第38話

 「っと……」


 さて、城の城壁をゆっくり飛び超え着地したエドガーは、夜のカラカスを走りぬけていく。


 人気はない、大通りですら……。

 まるで数日前までの賑やかさが嘘の様で、大通りの街頭は寂しげさを露わにしていく様。

 だが人はきちんといる様で、家々の窓の明かりに映る人影が見える。


 「あっ、エドガー君ですよね!?」

 「んっ?」


 そんな街中を走っていたエドガーに聞き覚えのある声が。

 そしてその声がした右手の裏路地を見た時。


 「エドガー君、無事だったんですね!?」

 「うわっ!?」


 エドガーへ向け笑顔のクルシナが飛びつき、その衝撃でエドガーは尻餅をついてしまう。

 そして、現状を理解してしまったエドガーの表情は一気に焦りを見せ始める。


 (まずい、クルシナさんに呪われる!)


 だが、表情に出したのはマズかった。


 「エドガー君、焦っているみたいですけど、どうしたんです? 何か困り事ですか? ってその脇腹の血はどうしたんですか!? 困り事ですか、困り事ですよね!?」


 それが原因になり、遂にはクルシナから呪いの言葉を吐かれる一歩手前まで進んでしまったのだから。

 だが、その瞬間。


 「大丈夫! どんな悩みも……もかっ!?」

 「行けっ!?」


 クルシナの背後から現れたロレンスが呪いを発するかもしれない口を塞いだ。


 「すまない、ロレンスさん!」


 そう感謝を告げ一目散に走り出したエドガーは裏路地を通り、駆け抜けていく。

 薄暗い中、足音が響かせエドガーは家へと向かい、扉を開けた。


 「ミーナさん、ミーナさん!? ミーナさん、どこですか!?」


 誰もいない……。

 部屋の中を見回したが、一階は暗い家の中をテーブル上のランプが照らすだけ。

 そしてそのランプを手にし、そう呼びかけながら二階へ上がるが、そこにもミーナの姿は無かった。


 「遅かったか……」

 「ふふん、困った時は素直に助けを求めれば良いんですよ!」


 そんな声がする階段の下を見ると、そこには不法侵入した疫病神シスターと、そんなクルシナに右手を掴まれ、引きずられるロレンスの気絶した姿。


 「さぁ、悩みを告げて下さい!」

 「あっ、いや、その……」

 「さぁ、さぁ!」


 一歩づつ後退するエドガー、一歩づつ前進するクルシナ。

 しかしエドガーの後退する道はすぐに壁となり、前を見たまま両手で壁を触り、退路を探すが、クルシナとの距離は徐々に狭まっていく。


 (こうなれば……)

 「あっ……」


 エドガーは素早くクルシナの左側をすり抜けようとし、当然クルシナはエドガーを捕まえようとする。

 しかし、右手にロレンスの手を掴んでいた為か、クルシナの左側への反応は僅かに遅れ、エドガーを取り逃がしてしまうのであった。


 「クルシナさん、悪いですがお話している余裕はありません! この件はいずれ、お話しますので!」


 そう告げ再び家を飛び出したエドガー。

 行き先は、カラカスの街を遮断し、そして外との出入り口である大きな門。


 大通りへ戻り、そこから道に沿って進んでいき、門の扉が見えてきた。

 だが、そこで待っていたのは。


 「これは……兵士達が気絶させられている……」


 門の前を警備する兵士達が気を失った姿、そして門の扉に開けられた丸く大きな穴であった。

 それを見たアレクは確信してしまう。


 (くっ、疑いようがない……。 リアナさんを連れ去ったんだな!)


 自分の父が愛する者を連れ去ったのだと……。

 だから彼は怒りを表情に滲ませ、場外へ飛び出し、リンドブルムの陣へ突撃していくのである。


 …………。


 その少し前の事。


 「ミリアーナ様、隠れていて下さい……」

 「分かりました、リアナ……」


 ミーナにそう伝えたリアナの身体は、剣をゆっくり抜くと、闇夜に紛れ、じっくり兵士達との距離を縮めていく。


 「フッ……」


 そして息を短く吐いた次の瞬間、目に見えぬ速さで兵士達を通り抜け、その剣を鞘に収めたと同時に兵士達はまるで力が抜けたかの様にバタバタと倒れていった。


 (真面目にやれば、天才的なのに……)


 リアナの身体を使っていてラスティは改めてそんな感想を持った。


 リアナとは長い付き合いがあった訳ではないが、その腕前は若い頃から群を抜いていた為に、リアナの強さを知らぬ者はあまりいなかった。

 そして、自分が死んでから知ったのは、それらのプラス要素をかき消す、怠け者という大きすぎるマイナス要素であった。


 だからこそ、彼は地面を見つめながら悔しそうな顔を浮かべる。

 無双の武になり得る才を無駄にするリアナに不満を持って……。


 「っと、それよりも……」


 リアナの身体は門へ一瞬のうちに近づくと、扉を円状に切りつけた。

 円状に切りつけた場所が細かい木片へ変わり、パラパラと音を立てて崩れ、そして扉には円状の穴が空いたのだ。


 そんなリアナを見ていたミーナは改めてリアナの凄さを知ると共に、その存在を大変頼もしく感じている。


 (私は素敵な臣下を持ったものですね……。 リアナ、貴女が私にそこまでの忠義を尽くすなら、私も貴女に対し、最大の恩義を返し続けます。 それがきっと、私の出来る貴女への精一杯の恩返しです……)


 そしてミーナはそう決心した。

 その時が、リアナへの好感が最大を超えた瞬間だろう。


 …………。


 時間はやや進み、リンドブルム軍の陣にて……。


 「んっ? 何の音だ……」


 夜の見張りを行っていた重装備の男性兵士は、闇の中から金属音を聞き取った。

 そして、軽く握っていた槍をしっかり握りなおすと、闇の中へに向け、警戒しながら迫っていく。


 その警戒の隙をついて、エドガーは素早く陣の中へ忍び込んだ。


 松明が照らす陣の中は、白いテントが立ち並び、そして兵糧が積まれた荷馬車が無造作に置かれている。


 そんなテントが並ぶ陣の中ををゆっくり進むエドガーだが、ここで一つだけ、豪華な紋様が描かれたテントが目に入る。


 (ここか……)


 エドガーは周りを警戒しながらコソコソとそのテントに近寄り、入り口の前へ。


 そして、テントの入り口をめくり、ゆっくりテントの中に入った瞬間。


 「馬鹿者め……」


 エドガーの首元にウォルバートの剣先が向けられていた。


 それはウォルバートが配備していたカラカスの町の門付近にいた舞台から、その様な合図があったからだ。

 だから兵達の警備をわざと手薄にし、この状況を作ったと言う訳だ。


 「返せ……」

 「むっ?」

 「返せと言っている……」

 「何をだ……」

 「ミーナさんを返せ!」

 「…………」


 小さかった声は徐々に声は大きくなり、エドガーは遂に怒りを混じらせた大声を出す。

 握りしめた拳は震え、その憎しみ混じりの瞳はウォルバートを睨みつけている。

 だが。


 「誰だそれは?」


 根本的に誘拐などしていないウォルバートからすれば、そんな事を知る訳が無い。

 しかし、その言葉はエドガーの怒りを増長させる。


 「ふざけるな! ならば何故、妻であるミーナさんは家からいなくなっているんだ!? それは貴方が誘拐したからだろう!」

 「お前、結婚していたのか……?」


 ウォルバートは驚いた。

 そして、向けていた剣先はゆっくりと下へ向かっていき、遂には剣を離し、パタンと地面に倒してしまう。


 「えっ……」


 そんなウォルバートの反応にエドガーは戸惑い、怒りは一気に無くなった。


 「……ホントに誘拐していないんですか、父上?」

 「そんな指示は出していない……。 それより、結婚したと言うのは本当なのか?」

 「は、はい……」


 そして、そんなエドガーを襲ったのは、勘違いした恥ずかしさと、結婚した事がバレて血の気が引いていく感覚。

 だからエドガーは今、顔を真っ青にして固まってしまっているのである。

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