第21話 しあわせの永久機関
「説明はあるんだろうな、魔女?」
ピエールの求めに、ソルシエールは上機嫌に頷いた。
執事がいなくなった事に気が付いているだろうに、そのことは全くのスルーだ。それはまるで些事だと言わんばかりに。
「もちろんですよ。そのために戻ってきたんだから。まったく、ようやく私のターンだ」
一同をゆっくりと見回すと、にこやかに話しを始める。
「人は遺伝子と環境によって運命を定められている。それらに恵まれない人生というのは不憫なものです。人間未満にさえ人間社会は人であることを求める。その期待に応えなければならないという重圧の何と重荷なことか」
「そんなどこかの思想家みたいなことを言うために戻ってきたのか?」
「それに『人間未満』だなんて差別的です、ソルシエールさん」
「魔女め」
非難轟々だ。
魔女は意に介した様子もなく、楽しそうにくるくると歩き回る。
魔女のローブもそれに合わせてふわふわ揺れた。
「たしかにこれは差別ですね。どんな人間でも人間ですから。人を見下して自分の精神の安寧を得ようだなんて、なんて卑小なことか。でも、そうした考えは健全な思考の一部でもあり、それによくないものだと知りながら、抱き続けている人もいるじゃないですか。それこそ、あなたのすぐ近くにだって」
「回りくどいぞ。さっさと言え」
あっさりと魔女は答えた。
「あなたの婚約者ですよ」
「エラが? 他者をむやみに見下すような子じゃない」
ピエールは一刀両断した。
「あの子は優しい子なんだ。……たとえ、この城にふさわしくなくても」
「そうでしょうね。でも、彼女がどうして優しいのか考えたことあります?」
魔女がにこやかに告げた。
ぎい、ぎい。
どこからか、音がする。
「なんでも彼女の産みの母親は首吊り自殺をしたんだそうですよ。彼女の存在は母親の自殺を止める理由にならなかった。残された子供がそう思っても不思議じゃない。それに、それだけじゃない。彼女の人生はずっとそれを繰り返している」
「繰り返す?」
「そう、自分を省みない父親、愛してくれない継母。常に彼女は残されるもの、不要なものだったのです。だから、彼女は思っている。自分は人間としては『足りない』、と。足りないからこそ、愛されないのだと。
だから真実満ち足りた人間になろうとするけれど、うまくいかない。うまくいくわけがないんです。もともと人間なのだし、ないものはない。でも、そこを理解しないで努力を積み重ねるから、人間になりきれず、感情の重みに耐えきれなくなる。
結果として、自分で自分を責めることでしか、彼女の自我は安定することができない。この空間はずっと私たちに見せているんですよ、どうして彼女が人間未満なのか、その理由を」
「見せる?」
ピエールが顔を歪める。
「それがこの寒々しい世界が生み出された理由でしょう。ここはエラ嬢の世界です。この空間を生み出したのはエラ嬢ですよ」
「そんなことが可能なのか?」
ふふ、と魔女が笑いをこぼす。
「ほら、やっぱり分かっていた。……ここを見る限りできたのでしょう。呪いと魔力が複雑に絡み合い、この空間は成立している。自分を永久に苛む機関を作ることに成功した彼女は、今度は欲したのかもしれません。自分にとって、『完璧』なものが欲しい、と」
「『完璧なもの』?」
「そう、城に来るまで、彼女は他人に優しくされたことはなかった。だから、その裏側にある悪意に彼女は気付くこともなく、彼女はその優しさを『完璧なもの』だと理解したんです。長い時を経てこの世界は形をとり、城に来ることでついに完成しました。そして自らを苛みながらも、完璧になるという目的を達成するため、人を取り込もうとする。そうして、時を止めようとする。面白いですよねえ、彼女は大人顔負けの努力をしている。赤ん坊らしい願望のために」
にこにこと楽しそうに一堂を見渡すが、思った以上に芳しい反応が得られていなかったのを見て、彼らと同じようにキュッと唇を引き締めて不満そうな顔をして見せた。
「魔女、どうしてお前はそんなことを知っている?」
「知りませんよ、すべて推測です。合っているかどうかも知らない。ただ、見聞きしたことを組み合わせたら、大方そんなところなのではないかと見当がつく」
「他人を知ったかぶりで論評か、傲慢だぞ」
「魔女相手に今更なにをおっしゃるやら。魔女が語る言葉は、すべて、嘘ですよ」
そうして、魔女がにこやかに告げる。
「さあ、今度はこちらが魔法を使う番です。エラ嬢のここに至るまでの軌跡をお見せしますよ」
その途端、蝶番を吹き飛ばしてホールと空間を隔てていた扉が魔女めがけて勢いよく飛ぶ。魔女がすれすれに身をかわすと、それは壁に叩きつけられた。
「いやだなあ。怒りっぽくて」
魔女がにこやかに手を空にかざす。
「さあ、『風よ、見せかけのベールを吹き飛ばせ』!」
緩やかな風が巻き起こり、その場にいる人間の体を包み込む。
ようやく、魔法が発動された。
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(おまけ・その19)
「それは、私に君を殺せ、ということか?」
「それはどうかしら。魔女を殺せば、魔法は解けるわ。そして天使たちは目を覚ます。でもそれで、すべてがめでたし、めでたし、で終わるかしら? また生きているのが嫌になったら、どうすればいいの? 今度は、魔女もいないのに?」
「それは私の知るところではない」
「まあ、無責任ね」
魔女がまるで女神のように優しく微笑んだ。
「あなたに、決断ができるかしら。わたしが全てを唱え終わるまでに」
魔女の唇が詩を紡ぎ出した。
「『おやすみ、やさしい顔』、」
脳が、本能が、それがただの詩ではないことを読み取った。
呪文だ。
それが、魔法を発動させる。
とっさの判断だった。
体が、指が、拳銃の引き金を引いた。
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