第2章 京極正人 6

 京極が部屋を出て行った後、飯塚は自分の持ってきた荷物を収納棚へしまい始め・・あっという間に終わってしまった。


「こんなに早く片づけが終わってしまうなんて・・。いかに自分が何も持っていないかがすぐに分かるわね。」


飯塚は自嘲気味に笑った。

持ってきた私物はほんのわずかな各シーズンごとの服と下着数点、それに化粧水、乳液、日焼け止めクリームにファンデーションと口紅のみだったのだ。

我ながら持ち物のあまりの少なさに呆れてしまった。刑務所の中で生活をしていた時にはそれほど持ち物に執着することは無かった。生活する為の最低限な物さえ手元にあればいいと思っていた。しかし・・出所してきた今はそうは言ってられない。

これから生活の為に就職活動だってしなければならないのだ。スーツだって必要になるし、靴にカバン。そして身だしなみを整えるための化粧品だって必要だ。しかし、それらの物を飯塚は一切持っていなかった。


「今、手持ちのお金は25万円か・・・。」


刑に服していた時に作業報奨金として貰っていたお金・・最終的には今手元に残ったのは25万円だけであった。これが今の飯塚の全財産である。なので本当のところ・・住む場所を提供してくれた京極には感謝していた。なのに飯塚は静香に対する負い目と、高いプライドが邪魔をして素直に慣れずにいたのだ。


でも、住むところは提供して貰っても・・食費は自分で何とかしないといけないだろう。部屋の掛け時計を見ると、早いもので時刻は11時半。そろそろ昼になろうとしている。そこで飯塚は買い物にでも行こうかと,出所時に着ていた薄い上着を羽織り、ドアノブに手を掛けた。


ガチャリ・・・


飯塚は部屋を出ると、廊下を渡ってリビングへと足を向けた。



****


「え・・?そこで何をしているんですか・・・?」


飯塚はリビングへ入るなり、自分は居候の身分であるにも関わらずソファに座り、PCを使用している京極を見て眉をひそめた。


「ああ・・・仕事をしていたんですよ。」


京極はPCのキーボードを叩く手を休め、飯塚を見ると笑顔で答えた。


「仕事って・・確かもう1部屋は京極さんのお部屋でしたよね?そこで仕事をしないのですか?」


「いえ・・もともと自室は寝る為の場所で・・・本来仕事をする場所はリビングと決めていたんですよ。あ・・それともお邪魔でしたか?それなら今から部屋で仕事をしますけど・・・?」


PCの電源を落とそうとする京極に飯塚は慌てて言った。


「別にやめる必要はありませんよ。ここでお仕事続けていればいいじゃないですか。私は買い物に行くので。」


そう言って飯塚は玄関へ向かおうとした時、京極が背後から声を掛けてきた。


「飯塚さん。何を買いに行くのですか?」


尋ねられた飯塚は面白くない。


(全く・・うるさい人ね。いくらオーナーだからってプライバシーの侵害じゃないかしら?)


しかし、飯塚はしょせん居候の身分。京極にあまり逆らうわけにはいかない。


「お昼を買いに行くんです。お腹が空いたので・・・では行ってきます。」


そして再び背中を向けて玄関へ向かおうとした時、再び京極が声を掛けてきた。


「待って下さい、飯塚さん。」


(もう・・何なのよっ?!)


「はい?何でしょう?」


最早飯塚は機嫌の悪さを隠そうともせず、振り返った。すると京極が立ちあがり、飯塚に向かって近づいて来る。


(な、何なのよ・・っ?!)


飯塚は思わず京極に押され、後ずさりしながら言った。


「な・・何なんですか?一体!」


「いえ・・・実は僕もお腹が空いて・・それで、飯塚さんは料理は出来ますか?」


「料理位・・・出来ますよ。それくらい。」


飯塚は事件を起こすまでは玉の輿を狙っていた。その為、男性の心をつかむには手料理だろうと考え、料理の腕を磨いてきたのだ。


「本当ですか?それじゃ・・申し訳ないですが・・・僕の分と飯塚さんの分の食事を作ってもらえないでしょうか?」


「え・・?」


飯塚は思いがけない京極に耳を疑った―。

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