僕から君へ秘密のメッセージ

 僕は数学が好きだ。何より難しい問題に頭を悩ませて悩ませて解くのが好きだ。あの悩んだ末にやっと答えに辿り着いた瞬間がたまらない。

 でも僕の中学は進学校という訳でもない普通の学校。だから数学部何てものはあるはずもなく、僕は図書館に行き本屋で買った本の問題を解いていた。

 いつも一人で図書館に行き問題を解いて帰る。それが僕の放課後。

 だけどある日から度々女子生徒が一人、少し離れた席に来るようになった。最初は全く気にしてなかったけど、たまたま彼女が視線を落としているのが僕のと同じ数学の本であることに気が付き、それからは少しだけ気になり始めた。

 どんな問題を解いているのだろうか? どこまで解いたんだろうか? 

 でも相手は知らない生徒。そして僕は人見知り。声など掛けられるはずもない。僕は彼女が来ると少しそわそわとした気持ちで問題を解くようになった。

 そんなある日。前に図書館で見かけた本を探す為に本棚を見て回ってた時、たまたま彼女の座る席の近くを通った(偶然を装ったとかじゃなくて本当にたまたま)。彼女は頬杖を突き悩んでいる様子で僕は何となくノートに視線を通した。計算の途中で止まったそれは僕が丁度昨日解いた問題。しかも悩んだ末に解いたものだった。


「これ、ここを――」


 昨日の解けた達成感を思い出していた僕はつい声を掛けてしまった。そのことに気が付いた僕はノートに伸ばした手を止めた。


「ご、ごめん」


 焦りながら吃驚とした表情の彼女を一瞥すると顔を逸らした。


「ううん。続き教えてください」


 雲のようにふわふわとした声の丁寧な口調が耳に届くと僕はもう一度視線を戻す。そして気を使ってるのか笑みを浮かべる彼女に問題の解き方を教えた。彼女は少し大袈裟に「なるほど」と頷いた。

 この日を境に僕は彼女の向かいの席に座るようになった。まさか同じ数学好きと出会えるなんて。僕にとって放課後のその時間はい今まで以上に楽しい時間となった。誰かと競争したり一緒になって問題を解く楽しさは一人でやるより何倍もいいものだ。

 でもいつしか僕は問題を解く彼女をよく見るようになっていた。問題に詰まって悩んでたらいつの間にか向かいの彼女を見てて考えることも忘れてる。

 いつの間にか僕は彼女のとこが好きなっていた。

 問題に取り組む姿も悩む姿も解けた時の嬉しそうな表情も。その全てが問題を解いた時の胸の高鳴りを凌いだ。

 だけど残念なことに僕にこの気持ちを伝える勇気はない。声を掛けられたのだって数学のおかげだ。その時、僕はハッと妙案を思いつく。まるで分らなかった問題の解き方が分かったように。

 僕は次の日、早速それを実行した。

 いつも通り向かい合って問題を解いている時に小さな紙を取り出しメモをした。そして折り曲げたそれを彼女の方へ投げる。

 彼女は僕の書いたメモに視線を落とした。


『9xー7i>3(3xー7u)』


 それは僕と彼女が持っていた数学の本に書かれた数式。彼女がそのページを読んでいるかは賭けだったけど。

 少しの間、彼女はそのメモに視線を落とし続けた。僕はチラチラと彼女を見ながらも平然を装い自分の問題に取り組む(フリをしていた)。

 するとしばらくしてから別の紙(ノートの切れ端)が僕のところに飛んできた。紙を手に取り彼女へ視線を向けるが既に自分のノートに視線を落としてる。でも微かに口元は緩んでいた。

 それを見た後に僕は紙を開いた。


『x²+(y-∛x²)²=1』


 この数式を理解するのに少しだけ遅れたけどその意味が分かった途端、僕はテーブルの下で小さくガッツポーズをした。

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