才能告知
物心が付いてから少しして、僕らは全員とある検査を受ける決まりになっている。何をしてるのかは分からないけど、僕も母に手を引かれその検査を受けた。
母が言うにはそれは『才能検査』と言うらしい。検査を受けて自分に何の才能があるかを教えてくれるとか。そして人々は自分の才能にあった道へ進み同じく才能を持った人々と鎬を削る。幼い頃に予め才能を告知する事で早い段階からその道を歩み始め、より適切で高度な次元へ進めるようにする為らしい。
そのおかげで様々な分野においてもその質はより高まったという。
だから自分の才能が分かるとその才能を伸ばす為の専門へ進み一生それに磨きをかけ続けるのだ。
そして検査を受けた僕はその結果が届くのを今か今かと待っていた。
「ゆー君そんなに覗いても変わらないわよ」
今日だけでも五度目、郵便受けを覗きに行って戻ってきた僕に母は呆れたように言った。
「だって、早く知りたいんだもん!」
「その気持ちは分かるけど、届いたらちゃんと教えるからいい子で待っててね」
「はーい」
僕はそのまま母について行きリビングのソファに座った。少し遅れてやってきた母はジュースを僕の前に置き、隣に腰を下ろす。
「ゆー君はどんな才能のだったら嬉しい?」
「んー」
ジュースを飲みながら僕は考えた。まだあまり職業とか分からなかったけど、色々と考えてみた。
そしてジュースをテーブルに戻した僕は母の顔を見上げこう答えた。
「ママみたいに上手にピアノ弾きたい!」
その言葉が余程嬉しかったのか母は僕を抱き締めた。
「もぅーそう言ってくれてママ嬉しい。もしそうだったらママがしっかり教えてあげるからね」
「うん! あっ、でもパパみたいにお話を沢山書くのもいいな」
「小説家ね。そしたらまずパパの書いた本を読むといいかもね。あっ、でもまだゆー君には難しいかもしれないわね」
「むぅ。ボクにも読めるもん!」
「そう? でもやっぱりママはゆー君と一緒にピアノ弾きたいなぁ」
母はそう言ってまた僕を抱き締めた。今度は少し強く。
それから数日が経ち、その日はやってきた。
「ゆー君。通知。届いたわよ」
「ほんとに? 早く開けて!」
僕は大喜びではしゃぎながら母と父の二人と共にその通知を開封した。
だがその跳ね上がった気持ちが一瞬にして静まるぐらいにはそこに書かれていたことを僕は理解できなかった。同時に母と父も言葉を失い僕ら三人はついさっきまでの期待が嘘のように黙り込む。
『才能検査:該当なし』
そこにはそう書かれていた。僕は少しの間、その文字を見つめていた。いくら子どもと言えどそれが意味する事は分かる。
そして僕は泪すら出ないほど頭が真っ白になったまま一人部屋へ向かった。ベッドに倒れ、さっきの事を思い出す。
『才能検査:該当なし』
僕には何の才能も無い。悲しいとか落胆したとかそういうのより内側には、ただ分からないが広がっていた。自分の身に起きた状況が分からない。いや、本当は分かっているはずなのに目を背け分からない振りをしているのかもしれない。
そんな状態で時間を無駄に消費しつい先日までしていた色とりどりの想像が脳裏で砕け散るのを感じた。その瞬間、僕の中へ遅れてやってきた悲しみが一気に溢れ出し双眸から零れ落ちた。
僕は無能。それを突き付けられた。きっと母も父も落胆し僕を恥じて嫌気が差している。そう思った。
「ゆー君?」
僕が部屋で一人泣いているとドアの向こうから母の声が聞こえた。
「入るぞ?」
少し間を置いて父の声が聞こえるとドアが開いた。枕に顔を埋める僕へ足を進めると母はいつものように優しく触れた。
「ゆー君、大丈夫よ」
そう言ってはくれたが僕は依然と泣き続ける。でもちゃんと謝らないといけない。そう思い泣きじゃくる顔を上げて起き上がった。
「ごめんなさい。ママも楽しみにしてのに……ボク。何もなくて……」
母と父はベッドに腰を下ろすと両側から包み込むように優しく手を伸ばした。
「謝る必要なんてないぞ」
「でも、ガッカリしたでしょ?」
「そんな事ないわ。ママもパパも全く気にしてないわ」
僕は泪でぼやける視界で母と父を一度ずつ見た。二人共、穏やかな表情を浮かべ本当に何とも思ってないようだった。
「ほんとに?」
「あぁ。そんな事でガッカリする訳ないだろ」
父は僕の頭を少し雑に撫でた。
「でもボク……何も無いんだよ? ママと一緒にピアノも弾けないし。パパみたいにお話も書けない」
「そんな事ないわよ」
「でも才能無いんだよ?」
「いいか。悠馬。才能というのは言わば成長スピードだ」
「成長スピード?」
僕は思わず小首を傾げた。
「才能があれば無い人より早く出来る事が増えると言うだけだ」
「この前ママが教えたピアノをもっと早く弾けるようになるって事よ」
ママのその言葉ですぐにパパの言ってる事が理解できた。
「でもお前はそれが無かった」
「だから僕は他のみんなより出来るようになるのが遅いって事だよね?」
「そうね。でもゆー君は全てが同じように成長するって言う事でもあるのよ」
「どういう事?」
「普通の人はこの才能検査で分かった自分の才能の道を進むのよ。それが一番得意だからね。でも必ずしも得意と好きが同じだとは限らないの」
「大概の人は好きじゃなくても才能がある道を選ぶ。その方が苦労が少ないからな。でもお前はそれがない」
「つまりゆー君は選び放題なのよ」
「選び放題?」
「そう」
そう言われるとどこか自分が特別な気がしてきた。
「何でも選べるの?」
「でもどの道を選んでも相手にするのはその道に才能を持った人。苦労は計り知れない。だが他の人間が才能で好きをカバーするようにお前は好きで才能をカバーしなさい。全力でその道を楽しむんだ」
「何でもいのよ。ゆー君が好きな事をして。それをパパもママも応援するし、そんなゆー君を支えるわ」
左右から僕に身を寄せる父と母。その温もりは心まで沁みる温かさだった。
「ありがとうパパ、ママ」
その温もりに僕はまた泪を零してしまう。でもそれはさっきのとは違った泪。
「それじゃあ、ゆー君は何がしたい?」
「んーっとね。んー」
昨日まで考えていた色とりどりの想像を思い出した。その中でも一番、光り輝き良いと思ったものを僕は口にした。
「――絵が描きたい!」
僕の言葉に頭上でママとパパが顔を合わせた。そしてすぐに僕の元へ。
「ママとピアノよりも絵が良いの?」
「うん! ボクね、いつか上手くなってママとパパに絵を描いてあげたいんだ」
少し遅れて左右から聞こえた笑い声。
「そうか。そうか。それは楽しみだ」
「そうね。それじゃあママもパパも絵は描けないけど一緒に頑張りましょうね」
「うん!」
それから才能の無い僕の過酷な画家の道が始まった。
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