第16話 獣人の涙
ゼヘトをアジスに冒険者ギルドの地下にある牢屋へ投獄を頼み、レンドはカヌムと先程の会議室に戻る。
「状況は非常に悪いですね」
会議室に入るとカヌムはレンドに言った。
「あぁ、最悪だ……。グランドマスターはエルマイスター領の事を軽く考えていたようだ」
レンドはゼヘトをサブマスターに指名したグランドマスターを暗に非難した。
「まあ、そうとも言えますが、彼をギルドマスターにしていたら、すでに最悪の事態になっていたでしょうね」
確かにそうだと思うが……。
「それよりランベルトをどう思う?」
「彼は冒険者ギルドの不正を嫌っているようですね。それに冒険者ギルドという組織より、冒険者を大切にするタイプなのでしょう」
レンドはランベルトを信用はできないと考えていた。しかし、彼が優秀な人材であることは間違いないと思った。
「もしかして彼をサブマスターにするのですか。それなら私は賛成ですよ」
裏ギルド職員のカヌムも優秀な事は間違いないとレンドは思った。可能なら彼にサブマスター頼みたいところだ。しかし、彼には別の任務がある。
「問題はギルドより冒険者やエルマイスター領を優先しそうなことだな」
「今はそれで良いと思いますよ。彼の方針で冒険者ギルドを運営すれば、エルマイスター家との関係も改善すると思います。それ以外のことは私とギルドマスターですれば良いのではありませんか?」
(それしかないかぁ)
「わかった。その方向で進めよう。それよりそちらの任務は大丈夫なのか?」
「手下の者がいなくなりましたから、大丈夫じゃありませんねぇ。すぐにでも王都に応援を要請しないとダメですが、あの魔道具の正確な情報がないと動きようがありません」
(やはり兵士に捕まった冒険者の2人は彼の手下だったんだな……)
「魔道具については簡単ではないだろうなぁ……」
(騎士団長がエルマイスター家の極秘事項と言っていた。交渉で手に入れられるとは思えない……)
ノックしてランベルトが会議室に入って来た。
「契約書を作成しました。内容を確認してください」
レンドは契約書の中身を確認する。
契約書の中は実に公平で、冒険者ギルドと冒険者のどちらにも有利になるような内容はなかった。
確認が終わりギルドマスターとしてレンドがサインする。
今回はギルドマスターの特別決裁による支払いになるため、ランベルトと支払いに受付に向かい、支払い手続きをして契約書をルーナに渡す。
「今回はギルド対応で迷惑をかけて申し訳ない。王都から移動したばかりで私も余裕がなかった。みんなも疲れているだろう。ゆっくり休んでくれ」
レンドは冒険者たちに声をかけると、ランベルトに話しかける。
「少し様子を見て大丈夫そうなら会議室に来てくれ。少し話がある」
「わかりました」
レンドはランベルトの返事を聞くと会議室に戻るのであった。
◇ ◇ ◇ ◇
ルーナたち女性冒険者は冒険者ギルドを出ると、今後の予定を話しながら通りを歩く。
「今日は多めに報酬も入った事だし宿に泊まろう!」
ルーナがそう話すと仲間たちは嬉しそうに騒ぎ始める。
「で、でも、泊まれるところはあるかな……?」
妹のイーナが不安そうに呟くと、他の仲間も心配そうな顔になる。
「だ、大丈夫さ。この町は獣人も多いみたいだし、私達が泊まれるところも多いはずさ!」
王都では獣人を泊めない宿も多い。
それに泊まれても別料金を取られたり、宿と思えないような部屋に案内されたりすることも多かった。
王都からの護衛中は宿を用意してもらえず、町や村でも自分達だけテントを張って寝泊まりをしていた。街中でも身を守る為に交代で見張りを立てたぐらいである。
王都から離れると、少しずつ獣人に対する人々の態度も良くなっていた。
さすがに通り沿いの宿に泊まる勇気はルーナにもなかった。
少し通りを歩くと右手の路地の奥に宿の看板があるのが見えた。
「あそこの宿で交渉してみよう!」
ルーナがそう話して先頭で歩いて行く。
宿が近づくとルーナは失敗したと思った。
宿は古い造りだがきれいに掃除もされていて、王都で利用していた宿よりすいぶん良い感じがした。
(私達じゃ泊めてくれないかな……)
「み、みんなここで待っててくれ、私が交渉してくる」
すでに他のみんなも無理だと思っているのか、諦めの顔が浮かんでいた。
「お姉ちゃん、私も一緒に行くわ」
本当は妹のイーナを連れて行きたくはなかった。
妹は母親の血を受け継いだウサギ獣人であり、獣人には酷い事を言う人も多い。しかし、獣人が一緒だと言わないと後で揉めることになる。
ルーナは気合を入れて扉を開けて宿の中に入る。
「いらっしゃ~い」
中に入ると羊獣人の年配のおばさんが受付していた。近くには子供の羊獣人が2人いる。
ルーナはもしかしたら泊まれるのではないかと期待する。獣人を雇っている宿なら獣人を泊めてくれる可能性が高い。
「あ、あの、宿に泊まりたいのですが宜しいでしょうか?」
「あぁ、部屋は空いているから大丈夫だよ?」
妹のイーナが一緒なのに泊めてくれると言う。
(この宿なら獣人は大丈夫みたいね)
「他にも10人居るのですが……」
ルーナがそう話すと、羊獣人のおばさんは警戒するように目を細める。
「部屋は空いてるけど、……あんた達は見ない顔だね。どこから来たんだい?」
こういう時に嘘をつくと後で酷い目にあうことをルーナは経験で知っていた。
「王都から護衛の依頼できました。外には仲間の冒険者が待ってます」
「ふ~ん、外には乱暴な男共でも居るのかい?」
王都からと言うとおばさんは更に警戒した表情になる。
「い、いえ、女性だけの冒険者の集まりです。半分以上は獣人ですが乱暴な事はしません。少しなら多めに支払っても良いので泊めてもらえませんか!?」
ルーナは必死に頼み込む。
珍しくお金に余裕があるし、これから新しい町で再出発しようとこの町まで来たのだ。せめて今日ぐらいは、ゆっくりとみんなを休ませてあげたかったのだ。
「へぇ~、女性だけの冒険者かい、珍しいねぇ~。料金は先払いで貰うよ。実は客が来なくて
おばさんは女性だけと聞いて警戒を解いてくれたようだ。それに獣人については特に気にしている雰囲気はなかった。
「料金は幾らになりますか?」
ルーナはまだ確認をしなければ安心できなかった。
王都でも獣人が居ると歓迎してくれる宿もある。そういう宿は非常識な金額を請求してくるからだ。
「素泊まりならひとり銀貨4枚だよ。食事は朝晩が付いて銀貨1枚追加だよ。困っている相手から多めにとることはしないさ。いつもと同じ金額だよ!」
ルーナは驚いた。おばさんが答えた金額は、王都の相場の半額ぐらいの金額であり、そして普通に扱ってもらえるのが嬉しかった。
「ど、どうしたんだい!?」
おばさんは驚いて大きな声を出す。
ルーナはおばさんの視線の先に妹のイーナがいて泣いているのに気が付いた。
「ご、ごめんなさい。獣人で差別されなかったのが嬉しくて……。グスッ」
「バカなことを言うんじゃないよ! 獣人の私が同じ獣人を差別なんかするもんかい!」
ルーナは慌てて王都での事情を話すと、おばさんは逆に怒り出す。
「安心おし! この町で獣人を差別したら私が許さないよ! そんな奴いたら私に言いな!」
おばさんがそう言うと更にイーナは泣き出してしまう。
「この町に来て良かったぁ~。え~ん!」
「嬉しい事を言ってくれるじゃないか。それより外でお仲間が待っているんじゃないのかい?」
おばさんに言われて、ルーナは慌てて仲間を呼びに行く。
泊まれると聞いて大喜びする仲間たち。しかし、宿の中に入るとイーナが泣いているのを見て警戒したが、ルーナが事情を説明すると、獣人の仲間の半分が泣き始めてしまった。
そしてその様子を見たおばさんが、更に興奮して話す。
「この町で困ったことがあったら、私になんでも相談しな! 私はアンタたちの味方だよ!」
「「「おがあざ~ん!」」」
結局全員が泣き始めて宿のおかみさんに抱き着いて泣き始めてしまうのだった。
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