第38話 魔法工学研究科の事情

 初めて入った魔法工学研究科は、色んな意味で衝撃的だった。

「何ここ。SF映画の世界?」

 横で呆然と佳希がそう呟くのに、俺はうんうんと頷いてしまう。

「いや、あの、動く植物を相手にしている薬学科に呆れられるのは心外なんだけど」

 そんな俺たちにささやかな抵抗とばかりにツッコミを入れてくるのは、魔法工学研究科の教授、石川佐介いしかわさすけだ。彼は朝倉の同期であるそうで、記憶喪失案件を受け持つよう指示された可哀想な人だ。とはいえ、見た目は隕石衝突前のヤンキーみたいである。髪は金髪、しかもワックスでしっかり癖付けされている。眉毛は細め。一見すると先生に見えない。そして、その見た目に反して気弱だ。

 さて、そんな石川に案内されている魔法工学研究科の内部は、巨大な機械がひしめき合う、本当にSF映画に出てくる城塞のような感じになっている。外側は普通の校舎だというのに、一歩足を踏み入れると宇宙船や城塞の中のような機械に支配された世界なのだから、俺たちが呆然としてしまうのも当然だろう。

「所変わればというが、これは凄いな」

 日頃はアンデッドを作っている医学科の大狼にまでそう言われるのだから、ここの異様さは他の科と何かが違う。

「ううっ、そんなに変かな。だって、隕石によって物理法則が変わってしまったおかげで、機械は大型化の一途を辿っているんだよ。何か一つを動かすのにも大きな機械が必要なんだ。っていうか、魔法で出来ることが多いから、小型機械なんて今や不要だし」

 石川はいじいじとスパナを弄りながら、言い訳するように言う。この人の、見た目はイケイケヤンキーなのにうじうじしているのは、一体全体どういうことなのか。

「いや、肩身が狭いんだよ。やっぱり魔法科や薬学医学と違って、今や前時代の遺物と化したものを必死に使えるようにしてるわけだし」

 問いただすと、石川は劣等感しか生まれないんだよと溜め息だ。なんだろう、就職口ナンバーワンと言われているはずなのに、この自信のなさ。

「ああ、解った。魔法科だけでなく、薬学や医学だと魔法省管轄の仕事が来るけど、工学科は来ないからだ」

 それに答えたのは、なんと引率の須藤だ。その情け容赦ない指摘に、石川はぐふっと項垂れる。

「ん? どういうこと?」

 しかし、それで納得出来ないのが俺たちだ。この間からやけに魔法省が絡んでくるが、今回もなにかあるのか。

「だから、医学科だったらアンデッド製作を、薬学科だったら危険指定されている薬草を取る許可を貰えるだろ。それは魔法省がやってくれと決めていることなんだが、工学科にはそういう類いのものがないんだ」

 須藤はそろそろ大人の世界にも詳しくなりたまえと、俺たち一年生を指差す。だが、中学まででは魔法学院に入るか一般人として生きるかの選別があるくらいで、大人の世界なんて知りようがない。

「解らねえよ。っていうか、魔法学院ですら解らないことだらけだよ!」

 ニュアンスで薬学科を選んだんだぞと、俺はこの際だからはっきり言っておく。それに、第一志望が薬学科だった佳希を除いて、大狼までうんうんと頷いている。

「そ、そうなのか。最近の中学教師は職務怠慢だな」

 まさか大多数から反論されるとは思っていなかった須藤がたじろぐ。

「魔法が当たり前になったせいで、進路指導が魔法学院か高校の二択ですもんね。あとは自分たちで何とかしろってなりますよ。特に中学の先生だったら、魔法がそんなになくて普通に高校大学に行っている人が多いし」

 それに関して石川がやれやれという顔で指摘する。確かに、中学の先生は学年主任を除いて、それほど魔力のない人たちだった。

「魔法学院に入れるだけでも儲けものと考えている先生は多いよね。あとは何にでもなれるから」

 実は高校に行きたかったという胡桃が、能力があるのに高校に行くのは理解出来ないと言われたと明かす。

「そういうもんなんだなあ。で、工学科は就職口は一杯あるのに、魔法学院では一段下に見られてるってことか?」

 俺は小さい頃から友葉と魔法で遊んでいたくらい、魔法が当たり前の生活をしていたものだから、この辺りの感覚が狂ってしまっている。優秀な幼馴染みがいるのも考えものだ。が、今は工学科の事情が気になる。

「就職口が多いのは、それだけ一般企業から当てにされているからだよ。魔法が弱い人にとって、その補助となる機械は絶対に必要なものだからね。特に、魔法が主流になったせいで、その分野が大きく減退してしまっただろ。請け負ってくれる工学科は、魔法学院に入れなかった人や、魔法学院をリタイアするしかなかった人たちにとって、必要な存在なんだ。でも、相手が魔法の力が弱い人だからね。なんだろう、福祉的扱いになって、他よりも弱いんだよねえ。工学科があるの、うちと第七だけだし」

「へえ」

 そういうものなのかと俺は驚いてしまう。そして普段何か機械を使っているかと聞かれると、これがびっくりするくらいに使わない生活だ。両親はそれぞれ魔法学院を卒業し、国家魔法師として働いている。それはすなわち、家の中で家電が必要ないということだ。

 そんな両親を持っていて魔法科を落ちる俺は、ぶっちゃけ落ちこぼれなわけだが、それでも不便を感じたことはない。そう考えると、魔法工学研究科のやっていることを、多くの魔法を使える人が理解出来なかったとしても、仕方がないということだろうか。

「色々と大変なんですよ。で、この間の事故のことでしたね。こっちです、どうぞ」

 散々嘆いてすっきりしたのか、石川は現場となった研究室に案内してくれる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る