅ほづきょうえきは無人だ。

 当然、改札もない。

 木製の看板で「保津峡」と書いてあるだけだ。


「こうやって山道-舗装されてるけど-を歩くのは久しぶりだよ」

「職業的に、機会なさそうですよね」

「そうそう。恵ちゃんは、案外ありそうだけど?」

「山歩きとか好きな友達居ますし。ここは山という程じゃないですが」


 緩やかな上り道を淡々と歩く僕たち。


「ここ、他の人、全然居ませんね」

「終点の亀岡かめおか目当ての人が多いみたい」

「景色を二人で独占出来た気がしますね」

「いいこと言うね」


 道路右側を見ると、谷の下にエメラルドグリーンの川。


「ここって川下りもあるらしいんだよね」

「駅で見ました。夏とか一度やってみたいです」

「いいね。その時はまた来ようか」


 ちょうど川沿いに船が。

 遠目に、何やら船に乗っている人が手を振っているのが見える。


「僕たちに手を振ってるのかな?」

「たぶんそうですよ。はーい!」


 手をブンブンと振り返す恵ちゃんに、続く僕。


「これぞ、風流って奴だね。癒やされるよ」

「風流という程でも無いと思いますけど」

「社会人になって、自由時間が減ったら、わかるよ」

「あんまりわかりたくないですね」


 微妙な表情をされてしまった。


「ところで、人、見てませんよね?」

「そりゃ、さっき確認した通り」


 たまにすれ違う登山客らしき人がいるくらいだ。

 なんで?と思う間もなく、やわらかい感触が。

 横を見ると、ニッコリ笑顔の恵ちゃんが肩を寄せて来た。


「恵ちゃん……」

「駄目、ですか?」

「駄目じゃない。でも、そうだね。誰も見てないんだし」


 お返しに、とぎゅっと抱き返す。

 

 人が見ていたらバカップルと思われそうな光景。

 時々、お互い視線をあわせて、くすっと笑いながら、ひたすら歩く。

 人があまりいなさそうな駅選んだんだけど、良かったかも。


「なんか、時代劇に出てきそうな茶屋がありますよ」

「ほんとだ。歩いて……一時間くらいか寄ってこうか」


 二人でお茶をする事に。


「いやー、恵ちゃんみたいな彼女とこうしてられるなんて幸せだよ」

「私も、幸せですけど。でも、むー」

「?」

「なんか、裕二君にリードされるのが気に食わないです」

「カッコつけてもいいでしょ」

「私としては、慌ててくれた方が楽しいんですけど」

「とんだ小悪魔だね」


 僕にだって年上の沽券というやつがある。


「今日くらい僕にリードされてよ。

「……も、もう。わかりましたよ!」


 なんて会話を交わしながら、抹茶を啜って、茶菓子を食べたのだった。

 

 その後も、山道にある寺院やら展望台やらを周った。

 そして、たっぷり時間を消費して、午後四時頃。麓の駅にたどり着いたのだった。

 

「とうちゃーく。お疲れ様、恵ちゃん」

「裕二君もお疲れ様」


 なんだかんだ四時間は歩いたので、結構疲れた。

 でも、隣に彼女がいるだけで、まあいいか、と思える。

 

(あとは、この後、か)


 色々な意味で緊張してしまう。

 さて、僕たちの今夜はどうなる事やら。

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