第10話 教会と交渉

教会の馬車は内門を通り、町の奥にある広場に入り、騎士団の詰所などと一緒になっている役場の入口に到着した。


助祭が馬車を降りて役場の入口から中に入って行く。


すぐに助祭は戻って来てワルジオに報告する。


「ほ、本日は領主のハロルド様も同席されるそうです」


そう助祭から聞くとワルジオは顔を顰めた。


ワルジオはハロルドの事を苦手に思っていた。

理性や常識ではなく、感情を優先するようなタイプとは交渉がしにくいし、レベッカを舐め回すように見るのが好きだが、さすがにハロルドが居てはそれも出来ない。


「ポーションは話し合いが終わるまで馬車に置いておけ。ハロルド様があまり無茶な事を言い出したら納品数は減らす。孤児院に薬草を教会に納めるように協力をお願いする。もし、それを拒絶しても納品数を減らす」


元々冒険者ギルドや商業ギルドに割当てを減らすと話して、エルマイスター家に優先的に納品するのである。教会の意向が通らないなら、相手が領主であろうと妥協するつもりはワルジオには無かった。


最悪多少揉めても、どちらかのギルドに納めれば大きく損失が出る訳でもないし、エルマイスター家に教会とどちらの立場が上か、理解させるのに丁度良いとワルジオは考えたのだ。


上手くいけば次回に難癖をつけてやれば、あのレベッカ夫人を思いのままに出来ると、邪な想像するワルジオだった。



   ◇   ◇   ◇   ◇



ワルジオが助祭と一緒に応接室に入ると、中にはハロルドとレベッカだけではなく、セバスや行政のトップであるメイベル・アルベイルとその息子、騎士団長のアランまで揃っていたことに驚いた。


ワルジオは領で何か起きた可能性があり、ポーションの需要が高くなって、これほどの面子が集まっていると思い、更に恩を着せるか、価格を引き上げるか考えるのであった。


対するハロルド側の皆は、いつも高慢な態度をするワルジオがどのような表情をするのか見ようと集まっていたのである。


「ワルジオ司祭、今日はポーションを持ってきていないのかしら?」


レベッカはどうせ買わないので丁度良いと思い。ワルジオは話がし易くなったと思った。


「はい、実は冒険者ギルドからの薬草の納品が、予定より大幅に少なかったので、数を揃えるのに非常に苦労していまして、我々も非常に憂慮すべき状況になっていまして……」


ワルジオは困っていますと表情を作る。

ハロルド達はその演技に笑いそうになるのを必死に我慢する。必死に我慢したことで、ハロルド達が苦しそうな表情になり、それを見てワルジオは相手が戸惑って困っていると勝手に思い込む。


「今回は納品する量を減らして頂けないかと、……すべて納品すると商業ギルドや冒険者ギルドにほとんど納品できなくなります。そうなると町中にポーションが出回らくなり、それはそれで不味い事に………」


ワルジオは説明しながらも、ハロルド達の表情を観察する。

ハロルド達は購入しないと決めているのに、また恩を着せようとあれこれ言うワルジオが、滑稽に見えて余計に笑うのを我慢するのが苦しくなる。


そんな表情を見て、さらに相手が困っていると勘違いしたワルジオは、少しでも高く購入させようと話を続ける。


「教会も数が用意できなかったので、錬金修道士の給金すら難しい状況です。

商業ギルドや冒険者ギルドからは、普段より高く買い取るので少しでも融通して欲しいと申し出もありまして、教会としても、教会でポーションを作る能力を維持しながら、町中への供給も何とかしたいと考えております」


ハロルド達は、値上げ交渉までしようとするワルジオに笑うのを堪えなくなり、顔を伏せて考え込むふりをしながら笑うのであった。


ワルジオは俯く彼らを見て、完全に自分が優位に立っていると勘違いする。


「そこでハロルド様にも相談させて頂きたいのは、教会としては可能なら今回の納品を無くしたいのですが、さすがにそれは難しいと理解しています。そこで、これまでと同じ価格で50本を納品いたします。それ以上は価格を相談させて頂きたいと思っています」


ワルジオは頭を下げて頼みながら、予定より無謀な要求を言い出す。助祭はワルジオ司祭がここまで強気に出て大丈夫なのか不安になる。


「そ、そうか、儂としても町中にポーションが出回らないのは困るな」


ハロルドは笑うのを堪えながらそう話す。

ワルジオとしては予想外の返答であった。ポーションを減らして良いと言われては困るのである。


それだと教会は儲からないし、領も困るだろうと言いたかった。やはりハロルドは感情で判断して、冷静な判断が出来ていないと思ってしまう。


ワルジオはレベッカやメイベルの方を見て、ハロルドにそれでは領政として困ると言ってくれと願う。


その願いが叶ったのか、レベッカが話を始める。


「お義父様、今回は教会の希望を叶えましょう」


ワルジオは、さすがは公爵家出身のレベッカ夫人だとホッとする。教会の要求する値上げに賛同してくれたと思ったのだ。


レベッカ夫人はワルジオの方を見ると、ニッコリと笑いかける。これから「あなたを追い詰めますわよ」という挑戦的な笑いだったが、ワルジオは交渉次第では、本当にレベッカ夫人を物に出来ると思い込むのだった。


そんなワルジオの思惑を吹っ飛ばすようにハロルドが言い放つ。


「おう、そうじゃな! 今回はポーションの納品は必要ないじゃろう」


ワルジオは信じられない者を見るようにハロルドを見つめてしまった。

直ぐにハロルドが何も考えていない愚か者だと思い出し、溜息を付いてしまう。レベッカ夫人ならこれが非常識な判断だと理解できているはずだと、レベッカ夫人の方を見ると、レベッカ夫人が話をしようとしたので安心する。


「その通りですわ、お義父様。町中にポーションが出回らないのは困りますし、冒険者にポーションが回らないと色々不味い事になりますわ」


ワルジオは、予想外のレベッカ夫人の話に、最悪のほうに進んでいると少し焦ったが、すぐにこれが相手の交渉術だと考える。


それならもう少し追い詰めてやろうとワルジオは考えて話をする。


「しかし、状況が良くならないかもしれません。今回納品をお断りになれば、次回以降の納品もどれほど出来るか……」


ワルジオは相手が、ポーションを要らないという可能性など、絶対に無いと思っていたのだが、それが余計に最悪の結果に話が進んでしまう。


「う~ん、それなら今度必要になったら連絡するわ。その時に納品できる数を確認するようにすれば問題ないわよね?」


レベッカがハロルドと同じような判断をするのがワルジオには信じられなかった。助祭もこの流れでは、我々が追い詰められることになりそうだと顔を青くする。


それでも、何とか教会の威厳を保ったまま、交渉を進めようとワルジオが話をする。


「も、もし、そうなりますと、ご連絡が来ても納品できない可能性も、」


「かまわん! お主も普段から同じような事を言っておったから、エルマイスター家として、教会に迷惑を掛けないように努力してきたのじゃ。本当にそれが間に合って良かったのぅ」


それがどういうことなのかワルジオには理解できなかった。ポーションが必要ないなどと言い出すとは想定に無かったし、何が間に合ったのか理解できない。


ハロルドは普段からのワルジオの言動まで持ち出して、教会の為と言われてしまうと、それ以上ワルジオとしては交渉のしようがない。


呆然とするワルジオと助祭を、応接室から騎士団長のアランが追い出すと。ハロルド達はそれまで我慢してきた笑いを爆発させる。


ワルジオ達は教会の馬車に移動しながらも、ハロルド達が爆笑するのが聞こえていた。


この時にやっとハロルド達が最初からポーションの購入を断るつもりだったことが、ワルジオにも理解できた。


自分の間の抜けた交渉に恥ずかしくなるワルジオだった。


しかし、こうなってしまうと馬車に戻り教会に戻るしかなかったのだった。



   ◇   ◇   ◇   ◇



ワルジオ達を応接室から追い出し、普段から教会の横暴な態度に、腹を立てていたハロルド達全員のテンションが上がり、まだ時間が早いというのに酒を出して乾杯するのであった。

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