第36話 聖騎士の狂気
デジテル司教は壁に囲まれた神像区画に入ると呆然として呟いた。
「な、なんと素晴らしい場所なんでしょう!」
この地区に来てから、整備された町並みに驚いていた彼だったが、壁に囲まれた神像区画に入ると感動していた。
入ってすぐに水の吹き出る小さな池のようなものが見え、その奥には派手さはないが重厚な雰囲気の真っ白い壁の建物が見える。上部には何箇所も綺麗な色が複雑に織りなす窓があり、その建物を囲むように木々が植えられている。
一緒に来ていた司祭や助祭たちも同じように感動して、助祭の1人が呟いた。
「せ、聖地のようだ……」
その言葉を聞いて、一緒に来ていた者達も思わず頷いた。
(これこそ教会が管理すべき場所だ!)
デジテル司教は心の中でそう叫ぶと、領主と話し合いが必要だと考え始める。ポーションを何年でも無償で提供してでも、この場所を教会が管理すべきだと思った。
「これは教会で管理する土地のようだな! ゴミどもを先に片付ける必要がありそうだな」
聖騎士のイスタもこの地に感動していた。しかし、そうなると余計に獣人の子供たちが遊びまわる姿が許せなかった。
デジテル司教達はイスタの呟きを聞くまで、獣人とか関係なく子供たちが遊ぶ姿も含めて、この地に相応しい風景だと感じていた。
「イスタ殿、神像を持ち出す計画を見直して、この場所を教会が管理する方が良いでしょう。そのためには領主との交渉が必要です。下手に騒動を起こして領主と揉めては交渉が難しくなります。一度教会に戻って、クレイマン司教と計画を練り直しましょう!」
デジテル司教の提案に司祭や助祭たちも頷いていた。神像を運び出すために一緒に来ていた教会の使用人たちも同じように頷いている。
司教達は女神像がこの地にあることが自然に思えていたのだ。無理に持ち出してはダメだと感じていた。
「司教、あなたはこの地をあんなゴミどもに穢されて黙っているのか! 女神様をこのような状況にしておくことこそ、罪だとは思わないのか!?」
イスタの目には狂気が明確に宿っていた。この地を守ることこそ、聖騎士の使命だと、自分の使命だと感じていたのだ。
「で、ですが、下手に強行策に出れば、領主側と教会で揉めるのは間違いありません! まずはクレイマン司教と話をしましょう!」
イスタの雰囲気に危険を感じたデジテル司教は語気を強めて話した。これほどの場所を確保するなら、もっと計画的に行動する必要があると思ったのだ。
「この地に獣人に好きにさせるような領主だぞ。神託を軽視しているのは間違いない!」
イスタの発言に一緒に来た聖騎士10名ほども頷いている。司教もイスタの話に納得はできるが、安易に決められることではないと思った。
「だから、だからこそ、クレイマン司教に判断を仰ぐ必要があります!」
イスタは自分では抑えられそうにないと思い、クレイマン司教の名前を出して抑えようとする。
「ハハハハ、少しだけ計画を変えるだけですよ。女神像を確保して領主と交渉する計画でしたが、この地を確保してから交渉することにしましょう。
幸いなことにこの地は壁に囲まれて、入り口も限られています。ゴミどもを排除して出入り口を封鎖するだけで簡単に確保できます。
女神像を確保すれば領主と揉めることは、司教も分かっていたはずだ。それならこの地を確保しても同じことだ!」
イスタの話にデジテル司教もなるほどと思った。しかし、イスタのゴミ発言を聞いていると、必要以上に武力を行使しそうで恐ろしかった。それに聖騎士団とはいえ、たった十数名でこの場所を確保できるとは思えなかったのだ。
「し、しかし……」
デジテル司教は不安そうに、一緒に来た聖騎士団の他の人員を見回した。
「ふん、神の御心に仕える我ら聖騎士団にとっては、この程度のことは何度も経験している。司教は黙って見ていればよい!」
噂では聖騎士団のことは聞いていた。しかし、こんな強行策を目の前でされることに司教は戸惑っていた。
司教が周りの様子を窺うと、いつの間にか自分達から距離を離して、遠巻きで子供たちが見ていた。
教会関係者だというだけで、獣人に警戒されるのは良くあることだ。しかし、数が非常に多い。ほとんどが子供の獣人で、僅かに人族の子供もいる。子供の面倒を見るためか、少しだけ大人の女性が居るだけだった。
(これなら何とかなるのか……?)
デジテル司教は戸惑って決断を迷っていた。
「おい、この場所から教会関係者以外を排除する! 抵抗する者は武力で排除しろ!」
「「「おうっ!」」」
しかし、イスタは即座に行動を始めてしまった。彼はデジテル司教の指示など聞く気はなかったのである。
異様な聖騎士の雰囲気に気付いた子供の大半は、すぐに逃げ出すように奥に走り出した。奥には孤児院に繋がる出入り口をアタルが作ってあるのだ。
「これよりこの地は教会が管理する。即座にこの地から出ていけ! 抵抗する者は神の鉄槌が下る。覚悟しろ!」
イスタがそう叫ぶと他の聖騎士たちも一斉に広がり始めた。それを見た子供たちはさらに慌てたように走って逃げ出した。しかし、幼い子供たちは慌てて何人も転んでいた。
バキィ!
聖騎士たちの1人が転んで倒れているのが獣人の子供だと気付くと、何の躊躇もなく蹴り上げたのだ。子供は5歳にもならない獣人の子供で、蹴られて数メルも吹き飛んだ。そして、動く気配が全くなかった。
バキィ! バキィ!
同じように他の聖騎士たちも次々と獣人の子供たちを蹴り飛ばす。子供たちはそれを見て余計にパニックになり次々と転んでいた。
「いい加減にしなさい!」
そこに建物付近にいた人族の女性が走ってきて聖騎士たちに叫んだ!
「この地は教会の管理地になった! お前は下等な獣人に味方するのかぁ。だったらお前も排除するぞ!」
女性の足元には獣人の子供が2人いた。白い狼獣人と猫獣人の子供が足に抱き着くように一緒にいる。女性は身なりの整った姿をしており、デジテル司教はまずいと思った。
しかし、イスタにはちょうど良い生贄程度にしか見えなかった。
下等な獣人に味方する人族はこれまでも何人も見てきた。そして、人族だから何もされないと教会に反発する人族には、目の前で下等な獣人に味方すればどうなるか見せてやるのだ。
(神託を無視すればどうなるか、身をもって知るがいい!)
イスタは躊躇することなく剣を抜くと、女性に近づいて行く。女性は足元の子供獣人を背中に隠すようにして、堂々とイスタたちを睨みつけるのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
ケモミミ天国化構想があっさりと無かったことになり、呆然としてギルド職員や役人から報告を聞き終えた。
う~ん、でも、結果的に良かったかもしれないなぁ。
ケモナーとしての自分の願望は少し異常だと自覚はしている。妹のこともあり、自分は子供好きであることは、この世界に転生してから覚醒して自覚していた。
まあ、子供好きといってもロリコンではない!
それこそ自分の子供が早く欲しいくらいである。そこに初めて見る可愛らしい獣人の子供を見て、ケモナー属性まで覚醒してしまったのだ。
ケモミミ天国化構想が実現すれば、自制できる自信がない!
そうなればラナとクレアにまた叱られそうである。そしてミュウやキティのような自称嫁候補幼女が増えても、困るのは自分である。
報告が終わり、今はギルド職員や役人の人も会議室に居ない。用意してもらったお茶をのんびりと飲みながら、そんなことを考えていた。
「た、大変です! 教会の一行が隣に!」
ギルド職員が会議室に入るなり焦ったように言った。
んっ、教会!?
確かに話を聞く限り、教会に良い印象はない。しかし、それほど慌てる理由が思い当たらない。
ギルド職員は私が不思議そうにしているので、そのまま窓の方に歩いて行くと、窓を開けて下を覗いた。
私もすぐに窓へ行って隣の神像区画を見下ろす。
「これよりこの地は教会が管理する。即座にこの地から出ていけ! 抵抗する者は神の鉄槌が下る。覚悟しろ!」
ちょうど下を見た時にキラキラ光る鎧を付けた男がそう叫んだ。すると他の鎧を付けた男たちが一斉に広がり始める。
えっ、なに? 神の鉄槌!?
何を馬鹿なことを言っているのだと思った。そしてそれを見ていた子供たちが慌てたように走って逃げ出した。しかし、幼い子供たちは慌てて何人も転んでいる。
バキィ!
$&%#!?
バキィ! バキィ!
目の前で信じられない光景が広がっていた。
鎧を付けた男たちが子供たちを何の躊躇もなく蹴り上げたのだ。小さな子供たちが蹴られて数メルも吹き飛んだいた。そして、動く気配が全くなかった。
な、なんで、なんでそんなことをーーー!
一瞬、眩暈がして目の前が暗くなりかけた。慌てて窓枠につかまる。全身の血が沸騰したように駆け巡り、怒りのあまり眩暈がしたのだ。
「いい加減にしなさい!」
ラナァァァァァ!
ラナが大きな声で男たちに叫んだのに気付く。足元にはミュウとキティも居る!
「この地は教会の管理地になった! お前は下等な獣人に味方するのかぁ。だったらお前も排除するぞ!」
鎧の男が躊躇することなく剣を抜くと、ラナに近づいて行く。ラナは足元のミュウ達を背中に隠すようにして、堂々と鎧の男を睨みつけている。
私は思わず窓から身を乗り出して飛び降りようとした。しかし、ギルド職員の男が私に抱き着いて止められてしまう。
「ここは2階です!」
うん、言わないで欲しかった……。
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