第35話 呆れた二人

二人にプロポーズした晩飯の時、ハロルド様とレベッカ夫人に明日の朝話があると伝える。


ハロルド様はニヤニヤしているので、クレアさんから何かしら報告を聞いたのかもしれない。


翌朝、応接室に予定通りクレアさんとラナさんも一緒に、ハロルド様とレベッカ夫人に会うのだった。


既に朝食の時からレベッカ夫人もニヤついていたので、すでにある程度はハロルド様から伝わっているのだろう。


「実はクレアさんとラナさんと結婚しようと考えています。クレアさんは騎士団の隊長でもあり、ラナさんはエルマイスター家から派遣して頂いた事もあり、二人のご了承を頂きたいと思います」


「しかしのぉ、クレアは女性騎士の要と言えるからのぉ~」


「ラナも、エルマイスター家としては、将来メイド頭になって貰える逸材だからねぇ」


二人は悪戯っぽい笑みで私達を見て話をする。


このぉ~、態と意地悪な言い方をしてるなぁ。


もう一度頼もうとしたら、クレアさんが会話に入って来た。


「閣下、お願いです。結婚をしても騎士団の仕事は精一杯するので、お願いしましゅ~」


最後は泣き崩れるように床に手をついて懇願する。


あ~あ、泣かせちゃってぇ。


これにはハロルド様が焦りまくっている。

冗談だと俺は分かると思っていたのだろうが、クレアさんが盛大に反応してしまったのである。


俺は責めるようにハロルド様を見ると、バツの悪そうな顔をしている。ハロルド様は仕方がないのでクレアさんに話をしようとすると、その前にクレアさんが剣を取り出した。


「最初に薦めてくれた閣下が、まさか反対されると思いませんでした。しかし、私はアタル様に嫁げないなら、死を持ってエルマイスター家に忠義を示しましょう!」


首に剣を当てながら。クレアさんが口上を述べる。ハロルド様はさすがに焦って止めに入る。


「ま、待つのじゃ。結婚は許すから。もちろん許すのじゃ!」


私は何時でもクレアさんの剣を収納できる準備をしていたが、ハロルド様の話でホッとする。


レベッカ夫人は他人事のように傍観していた。というより、その状況を笑いながら楽しんでいるようだった。


しかし。何故かクレアさんは剣をしまう気配がない。それどころか、少し首を切りつけたのか血が流れだした。


クレアさんは何故か軽く微笑むと、レベッカ夫人を見てお願いをする。


「私は一人ではアタル様の期待に応えられません。私の死を持って、どうかラナさんをアタル様のお嫁さんにしてください。ラナさん、後はお願いします」


そう言って剣を持つ手に力を入れる。


「待ちなさい!!!」


その瞬間に私が剣を収納する。クレアさんは力が入っていた為に、剣がなくなり右手で自分を殴るような形になる。


レベッカ夫人だけでなく、ハロルド様も真っ青になっている。


私が対処しなければ、クレアさんは間違いなく死んでいただろう。


クレアさんは相当に力を込めていたのか、自分の拳で気を失っているようだ。


私はクレアさんをお姫様抱っこして、ソファに寝かしポーションで首の傷を治す。


「それで?」


私の冷たい視線付き問いかけに、ハロルド様とレベッカ夫人が必死に言い訳をする。


「すまなかったぁーーー! アタルをからかうつもりだったのじゃが、まさかクレアがここまで……」


「私もクレアがまさかこんな事になるとは……」


私は自分だけでなくラナさんの意見を聞く。


「私はすぐにからかっているのは分かりましたが、ラナさんはどうですか?」


「わ、私も最初は血の気が引きましたが、お二人の表情を見て何となく……。でも、クレアさんがそこまで私の事を、グスッ」


ラナさんは真っ青な表情で答えてくれたが、手がわずかに震えていて、最後には涙を流す。


「「………」」


二人はいつの間にかソファから床に移動して正座している。


「この二人の馬鹿はアタル様なら、冗談を言っても許されると思ったのでしょう」


セバスさんが二人を睨みつけ、話を続ける。


「しかし、この二人の馬鹿は、クレアさまやラナの気持ちには一切配慮していなかったようです」


その通りだろうな。


私でもあそこまでクレアさんが思いつめるとは考えが至らなかった。


だからこそ、俺は彼女を幸せにしないとダメだし、クレアさんだけでなくラナさんも守らないといけないと決心するのだった。


「そこで、お二人には償いとして、エルマイスター家から盛大な結婚祝いを贈らせて貰います。

特に傷まで負ったクレアさまには、ハロルド様が父親代わりとなり、父親としてクレアさんの後ろ盾となる事を正式に契約させたいと思います」


セバスさんの提案は二人にとっては良い話かもしれない。


ハロルド様とレベッカ夫人の二人も納得している様子だ。


しかし、軽い冗談としても、結果的にとんでもない事態になっていた可能性が高い。


それにしては金で解決と言うか、軽すぎる気がする。


「それらはクレアさんとラナに対する賠償で、二人の馬鹿にはきついお仕置きが必要だと考えます」


二人がギョッとしてセバスさんを見るが、セバスさんの冷たい視線を受けて黙り込む。


「まずは、暫く食事はパンと野菜だけにします。本当なら絶食をさせたいところですが、それでは領政が滞ってしまいますので、ご容赦願いたい」


二人は溜息を付いたが、諦めたような表情をする。


でも軽すぎない?


「それと、アタル様からの魔道具は3か月間使用禁止にします。指輪にトイレにウォーターサーバー、ベッドのマットレスもそうでしたねぇ。それ以外にもあれば全て使えない事とします」


「「それは……」」


これが一番効いた感じがする。


「新たな魔道具だけでなく、日常品も全てですよ」


二人は絶望的な表情をする。


「アタル様、どうか領政で必要な魔道具などは、今まで通りでお願いしたいと思います。この馬鹿二人のせいで、領民が不利益を受けるのだけは避けたいと思います。何卒お願いします」


二人も床に頭を擦り付けている。


確かに大事になってしまったが、元々は軽い冗談のつもりだったのだろう。


「私だけの判断では答えられません。二人の意見を聞いてから返事をすることになります」


「もちろんで御座います。私はラナの上司に当たりますが、彼女の父親は友人でもありました。

父親が亡くなり、彼女は自分の幸せを捨て、弟にすべてを懸けていたのです。その彼女が弟を失い、それでも弟の子供を立派に育てる為に、またすべてを投げ出そうとしていたのを、私には痛いほどわかりました。

そんな娘とも言えるラナが、ようやく幸せになろうとしているのに、それを冗談にして茶化すなど、私は絶対に許せません!」


おお、もしかしてセバスさんは本気で怒ってる!?


ラナさんも涙を流しながら、セバスさんを父親のように見つめている。


「セバス様、幸いなことにメアベルのお腹の子は男の子だそうです。昨日、アタル様が鑑定してくださいました」


「本当ですか!? おお、これもアタル様の加護のお陰です」


セバスさんが、何と泣き出してしまう。


私の加護とか無いからね!


「はいっ、メアベルもお世話になる事になり、こんなに幸せになって良いのか不安になります」


セバスさんはゆっくりとラナさんに近づくと、優しき抱きしめ声を掛ける。


「幸せになって良いのですよ。不安に思う必要はありません。あなたにはアタル様が付いていますから」


「はい、グスッ、はいお父さまぁ~」


うんうん、絶対に守ると約束しましたからぁ~!


それで、なんで二人が号泣しているんだぁ!?


「なんと浅はかのことを、儂はしてしまったのじゃ~!」


「ごめんなさい。私の悪ふざけでラナを不安にさせしまったわぁ!」


二人は嘆きまくり、最後は二人で抱き合って泣きながら、クレアさんとラナさんに何度も謝罪を口にする。


私は元凶の二人を呆れるように見つめるしか出来なかったなかった。

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