第46話 クレイジーオーガとその眷属《なかま》
オルアットの説明を聞いて領主たちは複雑な表情になる。
「それは商業ギルド内の問題ですね。ですが各支部の家族は我々に預けてください。資産は凍結して一覧を提出してください。よろしいですね?」
カークはオルアットにそう命じる。
「りょ、了解しました。彼らの資産はエルマイスター辺境伯様の損失補填に充当します」
オルアットはギルドマスター達の資産を商業ギルドの損失補填にしようとしていたが、諦めて差し出すことにした。
「待つのじゃ、それでは何も解決していないぞ!」
しかし、ハロルドはそんなことでは全く納得していなかった。
「ハロルド殿、もちろんです! まだ始まりに過ぎませんよ」
カークが笑顔でハロルドに話した。
オルアットは当事者であるギルドマスターの身柄を引き渡し、斡旋契約でハロルドが支払った金額を補填すれば大丈夫だと思っていた。それで納得してもらえなくても、差し出すギルドマスター達の資産なら、ハロルドが支払った金額を数倍にしても損はないと考えていた。
「すぐに家族の捕縛と商業ギルドの調査を始める。証言に間違いがないのか、他に証拠がないのか調べさせてもらうぞ!」
エドワルドはそう話した。
「お、お待ちください! まずは商業ギルドで調査して報告させてください!」
オルアットは焦ってエドワルドに申し出た。
今さらギルドマスター達を庇うつもりはなかった。しかし、下手に調査されて他に不正や領主に知られてはまずい事実が見つかっては、ギルドマスターの資産だけでは賄えないと思ったのである。そして、それは間違いなくあると考えていた。
「それは無理じゃな。ギルドマスターが何人も不正をしておったのじゃ。商業ギルドを信じろと言って誰が信じられる。商業ギルドという組織自体が関与していた疑いが完全に無くなった訳ではないのじゃ!」
ゼノキア侯爵は当然だという感じで話した。
オルアットは何とか、ギルドマスター達が共謀してハロルドとの依頼で不正を働いた事だけで終わらせたかった。
「オルアット殿、エルマイスターの商業ギルドでは、それ以外の不正も見つかっているようですよ。証拠やギルド職員からの証言も全て揃っているとのことです。
そしてグラスニカでも同じような不正がないか調査をして、ある程度証拠は集まっています。グラスニカの調査は商業ギルドと職員の調査をするだけの状態ですね」
カークの話にオルアットは、予想以上に領主たちに先手を打たれていることに気付いた。これでは商業ギルド全体への影響が出る可能性を感じていた。しかし、現状でこれを覆す材料がない。
「しかし、驚きですなぁ。エルマイスターとグラスニカでは冒険者ギルドだけでなく、商業ギルドのギルドマスターが捕縛され、教会もクレイマン司教やデジテル司教も捕縛されている。
国とは別組織だと好き勝手やってきた連中が
カービン伯爵はグラスニカに来てから知ったことや、起きたことを思い返しながら呟いた。
それを聞いたオルアットは、王都での教会と冒険者ギルドとの話し合いを思い出していた。
あの時点で教会も冒険者ギルドも追い詰められていたのだ。そして、大司教や冒険者ギルドのグランドマスターは手を打ってはいたが、さらに状況を悪化させているだけだと感じていた。
「おい、そんなことより、我が領から連れ去られた子供たちがどうなったか聞くのじゃ!」
ハロルドの発言にオルアットも領主たちも驚いた。すでに隣国に奴隷として売られたのなら諦めるしかない思っていたのである。せめて金で補填させるしかないと領主たちも考えていたのだ。
しかし、ハロルドの頭の中には金ではなく、子供達を助けることしかなかった。
「子供たちをどこに売ったのじゃ! すぐに買い戻して連れてこい!」
ハロルドはそう言いながらブルハに近づく。その全身に纏う殺気に誰も止めることができなかった。しかし、すでにブルハはすべてを諦めきった表情で恐れることはなかった。
自分は間違いなく極刑になる。家族もどうなるか分からないが、資産まで差し押さえられていると聞いて、ブルハはすでに諦めきっていた。そしてどうせ死ぬのだから一思いに死なせて欲しいとさえ思っていた。
しかし、ハロルドはそれを見て余計に怒りを膨らませていた。
バコッ、ボゴッ、バキィ!
ハロルドは呆然とするブルハを遠慮なく殴りつける。
「閣下、お待ちください!」
サバルが間に入って止める。
それを見て領主たちはよく止めてくれたとホッとした。
商業ギルドのギルドマスターであるブルハは体を鍛えている訳ではない。ハロルドの3発の制裁で口から血を流して死んだのでは思えるほどだった。
サバルは収納から水筒を出すと、中のポーションをブルハに頭からかける。そして強引に口の中にポーションを入れて飲ませた。
誰もがブルハは助からないと思っていたが、すぐにブルハは普通に呼吸を始め、目を開いた。本人は何が起きたのか分からないが戸惑った表情をしていた。
サバルの機転に領主たちは拍手を送りたい気分になっていた。ブルハには証言をしてもらう必要もあり、ハロルドが殴り殺しては私刑になってしまうからだ。
「いやぁ、尋問用に水筒でポーションをもらっておいて良かったです。こいつは兵士ではありません。簡単に死んでしまいます。もう少し手加減してください!」
「なんじゃ、気が利くではないか。尋問用のポーションとは最高じゃ!」
「片目は必ず残してくださいよ。それと殺さないよう注意してください。おい、先に多めにポーションを飲め!」
サバルはそう言うとブルハの口にポーションを無理やり入れて飲ませた。そして飲んだのを確認するとすぐにブルハから離れた。
「どうぞ!」
バコッ、バキィ!
サバルが離れるとハロルドが2発殴る。そしてすぐに殴られた場所にポーションを掛けて、また無理やりポーションを飲ませる。
「どうぞ!」
バコッ、バキィ!
またサバルが殴られた場所にポーションを掛けて、また無理やりポーションを飲ませる。
「これなら殺さずに永遠に殴り続けられるのぉ」
「はい、死なせないで尋問する方法を色々試したら、これが一番確実のようです!」
「フハハハハッ、中々やるではないかぁ! これなら永遠に尋問が続けられそうじゃわい!」
オルアットと領主たちは同じような事を考えていた。
『クレイジーオーガとその
ハロルドだけでなく、その配下たちも
「ま、待って、売り先は彼が知っているはずです!」
ブルハはヤドラスのギルドマスターを指差して言った。すべてを諦めていたはずのブルハだが、こんな命が無くなる寸前の痛みを何度も経験するのは耐えられなかったのだ。
指名されたヤドラスのギルドマスターは真っ青な表情で、信じられないものを見るようにブルハを睨みつける。
「ほう、そう言えばこいつも仲間じゃったのぉ」
ハロルドはそう言うとヤドラスのギルドマスターに向かって笑みを漏らす。修羅場と言えるような状態でハロルドの微笑みを見て、ヤドラスのギルドマスターは余計に不気味に感じていた。
「う、売り先はヤドラスに資料があります。喜んで提出します!」
バコッ、バキィ!
ハロルドは容赦なくヤドラスのギルドマスターを殴りつける。そしてサバルは慣れた手つきで彼を回復させる。
「どうぞ!」
バコッ、バキィ!
「資料を出すのは違うじゃろ! 買い戻して子供を返すのが当然じゃ!」
ハロルドはサバルが治療しているのを横目で見ながらそう叫んだ。
「無理です! 隣国となると私には!」
「どうぞ!」
バコッ、バキィ!
そしてサバルが回復すると彼は必死に訴える。
「私には無理でもグランドマスターなら何とかなるかもしれません!」
オルアットは自分では理解できない状況が続き、内心で自業自得だと他人事のように感じ始めていた。そこにヤドラスのギルドマスターの話である。
予想外の話の流れで呆気に取られていると、ハロルドと目が合った。
「ほほう、商業ギルドは国とは関係ない組織だったのぉ。隣国を言い訳にするのは納得できなかったところじゃ!」
ハロルドが近づいて来るのがオルアットは分かった。しかし、恐怖で反応すらできなかった。
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