第3話 第一次防衛線
1991年8月19日0時30分 南樺太第一次防衛線
砲撃が止んだ。それと同時に、砲弾が飛んでくる音とは違う音が響いた。履帯が土を蹴り、砲搭が辺りを見渡すように旋回し、エンジンが唸りを上げる音だ。
「戦車、兵員輸送車多数! 本部に報告 我、後退す。」
前線を偵察していた偵察班の酒井准尉は、班員に後退命令を出し、陸上保安官の中井戸ともう1名も共に、所定の地点に下がった。
一方その頃、第5機甲旅団第5機甲歩兵連隊は、国境線より後退した場所で野戦陣地を構築し、敷香駐屯地から来援した第5戦車連隊と合流しようとしていた。
第5戦車連隊には1990年(皇紀2650年)に採用された、50式戦車が優先的に配備されており、連隊で126両の50式戦車1型が配備され、敷香駐屯地に連隊本部を置き、中隊単位で南樺太北部の各駐屯地に分散配置されている。また、同旅団の第25戦車連隊には、1974年(皇紀2634年)採用の34式戦車の改修型、34式戦車6型が豊原駐屯地等の南樺太南部の各駐屯地に同数が配備されている。
「50式か、早かったな!」
第一次防衛線を構築した第5機甲歩兵連隊の連隊長である緒方大佐が、連隊本部塹壕から、エンジン音を絞って接近して来る50式戦車の存在に気付いた。50式戦車は2個小隊8両おり、第5戦車連隊の先遣隊であった。
「事前連絡のとおりです。日没と共に移動を開始し、我等の後退に合わせて、この地点に集結するべく動いていた隊です。」
「日頃の訓練の成果だな。戦車壕の場所を教えてやれ! 相手はT-80とBMP-2が確認されてる事もだ!」
第2科長の大尉が緒方大佐の指示を受けて、先遣隊の戦車へ向けて駆け込んで行く。
こうして、歩兵連隊本部と、戦車先遣隊との間で、情報交換が行われた。
第5戦車連隊は先遣隊の到着の後、次々に第一次防衛線に到達し、樺太を東西に伸びる防衛線を形成した。
第5機甲歩兵連隊の塹壕陣地の後方に第5戦車連隊の主隊が控え、機動防御の構えをとった。
第5戦車連隊の到着からまもなく、第5自走砲兵大隊と第5自走高射砲兵大隊から各二個中隊と各一個小隊が到着し、28門の35式自走155㎜榴弾砲2型と、4両の35式130㎜自走多連装噴進弾発射機、28両の47式自走高射機関砲2型と、4両の41式短距離地対空飛翔弾発射機が前線に揃った。
35式自走155㎜榴弾砲は1975年(皇紀2635年)に採用された自走榴弾砲で、1型は30口径155㎜榴弾砲を搭載していたが、2型は長砲身化され、40口径155㎜榴弾砲を搭載している。
35式130㎜多連装
47式自走高射機関砲は、1987年(皇紀2647年)に採用された自走高射機関砲で、35㎜高射機関砲を砲搭左右に1門ずつ計2門を装備し、2型では最新の51式携帯地対空
41式短距離地対空飛翔弾発射機は、33式大型トラックの荷台に近距離地対空ミサイル発射機を搭載した車輌だ。
「空軍の近接航空支援はどうなっている?」
緒方大佐は、第3科長の中佐に問いかけた。
「気屯飛行場の戦闘機は総て制空任務に就いています。豊原飛行場から、爆装の刃龍と飛鷹が0130時頃に敵野砲陣地に対して空爆を開始するとの事。」
「敵の野砲を叩いてくれるのはありがたいが、戦車と歩兵の相手は我々がしなければならんか。」
緒方大佐は、連隊本部塹壕の机の上に置かれた樺太島の地図と、敵味方の戦力を表した駒をしばし睨み付けた。
ちなみに、この時の日本が保有する戦闘機はというと。
戦闘爆撃機の「FB-1
刃龍の後継機である「FA-4 剣龍」は、1990年採用。F-16に似ているが少し大型の機体で、単発エンジン、エアインテーク前面下部に垂直カナードを2枚持ち、機体と主翼の付け根の上面に、コンフォーマル・フューエル・タンクを装着している。
第4世代戦闘機の「F-2
海軍の艦上戦闘機の「F-3N
1991年時点で、日本帝国はこれ等の国産戦闘機を、日本各地の飛行場、航空母艦に配備していた。更に日本空軍は、アグレッサー部隊用に米国のF-4、F-15、F-16、F/A-18等を保有し、日本海軍は強襲揚陸艦用に、英国の「ホーカー・シドレー ハリアー」の日本向け機体、「AV-8J ハリアー」を保有していた。
緒方大佐が戦力配置図を睨めつけて間もない頃、第5旅団長からの暗号電文が届いた。
「連隊長、旅団長より電文です。」
緒方は第2科長から電文の書かれた紙を受け取り、内容を見た緒方大佐は驚愕したが、それを表情には出さなかった。
「敵に航空支援がまだない、沿海州の極東ソ連軍にも今だに動きが無いのもこのせいか…」
連隊長の小言を聞いた第2科長と、その近くに居た連隊本部塹壕の面々は、緒方大佐の方を向く。
視線を感じた緒方連隊長は、暗号電文が機密指定では無いことを確認すると、連隊本部塹壕に居る全ての将兵に聞こえるように告げた。
「ただいま、第5旅団長より知らされた。軍部府情報本部と国家情報局からの情報だ。ソ連書記長ミハイル・ゴルバチョフが消息を絶った。ソ連でクーデターが起きた可能性大だ! 敵はクーデター派の勢力の可能性大! 我が方は、本土からの増援を待つが、可能ならば反転攻勢に転じ、この侵略の首謀者を逮捕又は殺害する。」
緒方連隊長の指示を聞いた連隊本部の全員は、今まで抱えていた違和感の一つが取り除かれた様な感覚がした。
皆、前線にいる者は、このソ連の侵攻に違和感を感じていた。
それは、大国のする戦争にしては、あまりにも戦力が限定的すぎたからだ。陸海空軍の連携が執れていない。あくまで北樺太の陸軍部隊、二個師団のみが戦闘を行っている。国境紛争でよくある小競り合いに比べれば、最初から投入される戦力が過剰である等々…
この侵攻は、最初から不自然が、違和感が溢れていたからだ。
だが、クーデターというなら合点がいく。書記長の蒸発と、戦争を、開戦を理由に、ソ連で軍政を敷くつもりなのだろうか。
なんにせよ、日本はソ連のクーデターに巻き込まれたのだ。
「まったくもって迷惑極まりない!」
連隊本部内の誰がが、こう呟いた。連隊本部塹壕にいた他の者も、内心この言葉に同意した。
緒方もこれには同意であった、そして彼は、通信機のある方へと歩き、受話器を取ると、第5機甲歩兵連隊各員に命令と訓示を行い始めた。
「第5機甲歩兵連隊の将兵諸君! 我等は予定どおり、第5戦車連隊、第5自走砲兵大隊内の2個中隊と1個小隊、第5自走高射砲兵大隊内の2個中隊と1個小隊で、機甲戦闘団を編成する。第5戦車連隊連隊長を戦闘団長とする部隊だ! 後で工兵部隊、後方支援部隊と合流する事になる、その前にまず、我等は此処で南進するソ連軍を撃ち破るぞ!」
緒方連隊長の指示と鼓舞を込めた訓示を受け、連隊各員は奮闘を誓った。第5機甲歩兵連隊は機甲戦闘団に組み込まれる、戦闘団は戦闘団長名前から、橘機甲戦闘団と名付けられた。
同日0130時過ぎ 南樺太第一次防衛線
第5戦車連隊連隊長の橘大佐は、42式指揮通信車のハッチから顔を出し、爆音が響く北の空を見た。
「空軍の連中、派手にやってくれたな!」
夜間にも関わらず、暗視装置が無くとも見れる程に、北の方の空は明るく照らされ、炎と煙に包まれていた。誘爆の音も聞こえる、それも数ヶ所でだ。
0130時を経過して予定通りに、空軍による空爆が開始された。北樺太のソ連軍砲兵陣地をしらみ潰しに吹き飛ばしている。分散配置された砲兵陣地は、砲撃の度に陣地転換をしていたが、偵察機に捕捉され、精確に空爆されている。
地対空ミサイルや機関砲で反撃をしていたが、レーダーを起動してしばらくすると、対レーダーミサイルにより破壊される事から、ソ連軍は目視照準で機関砲を使用、対空ミサイルも撃ちっ放し方式のもののみを使用して発射するが、電波妨害により精密に誘爆されず、明後日の方へと飛んでいく始末だった。中東戦争で威力を証明したソ連式の野戦防空システムは、満足に機能しているとは言えない状態であった。
爆弾が投下されると、地上に置かれていた牽引式の榴弾砲がバラバラになって空高く吹き飛び、弾薬集積所や弾薬運搬車に命中すれば、盛大な轟音と爆炎を上げ、地べたを這いまわり、逃げ惑っていたソ連軍砲兵達は鮮血にまみれた肉片に変わり果てた。
国境線の北側の空の下が凄惨な戦場となっている中、南側の地上でも、第一次防衛線で激しい対戦車戦が展開されていた。
戦車壕に潜んだ50式戦車が、40口径120㎜滑腔砲でT-80に命中弾を与える、一発目は爆発反応装甲に阻まれるが、自動装填装置で即座に給弾された二発目によって、初弾が命中した箇所とほぼ同じ箇所に命中し、それはT-80の砲搭の装甲を貫き、砲搭内で炸裂し、車長と砲手を引き裂いて、爆風で身体の一部を吹き飛ばし、砲搭内に肉片と血液がへばり付いた。
また戦車の後方を追従するBMP-2は、35式自走155㎜榴弾砲の阻止砲撃により、戦車隊と切り離され、155㎜榴弾砲で車体ごと兵員も粉々にされ、BMP-2から下車して散開する機械化歩兵達も、榴弾砲の餌食となって四散していった。
第5機甲歩兵連隊の第1大隊の将兵が塹壕陣地から見たのは、その様な光景であった。
「敷香へ、こちら古屯1 戦車と砲撃による効果絶大! 塹壕陣地に到達する敵兵力は未だ無し。」
先ほどまで、臨時の偵察班として活動していた酒井准尉は、原隊に戻り、第1大隊第3中隊の、第3小隊の小隊軍曹として、この場にいた。
本来、第5機甲歩兵連隊は機械化歩兵であるから、1989年に採用された49式装甲戦闘車に乗車して、主力戦車と共に機動戦を展開する歩兵部隊であったが、防御戦闘においては、装甲戦闘車を一旦後方に下げて、塹壕陣地を構築し、通常の歩兵と変わらずに足で戦っていた。
塹壕陣地からは機関銃が敵方を睨み、敵が接近してくれば、49式小銃の5.56㎜弾で応戦する。
前線の塹壕から少し下がった所にある迫撃砲陣地からは、照明弾が定期的に打ち上げられ、戦場を明るく照らし、迫撃砲からは榴弾もソ連軍にみまわれ、酒井ら歩兵が潜む塹壕からも視認出来た。
酒井准尉は、ペリスコープで戦果を確認すると、つぶさに小隊長や中隊、大隊本部、連隊本部、戦闘団本部が聞いている無線で報告し、前線の状況を伝えた。
「まったく、戦場は地獄だな。」
「勝ってるのかどうかは判りませんが、今度はこちらが一方的に攻撃している感じですね。」
「弾がこっちに飛んでくるより余程いい、おかげで我が小隊の損害はゼロだ。」
酒井准尉は、無線機を背負っている一等兵と会話をしながらも、周囲をつぶさに観察し、戦闘の行方を見守った。
同日0600時頃 南樺太第一次防衛線
日が昇り、晴れ渡った空は、所々で黒煙に被われ、樺太を東西に横切る第一次防衛線の周辺は、赤黒い炎が上がり、火薬と、ガソリン、鉄と肉が焼ける臭いが、平野や丘、森林の大地に充満していた。
日の出の直前、ソ連軍機械化歩兵部隊の一部が、塹壕陣地にまで到達したが、小銃と機関銃の餌食となり、防衛線を突破するには至らなかった。
最終的に日本軍は機動防御の為に、後方に控えさせていた第1戦車大隊も前線投入し、ソ連軍侵攻部隊を撃破。
侵攻に失敗したソ連軍地上部隊は、残存兵力を引き連れて北樺太へと撤退するか、落伍した者達は捕虜となっていた。
橘機甲戦闘団は敵の撤退を確認すると、深追いはせずに第一次防衛線に留まり、周辺警戒をしたまま自隊の損害確認を実施した。
結果としては、戦死者なし、負傷者は20名弱、戦車等の車輌も、多きな損傷は無く、履帯の脱落や射撃管制装置の故障程度で済んでいた。
制空権と組織的連携の無い軍隊は、たとえ大国のそれでも脆いものであったのだ。
「とりあえず、今は勝ったな!」
橘戦闘団長は、結果的だが戦死者がいないことにひとまず安堵した。
こんなソ連のクーデター派の阿保が起こした戦争で死ぬなんて、実に馬鹿馬鹿しい事はないからだ。
「空軍の連中はどうだったんだ?」
「空軍機も目立った損害は無かったようです。空爆中に気屯のレーダーサイトが、北樺太から接近するソ連空軍の編隊を確認しましたが、国境線のかなり北側で引き返し、空戦は起こらなかったそうです。」
「そうか、敵にはどっちつかずの優柔不断な指揮官もいるらしいな。」
「まったくです! 迷惑極まりない。」
「通信手、旅団長に繋いでくれ、以後について話したい。」
橘大佐は指揮通信車内で部下達と話しつつ、今後の方針について考え、前線の指揮官としての考えを、第5旅団長に具申した。
橘は、現在の戦闘団を3つに分ける事を旅団長に提案した。
第5戦車連隊と第5機甲歩兵連隊は三個大隊からなる、これを一個大隊ごとのペアにして、第5自走砲兵大隊と第5自走高射砲兵大隊の4個中隊の内の三個中隊を、一個中隊ごとに戦闘団に組み込み、更に工兵大隊と後方支援大隊から、各一個中隊を附随させ、三個戦闘団とし、北樺太へ東岸、西岸、中央の三方から侵攻しようというものだった。
斯くして、この意見は第5旅団長に受け入れられ、北部方面軍、陸軍総軍、軍部府統帥本部の了承のもと、ソ連領北樺太への逆侵攻のための再編が、南樺太の国境線から程近い、第一次防衛線で開始された。
ーーーーー
架空兵器について
陸上兵器はほとんど、採用年の年を西暦から皇紀に変えたのみ。
航空機は
戦闘爆撃機の「刃龍」は現実でいう「F-1」支援戦闘機で、尚且つそのままの性能
戦闘攻撃機の「剣龍」は現実の「F-2」戦闘機に垂直カナードを装備したような機体で、「FS-X」計画の「F-16」をベースにした機体がモデル
戦闘機の「飛鷹」は、「FS-X」計画の三菱案がモデル
艦上戦闘機の「新風」は、「FS-X」計画の川崎案の機体がモデル
以上のようになっております。
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