第4話 ヤドラスの状況

エルマイスターの冒険者ギルドは碌に冒険者に寄りつかないようになっていた。


商人の護衛でエルマイスターに来た冒険者も、往復で依頼を引き受けるようになり、冒険者ギルドに来る必要はなくなったのである。


それでも商人が元の町に戻る間は、普通は冒険者ギルドで簡単な依頼を受けるのである。しかし、ほとんどの冒険者が依頼を受けずにダンジョンへ向かった。そして手に入れた素材や魔石は全て公的ギルドに売ってしまうのだ。


冒険者ギルドの窓口には冒険者より職員の方が多い状態だった。レンドが職員の数を減らすために職員を王都に送り返した。しかし、ヤドラスが裏職員を連れてきたので、また職員の数が増えてしまった。


ヤドラスは現状を把握するために、レンドを処罰することは避けサブマスターにした。そして、職員を更に王都に送り返そうとしたが、その事で職員たちの不満が爆発した。


職員の大半が、説得されて仕方なくエルマイスターへの移動を渋々引き受けてきたのである。そしてレンドが彼らを送り返さなかった理由は、家族と一緒に移住までしてきた職員たちだからだった。それを考慮せず、ヤドラスが当然のように命令をしたから、余計に彼らの怒りをかってしまったのである。


そういったことも含めて、会議室で話し合いをしていた。


「職員にはそれぞれ事情を聞いて、全員が退職扱いすることで納得してくれました。通常の退職金を増額することでなんとかという感じです。増額に関しても、本来なら王都までの宿泊や護衛などの旅の費用分と考えれば、冒険者ギルドの損失はほとんど変わらないと思います」


ヤドラスでは職員が冷静に話し合いをしてくれないと考えて、レンドが代わりに彼らとの話し合いをしたのである。


職員たちは、すでにエルマイスターの生活に馴染み始めていた。王都より快適に過ごせると感じ始めていたのだ。町の雰囲気も獣人を公平だと考えれば、差別するような嫌な雰囲気もなく、物価も安く生活がしやすいと感じていた。

しかし、この地でより快適に過ごすには、冒険者ギルドの職員であることが辛かった。バカな幹部たちの行いで、肩身が狭いと思っていたのである。


だが町の住人はそれも気にせず、普通に接してくれる。子供も一緒に連れてきた職員は、その事に感謝して、この町が好きになり始めていたのである。


レンドが話し合いの相手になると、冷静にその辺の事を職員が話した。レンドは職員もギルドも納得できるような結論にまとめたのである。


エルマイスターでは急激な改革で人手不足が起きており、冒険者ギルドの職員だった彼らは、退職しても仕事には困らないだろう。


「ふん、実際は退職金も払わないとダメなんだぞ! 向こうが辞めたいと言い出したなら退職金を減らせなかったのか!?」


ヤドラスの問いかけにレンドが答える。


「そうなれば、彼らは王都に戻ることを選ぶでしょう。ですがそうなれば、王都に戻った彼らは不満を王都や途中の町の冒険者ギルドでも漏らすことになる可能性もあります。それでよろしいのでしょうか?」


「ち、違う、もう少し費用を抑えろと言ってるんだ。情けない交渉しかできない能無しが!」


ヤドラスとしても仕方ない結果だと分かっている。エルマイスターに来てから何もかも思い通りにいかなくて、不満をぶつけたいだけであった。


「では、能無しの私も解雇ということでよろしいですね?」


レンドは落ち着いてそう話した。


「なんだと! お前は失敗を免除する代わりにサブマスターを引き受けたのではないか。辞めればギルドによる制裁が待っているのだぞ!?」


ヤドラスはエルマイスターに到着して、すぐに報告された内容に間違いがなかったと気が付いた。そして何をするにしても、先に状況を知っているレンドを処分するよりは、サブマスターに降格させて、利用しようとしたのである。


レンドはすでに冒険者ギルドに未来はないと考え、冒険者ギルドを辞めたかった。けれども立場的には簡単に辞めることはできないし、処罰を受ける可能性もあると考えていた。

しかし、ヤドラスの申し出を受けた時に、上手くすれば問題なく辞められる可能性もあると考えた。


「それは変ですね。私がサブマスターを引き受ける時に、失敗はなかったこととして冒険者ギルドは処罰や制裁をしない契約をしたはずです。契約にはいつまでサブマスターを続ける必要があるとか、サブマスターを辞めたらダメだとはなかったはずです」


ヤドラスは目を見開いて驚く。深く考えずに脅せば言うことを聞く手下ができた程度に考えていたのである。


横で話を聞いていた裏職員は無表情で二人のやり取りを聞いているだけであった。本当は契約内容に穴があることは理解していた。しかし、ヤドラスに意見すれば文句を言われるだけだと思っていた。レンドがそれを理解して利用するかどうかも分からなかった。


「お、お前、まさか私を騙したのか!?」


「騙す? 騙したりしませんよ。サブマスターとして、あなたの命令通り仕事をしたつもりです。現状では最善の結果だと私は思っていましたが、ギルドマスターのヤドラス様には能無しだと言われたので、私が辞めるほうが良いと思っただけです」


レンドは笑顔で答えた。ヤドラスは顔を真っ赤にして怒っているようだ。


「ふぅ~、そうか、冒険者ギルドに敵対するというのだな?」


ヤドラスは息を吐き、怒鳴ることなく、それでも声を落として脅すように言った。


「いえ、私は冒険者ギルドに敵対はしていません。私なりに命令に精一杯取り組んだのです。ヤドラス様が能無しと言われるなら、私は辞めるしか選択肢がないでしょう?」


レンドは相変わらず笑顔で答える。それを聞いて裏職員の1人が会話に入ってくる。


「ヤドラス様、私は今回のレンド殿の仕事は、現状では最高の結果だと思います。このエルマイスターではいつもの強引な交渉はできません。

それともヤドラス様は話合いだけで、もっと良い結果が得られるというのですか?

下手な事をすれば、エルマイスターの兵士が介入してくる可能性があるのですよ」


ヤドラスとしてはそこまで考えていなかった。ただ、不満を吐き出しただけであった。そして、話の流れで、いつものようにレンドを脅して、場合によっては彼を裏で処分してやろうと思ったのである。


さらに、念押しのように裏ギルド職員が言う。


「このエルマイスターではいつもの手段は使えません。彼を無能だと思われるなら、彼を解雇して冒険者ギルドから追い出すしかできません」


ヤドラスは裏職員が真剣な表情で自分を見て話すのをみて、逆に追い詰められているのは自分だと気付いた。下手なことすれば、エルマイスター家に介入される。冷静に話すレンドを見ると、彼に何かすればそれがすぐに発覚するように手を打っている可能性も考えられる。


「能無しは言い過ぎだった。何もかも上手く進まないから不満をぶつけてしまったようだ。現状ではレンドの仕事は現状では悪くない結果だと私も分かっている」


ヤドラスは冷静になり話した。レンドは表情には出さなかったが、内心では残念だと思っていた。彼は彼なりに冒険者ギルドへの思いもあり、契約内容を使って理由もなく辞めるのはしたくなかったのである。


「それでは、職員の事はそれで決定ということでよろしいでしょうか?」


「ああ、それで構わん……」


レンドは無表情になりヤドラスに確認すると、ヤドラスが了承した。


「それでは、事務作業は私がします。レンド殿は職員たちに説明をお願いします」


「わかった」


裏職員がこの件を終わらせるように話をした。


ヤドラスはこれでレンドに対して強く出れないと気が付く。最悪はエルマイスター家とレンドが通じていた場合だ。しかし、そうだったとしても、何もできていない状況では大した問題じゃないと諦めるしかなかった。


「それで、辺境伯は帰ってきたのだろう。なんで面談ができないのだ?」


ヤドラスとしてはこの国の冒険者ギルドより、エルマイスターと接近したほうが良いと考えていた。しかし、面談すらできないようでは、それもできないと考えていた。


「その事ですが、辺境伯様は来客の関係で暫くは会えない可能性があります」


レンドは普通に答えた。


「ら、来客だと! 冒険者ギルドのギルドマスターと会えないほどの来客だと言うのか!?」


ヤドラスはまた興奮してレンドを追求する。レンドはすでにヤドラスのこういった話し方に慣れてきていた。特に慌てることなく報告する。


「正確には確認をとれていませんが、王家の第2王子夫妻が訪問されているようです」


レンドの答えにヤドラスは固まった。あまりにも予想外の人物だったからだ。

裏職員も驚きの表情でレンドを見つめる。裏職員は来客があったことすら調べられなかったのである。正攻法では口の堅いエルマイスター家の家臣は何も話してくれないの困っていたのである。


レンドの情報は孤児院の子供からの者であった。子供たちが楽しそうに王子やお姫様と会ったと話していて、メリンダと言う名も出たので分かったのである。


ヤドラスはレンドと少し距離を置こうかと考え始めていたが、それもできないと考え直すのであった。

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