第1章 安西航 12
琢磨が手配したホテルは海辺に建つホテルで全室オーシャンビューになっていた。
「へぇ~・・・すごい部屋だな・・・。さすが琢磨が取る部屋だけある。お?しかもあそこに見えるのは『美ら海水族館』じゃないか。懐かしいな~朱莉とも行ったっけな・・・。」
航はホテルの部屋の大きな窓から海を見つめると言った。
「何っ?!航・・・お前、あの水族館で朱莉さんとデートしたのかっ?!」
キャリーケースから荷物を出していた琢磨が驚いたように顔を上げて航を見た。
「ああ、行ったぞ?楽しかったなぁ~・・・くっそ・・あの頃に戻れたら・・俺は迷わず朱莉にプロポーズしたのにな。」
航は悔しそうに唇を噛んだ。
「おい、航・・その前に肝心な事を忘れてるぞ?先に告白からするべきだろう?」
琢磨がからかうように言うと、航は言った。
「うるせぇな・・・そんな告白なんて、まどろっこしい・・。大体グズグズしていたら他の男に朱莉を取られてしまうじゃないか。」
「なるほど・・確かにそうだな。俺もそうすることにしよう。」
琢磨も妙に納得したように首を縦にするが・・・2人は一番肝心な事に気づいていない。全ては手遅れだと言う事も・・・・そして万一にでも、あの頃に戻ることは決して起こりえないと言う事も―。
「ありがとう、航。お前が迎えに来てくれて助かったよ。お礼にここのホテルで一緒にコーヒーでも飲みにいかないか?」
全ての荷物を片付け終わると琢磨が言った。
「お?いいな~、それ。是非奢ってくれよ。」
航は琢磨の歩を振り向くと笑みを浮かべた。
****
琢磨が宿泊しているホテルの1Fのカフェレストランで2人は大きな窓際のテーブル席に座り、アイスコーヒーを飲んでいた。
「それにしても沖縄に来るのも久しぶりだな・・・。朱莉さんが沖縄に住んでいた時以来だ・・。」
琢磨は窓の外から見えるヤシの木を見つめながらポツリと言った。
「・・そうか。まぁ・・ある意味琢磨には感謝もしてるし・・恨みもあるかな?」
航はストローでアイスコーヒーを飲みながら言う。
「おい・・何だよ。感謝って言葉は分かるけど・・何故恨みもあるんだ?」
琢磨は不服そうに航を見た。
「そんなの決まってるだろう?お前が朱莉を沖縄に連れて来なければ俺は朱莉と出会えなかったし・・あんな辛い別れを経験することにもなったんだからな。」
「うるさい・・それを言うなら・・・翔が契約結婚の相手を朱莉さんに選んだから・・いや、でも一番悪いのは俺か・・・。書類を受け取って・・人選の段階で朱莉さんを選んだのは他でもないこの俺だからな。」
落ち込んだ様子の琢磨を見て航は慌てた。
「おいおい・・今の言葉、まさか真に受けてるのか?冗談に決まっているだろう?ほんの冗談だって。」
すると琢磨もニヤリと笑うと言った。
「なんだ?そういうお前も今の本気で取ったのか?こっちだってほんの冗談だよ。」
「ハハハハ・・・そうか・・・冗談か・・。」
「ああ・・冗談だよ・・・。」
そして2人は乾いた笑いをすると、互いに深いため息をつくのだった。2人の失恋の傷はまだ当分癒えそうには無かった―。
****
ホテルの入り口前で航は琢磨と話をしていた。
「それじゃ、夜7時にまたこのホテルへ来るからな。」
「ああ、いいか、琢磨。今夜は酒を飲むんだから・・車で来るなよ?」
琢磨は航に念を押した。
「ああ、分かってるって。それじゃまた後でな。」
「ああ。後でな。」
そして2人は別れを告げ、航は駐車場へと向かった―。
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