呪い
母が私の父に捨てられたのは、夏の暑い日。
セミに負けじと泣いたらしい。
だからミンミンは私のともだちと、母はよく笑っていた。
母は水商売で私を育てた。
住んでいたアパートには、見知らぬ男たちがよく出入りしていた。
彼らが来ると、私は外に出された。
母は私が高校生の時に死んだ。
お酒の飲み過ぎだった。
でも、それは結果であって、原因ではなかったと思う。
母のいた店で、私は働きはじめた。
オーナーに誘われて。
私は大人びていたから、年を疑われることはなかった。
ある客が言っていた。
昔のギリシャではね、セミは詩人の生まれ変わりと思われていたんだよ。
よく指名してくれた良い人だったけれど、突然来なくなった。
最初のお店は、オーナーとの関係が奥さんに知られて追い出された。
オーナーのことは別に好きではなかった。
求められて断るのがめんどうなだけだった。
母と同じく男運がなく、付き合うのは殴り、お金をもっていく男ばかりだった。
言い寄ってくる男を断れなかった。
あしらい方がわからなかった。
その年、家に転がり込んできた男は、いままでの中で最悪だった。
毎日、顔以外を殴られ蹴られた。
ある夏の午後、酔った彼の張り手を受けて、鼓膜が破れた。
聞こえない方の耳から、聞いたことのないセミの声がするの。
お店の常連に、つい男の話をしてしまった。
その人は、とても怖い人で、ママからも気をつけるように言われていた。
「おまえの前から消してやろうか?」
「お金はないわ」
「お金はいいよ。あるから」
同棲していた男はいなくなったが、私は自由になれなかった。
追い出してくれた男から、愛人になるように迫られた。
支配される日々がはじまった。
男は、私から話しかけられるのを嫌った。
ある日、与えられたマンションで、家具の位置を少し変えたら、殺されかけた。
私は、彼の指示を聞き洩らさないように、まちがえないように日々を過ごした。
監禁されていたわけではなく、お金もたくさん渡してくれていた。
逃げることはできたが、必ず連れ戻されそうな気がした。
ここで私は死ぬのだろうと思っていたが、先に死んだのは男のほうだった。
男のともだちの言葉に従い、葬儀に参加した。
遺族の視線が私に集まった。
刺すような視線とは、よく言ったものね。
莫大な遺産を私に残す遺言が読み上げられた。
奥さんに首を絞められて、死ぬかと思った。
お金はいらなかったが、遺書には必ず受け取るようにと書かれていた。
死んだのだから気にする必要はない、というわけにはいかなかった。
幽霊は信じていなかったが、男への恐怖心が、体のすみずみにまで行き渡っていた。
お金はあるから、死ぬまでなにもしないで、ひとりで生きていこうと思った。
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