三.世界的同時覚知

 世界LoaD最北にあるアンセス大陸への進出。

 持ち主はその功績で、天位てんいの座に王手をかけた。

 当時は、オオド同様にどの国からも見放されていた存在で、さらにどの国の領土でもない完全な不在領域だった。

 あれは、持ち主と彼の関係が数十年続いた頃、世界LoaDでは化石燃料をはじめとした資源の枯渇が問題となっていた。神の警告に用いられた爆弾に類似したエネルギーは、未だに倭国を始め近隣の國連加盟国に忌避される代物として尾を引いており、天光発電など新規エネルギー産業がいくつも考案されたが、そのほとんどは利権による上層者の小遣い稼ぎ以外に生産的な実績を生み出せず、経費のかさむゴミを乱立させる悪循環を生んでいた。

 その最中、彼が持ち主に提案してきた。

 あのアンセス大陸を押さえるべきだ、と。

 持ち主にとって意外過ぎる申し出だった。なぜなら、為政に関して彼が意見を提示してくることなんて今まで一度もなかったからだ。彼が具体的な根拠を述べることは無かったが、持ち主は彼の言葉を信じ、アンセス大陸進出を計劃した。政治的な価値は何もないとされた場所だ。しかも、地理的にも倭国は最も乖離した位置関係にあり、渡航路確保から困難を極めるとされ、本来だったらこのような案が通る筈がない。彼との協力関係によって、持ち主の位や発言力が相当なものになっていたからこそ押し通せたと言える。

 直属の政党のみでの非公式による遂行。という条件付きであったが、計劃は承認された。

 アンセル大陸への渡航路は不在領海のみを利用し、中継地点もその領内にある無人島に設置した。連盟領海を避けたのは、非公式故国連会議での説明義務の他、アンセス大陸での事業が成立した場合の渡航路利用に関する課税の付加を逃れるためでもある。特に後者は、海運業に関わる者への増税に繋がるもので持ち主と対立関係にある連中につけ入る隙を与えかねないものだ。碌に公費も使えない状況で、政党内からも疑問の声が上がり始めるも、数年かけて持ち主は渡航路を開拓させた。

 上陸後、現地の調査には彼も加わった。非公式だが、正式に持ち主の公務に加わるのは初めてのことだった。勿論、汚れ仕事担当の殺し屋などとは言えず、専門家のひとりという体ではあるが。

 アンセス大陸は、オオドとは異なり深い森に覆われた起伏の激しい台地だった。彼が率いる調査隊はそこで未知の原生生物と遭遇した。後にビヒモスと名付けられたその生物は侵入者である調査隊を執拗に狙ってきた。彼の冷静な判断が無かったら甚大な被害が出ていただろう。幾度目かの調査で銃火器の携行が許可され、何とか討伐に成功した。死骸は回収され検査をした結果、その血液体液資源エネルギーとして活用できることが判明した。しかも同量の石油の数十倍の性質があり、まさにエネルギー問題を解決へと導く新たな紅い宝石だった。

 もはや、持ち主が成した偉業に口出しできる者はいなかった。

 その事実が公表される前。

 まるで示し合わせたかのように、世界各國がアンセス大陸への進出を開始した。

 共時性、シンクロニシティと呼ばれるような現象が世界規模で起きたんだ。

 後に、世界的同時覚地シンクロヴェルトと呼ばれたその現象に先んじた彼のめい。持ち主はその時になって初めて、彼が出会った頃から纏っていたその雰囲気に不気味なものを感じたようだ。

 そしてその後、彼は姿を消したんだ。

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