第36話

 ウォルバートが望む様に戦いは睨み合いへと移行した。


 ラドラインは現状相手の方が兵が多いと考えている為に……。

 リンドブルムは相手の方が兵が多いと知っている為に……。

 そしてカラカスは兵の教育が始まったばかりである為に……。


 ただ、それは長くは持たないだろう。

 ラドラインから事実がもたらされ、ウォルバートの策がバレるまでしか……。


 (つまり、この現状はエドガーの親父によって仕組まれた事って訳ね……)

 『そう言う事ですよ、ショーモトさん』


 その事実を目の前にフワフワ浮くラスティから知らされたショーモトは真剣そうに考えている訳だが。


 『それ、便座に座って言います?』

 (一日宙にフワフワ浮いててみろよ、お腹冷えてトイレと大親友になれるから)


 便座で力みながらそう語る姿は実に間抜けだろう。


 この世界のトイレは、大理石で出来た円柱の椅子に穴を開けた様なもので、地下に落ちた排泄物は便座の内部に取り付けられた魔石の力によって落下しながら浄化、その後魔石が作り出した水流に流され、川へと流れる様になっている。


 ただ、そんなトイレの構造上、冬場は冷たい便座と冷たい空気により、大変居心地の悪い空間になるのだが……。


 さて、そんな便座に座り考える人になったショーモトであったが、彼が出した結論は実にシンプルであった。


 (なぁ互いのお偉いさんに取り憑いて、撤退する様に言えば良いんじゃね?)


 それは確かにアイディアとしては悪くない。

 しかし。


 『ショーモトさん、母さんとウォルバート王は精神が強いです。 だから取り憑く事は出来ないですよ……』


 憑依出来る相手は精神の弱さが必要な為、自分の子を連れ戻そうと強い意思を持つナイルやウォルバートに取り憑く事は出来ないのである。


 (やっぱダメか、シスコン兄貴の母親には……。 しかし良く母親の事分かってるなぁ……)

 『妹ラブと言ってください、せめて……』


 その為、その案はボツになり、ショーモトは大きなため息をつくのであった。

 だが、その時であった。


 (マズイな……)


 急にショーモトの顔が深刻なモノになったのは……。


 『ショーモトさん?』


 そんなショーモトの珍しい姿に流石のラスティも心配そうに声をかけた。

 そして、しばらくの沈黙の後、ショーモトは重い口を開くのである。


 (エドガーの母ちゃんの伝言、伝えるのを忘れてたわ……)

 『…………』


 それを聞いたラスティは呆れて扉の壁をすり抜けていった。


 『そうだ! 一つ良い策を思いついた! これでミーナの生活はまず守れる!』


 ただ、口元には笑みが浮かんでいた。

 それは、ショーモトとの会話がミーナを助けるアイディアを思い付かせたからだろう。


 …………。


 「ふふっ、ふふふふふっ……」


 その頃、アレクは幸せと言わんばかりの寝顔をエドガーの右脇腹に押し付けていた。

 ベッドを真っ赤に染めるほどの鼻血をタラタラと垂らしながら……。


 それはアレクが「兄上と一緒に寝たいであります!」と言ったからであるが、アレクに右脇を真っ赤に汚されているエドガーはというと、真剣な表情で考え込んでいた。


 (父上が侵攻してきたか……。 もしかしたら、顔見知りがいるかもしれないな……)


 それは、父が連れてきた兵の中に、もしかしたら自分の知り合いがいるかもしれない。

 それ以前に、徴兵されたカラカスの知り合いが亡くなるかもしれない。

 もしかしたら、カラカス内が戦場になり、ミーナやネルブ達が怪我をするかもしれない。

 そして、そうなる要因を作ったのは自分ではないか?


 そう考えてしまうと、エドガーは落ち着いて眠る事も出来ず、結果どうにか出来ないだろうか?っと思い悩む。


 「あぁくそっ!?」


 そう小さく呟きエドガーはベッドから体を起こす。

 周りは部屋の奥までベッドが左右に置かれたプライベート感の無い空間、奥には窓ガラスから夜の闇が、壁にかかる魔石ランプが明るく照らす部屋の中へ流れ込もうとしている。


 そんな空間に寝そべる人々を見た後、エドガーは萎えたつ気持ちのままに、部屋を後にし城内の廊下を歩き出した、すると。


 「やっほー、トイレ行くん?」

 「店長……」


 明るくそう声をかけるショーモト、そして小さく驚くエドガーに対し、こう続けるのだ。


 「店長命令だ、タダで悩みを聞いてやるからついて来いよ!」

 「あっ……」


 そしてショーモトは、少し歩いた先にある城のバルコニーのガラスの扉を開き、そして手すりに両腕を置き、体重を預けている。


 ショーモトだってたまには真面目な部分を見せる。

 店長として、店の仲間として、同じ国の仲間として……。

 そんな思いが珍しくショーモトにそんな態度を取らせているのだろう。


 「店長、実は、僕は、あの、その……」


 手すりに手を置くと、ショーモトを見つめながら、モゾモゾと口を動かした後、気持ちを爆発させる様に今度はハッキリとした言葉を告げた。


 「僕は、リンドブルムの王子でして……。 だからリンドブルム軍とは戦いたくないんですよ!」


 ショーモトへの信頼がエドガーの王族である事実を隠す思いを上回った事を証明した瞬間であった。

 無論、精神的に困り果てていた為、口にしてしまった部分もあるかもしれないが、少なくとも十分な信頼が無ければ、話すわけもないだろう。


 「そっか、ならこの戦いの原因はなんだと思う?」


 優しく微笑みながらそう尋ねたショーモトであったが、ホントは元幽霊達から話を聞いている為、だいたいの事は理解している。


 ただ、何か案を相手に納得させるにしても、相手がどう思っているか?

 それを知っていれば、多少は自身の案を相手に納得させやすくなるのではないか?


 そんな考えをショーモトは持っていた為に、わざとそんな質問をしたのだ。


 「言いにくい事ですが、多分僕を連れ戻す事かと思います……。 そしてその、何らかの制裁を僕に課すのではと……」

 「制裁って?」

 「僕は父を殴って国を飛び出したのでですね、最悪僕を死罪にする気でしょう……」

 「一つ聞きたいんだけど、エドガー君を連れ戻すのが目的って思う理由は?」

 「状況からそう考えただけですね。 現在のリンドブルムの状況から、今カラカスを攻める理由が見当たりませんし……」

 「ちなみに、君のお父さんってどんな性格?」

 「その、冷酷で策謀を好んでいる分からず屋で……」


 質問に対し、言葉を選びながら返すエドガーの言葉を聞いていたショーモトであったが、ここで頭をひねり。


 「んんっ?」


 っと声を出した。


 「どうしたんです、店長?」


 当然、その態度が気になりエドガーはそう尋ねる。

 すると、ショーモトは頭をぽりぽりと掻いた後、エドガーの瞳を真剣な表情で見つめながらこう答えた。


 「おかしいんだよ、お前を連れ戻すつもりなら、何でわざわざ兵士を動かすよ?」

 「えっ?」

 「それより兵を動かさず、商人に化けた工作員をカラカスに潜入させて、拉致した方が良いじゃん?」

 「た、確かに……」

 「策謀が好きなのに、そんな手を使わないって不思議じゃない?」


 それは確かにその通りではないだろうか?

 隠密で行動した方が対象に警戒されにくいのだから……。


 だからこそ、ショーモトはエドガーにこう告げるのだ。


 「あと多分さ、殺すつもりも無いんじゃないの? もしかしたら、話して分かってくれるかもしれないよ? それで話し合いが上手くいけば、解決するかもしれないよ?」


 しかしながら、そんな言葉を簡単に受け入れられないエドガーは。


 「ぬ、ぬぐぐぐぐ……」

 「いや、無理強いは俺しないから、あくまで道を示しているだけよ?」


 信頼するショーモトの意見を受け入れようとする意思と、父親に対する負の感情がぶつかり合い、苦々しい表情を浮かべてしまっている。

 そんな時だった。


 (あぁ!? もしかして目的はミーナさんを拉致し、僕を炙り出す為かもしれない!?)


 その様な勘違いがエドガーの脳裏に浮かんだのは……。

 だからエドガーは慌てた様子でショーモトにこう訴えるのだ。


 「店長、分かりました父の目的が!?」

 「何よ、目的って?」

 「多分父の目的は僕を連れ帰る事、それは間違いありませんが、拉致対象は多分ミーナさんです! きっとミーナさんを拉致して僕を炙り出し、そして自分の言う事を聞かなければミーナさんを殺すとでも脅すのでしょう! だから、それを防ぐ為にも早くミーナさんの元へ行かなければ……!?」


 それは実に必死な訴えであったが、それを聞いていたショーモトは。


 (うん、冷静じゃないみたいだし、止めても聞かないだろうな。 諦めよう!)


 ニッコリと笑顔を浮かべ、それを否定する事を諦めるのであった。

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