第18話 悪いのは誰?

ハロルド達はすぐに準備すると、獣人が集まっているという南地区に向かう。それぞれが護衛兵士を2名ずつとサバルを含めた10名での移動となった。


エドワルドは不安そうな顔をしていたが、獣人を刺激しないためにも人数をこれ以上増やすのは得策ではないと言われ諦めたようだ。


南地区から獣人が多い地区に向かうと、表通りからは想像できないほど雑然として汚れ始める。それでも全員が気にすることなく奥へ向かう。途中で獣人を見つけると相手は警戒した表情を見せた。しかしハロルドは気にすることなく、声を掛ける。


「儂はアタルの知り合いでのぉ。奴がどこにいるか知らないか?」


獣人はアタルの知り合いだと話すと警戒を解いて、アタルのいる場所を教えてくれた。


ハロルドはやはりアタルが係わっていると確信する。


「その人物はアタルと言うのだな……?」


エドワルドが呟くようにハロルドに尋ねる。


「そうじゃ……」


ハロルドは簡単に答えるのだった。


それから何度も獣人に尋ねながら進む。最初は警戒する獣人たちも、アタルの名前を出すだけで、警戒を解いて親切に教えてくれる。暴動を起こすような雰囲気ではない。


「アタルの知り合いじゃ!」


獣人が多くなり、ハロルドはそう話しながら奥に進んで行く。


獣人は極端に人族に警戒している雰囲気がなく、それでも全員がアタルの知り合いと言うだけでホッとしていた。そして、明らかに獣人が多い広場に出ようとしたところで、大きな声が聞こえてきた。


「なんで人族のお前達がここにいるんだ!」


ハロルド達は進むのを止めて警戒する。しかし、声の主はまだ少し先のようで、自分達に向かって言ったのではないと気付くのであった。



   ◇   ◇   ◇   ◇



「なんで人族のお前達がここにいるんだ!」


治療する子供も少なくなり、ゆっくりとお茶を飲んでいるとそんな声が聞こえてきた。慌てて声の方に向かうと、ドッズの声が聞こえてくる。


「お前達、なにをしているんだ!」


「だって……」


「だってじゃない! 今回我々を助けてくれているアタルさんも人族なんだぞ!」


「あっ!」


「それにその子達は孤児院の子で、自分達の少ない食べ物を定期的に、孤児の子供たちに分けているんだぞ。恥ずかしいことをするんじゃない!」


うん、子供の方が差別とか関係ないようだ。


「ドッズさん、迷惑かけてすみません。この子の具合が悪くて、ここに来れば治してくれると聞いて……。私はもうすぐ奴隷として売られます。そのお金で払うようにします。どうかお助け下さい!」


私はその人族の少女に近づいていく。彼女は小さな人族の女の子を抱えていた。


「ア、 アタル様……」


ドッズが私に気付いて名前を呼ぶ。私は少女に声を掛ける。


「その子の具合が悪いのかい? 見せてごらん」


少女は少し怯えた表情をしていたが、笑顔で話しかけると申し訳なさそうに3歳ぐらいの少女を私に手渡した。


子供は具合が悪いのか息が荒い。ポーションを取り出して飲ませる。問題なくポーションを飲むとすぐに息が落ち着いてきた。


「あ、ありがとうございます! 必ずお支払いします。私じゃ金貨数枚ぐらいにしかなりませんが、必ずお支払いします!」


少女もガリガリに痩せているのに真剣な表情でお礼を言ってきた。


「足りないなぁ」


俺がそう話すと少女は悲しそうな顔をして泣きそうになる。


「君には私の所で半年は働いてもらうよ」


「えっ、半年!?」


少女は驚いた表情で声を出した。


「ああ、薬草の採取の仕事をしてもらう。給金も出すし食事も出す。だから一所懸命働いてくれよ?」


「は、はい、アタル様の奴隷として働きます!」


少女は自分が奴隷になると信じているようだ。そんな現実が悲しい……。


「いや、奴隷じゃないよ。従業員だよ」


私は当然のように話した。少女は驚いて呆然としたが、すぐに涙が零れ落ちた。


「ラナ、この子を寝かせてくれるかい?」


「はい!」


ポーションを飲ませた子をラナに預けると、私は大きな声で話し始める。


「みんな聞いて欲しい。あそこにある3柱の像は獣人の神、生命の女神、転生の女神だ。……神に人も獣人も関係ない。そのことを子供はよく分かっているようだ。

だから、みんなも子供に恥ずかしくないように、私達大人が正しいことをしないとダメだ!」


全員が静かに話を聞いてくれた。少女を怒鳴りつけていた獣人の男は、地面を叩いて泣きながら自分の行いを恥じているようだ。


「ドッズさん、孤児院にも同じように回ってきてくれないか?」


「はい!」


「俺は西地区の孤児院に行ってくる!」

「俺は東だ!」

「それなら俺は北だ!」


他の顔役の獣人も言い出した。そして必要な荷物を持つとドッズが大きな声で言った。


「みんな行くぞぉ!」


「「「おおう!」」」


みんな良い奴らばかりだなぁ。


私はその様子を嬉しそうに見つめる。


「それでアタル、今は何人ぐらい子供が居るのじゃ?」


「え~と、400人は超えてないと思うけど」


客車型テク魔車は1台で100人近く収容できるはずである。それが4台だからそれぐらいだと考えて答えた。


「旦那様、ベッドが足りないので、2人か小さい子だと3人でベッドを使っています。すでに1000人は超えたと思います」


ラナが丁寧に説明してくれた。


「えっ、そんなに!?」


「はい、それより、後ろを……」


んっ、後ろ?


言われて振り向くとそこにはハロルド様が不気味な笑顔で立っていた。


うん、絶対にまずい状況だ!


「アタル、どこへ行くのじゃ?」


「トイレに……」


「ふむ、トイレの前に状況を説明して欲しいのぉ。今朝、自重するように儂は頼んだはずじゃが、1000人もエルマイスターに連れ帰るのか?」


「え~とぉ……」


「ちょっと、なんだい爺さん。アタル様に何かしようとしているのかい!? それなら私が相手になるよ!」


アーニャさん、それは火に油を注いでますぅ。


「儂が悪いのかのぉ~。アタルはどう思う?」


「ごめんなさい!」


私は即座に頭を下げる。どう考えても1000人越えはまずいよぉ~。



   ◇   ◇   ◇   ◇



なんと目の前にはハロルド様だけではなく、この地の領主のグラスニカ侯爵と隣の領主のエイブル伯爵もいる。


「エルマイスター辺境伯様とも知らずに失礼なことを言って、申し訳ございません」


アーニャさんがハロルド様に謝罪をしている。


「気にする必要はないのじゃ。悪いのは別におるからのぉ」


ハロルド様は私の方を追及するように見ながら話した。それを見たアーニャさんがまた話す。


「アタル様に子供のことを最初に頼んだのは私です。責められるなら私です!」


アーニャさんは覚悟をした目でハロルド様を見つめて話した。


「アタル、ということじゃが、お主はどう考えるのじゃ?」


ハロルド様はじわじわと私を責めているぅ~。


私も覚悟を決めてハロルド様に話そうとしたら、先にグラスニカ侯爵が話し始めた。


「やめてくれ。悪いのは私だ! 獣人が差別されているのを知っておきながら放置したのは私なのだ! あんな少女まで正しいことをしようとしているのに、私は、私は……」


え~と、もしかして私は助かった!?


「いえ、領主様は悪くありません。他の町から来る人達が私達獣人を嫌っているから、この地で商売するには、私達が目立たないようにするのは仕方ありません。

他の町の人が私達を差別しても、兵士や役人の人達は私達を獣人だと差別することはありませんでした。だから、……これは仕方がないことなんです」


アーニャさんは悲しそうな表情でグラスニカ侯爵を庇っている。私はてっきり領主も差別に加担していたと思っていた。


なんで、そんなことに!


「しかし、私が……」


グラスニカ侯爵は悔しそうに拳を握り締め、涙を零した。


「すべては教会の神託が悪いのですよ!」


エイブル伯爵が腹立たしそうに話した。


「神託!?」


神託と聞いて私は思わず声に出してしまった。


「なんじゃ、アタルは教会の神託を知らんのか? 教会が崇める光の女神様は人族の姿をしている。だから人族がこの世界で一番崇高な存在だと神託があったと、昔教会の本山で神託があったと教会が言っておるのじゃ!」


なんですとぉ!


転子『そんなのは嘘じゃ~!』

シンジ(獣人の神)『そんな神託など私が許すかぁ!』

みこと♪『神託を受けられる人などいませんでしたわ』


シンジ(獣人の神)が参戦したぁ~!


「それは嘘の神託ですよ」


私は声に出して話してしまった。


全員から視線を受けて、余計なことを話してしまったと思うのだった。

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