第24話 薬が必要である本当の理由
しかし、集中力が足りなくても生きていけるのが、この魔法が当たり前の世の中だ。と、そう心で言い訳しておいて、俺は佳希たちがどこに行ったのか訊く。またあの森だろうか。
ちなみに日本に森林が多いのは隕石衝突前と同じだ。ついでに魔法のせいで植物の繁殖力が強くなったおかげで、日本は恐ろしいまでに緑豊かな国になっている。
「山に登るって行っていたから、もっと奥だな」
しかし、旅人が森の先まで行ってるというので、それは凄いと素直に感心した。森も危険地帯に認定されているが、まだ緩い。一般人が立ち入ってもそれほど問題にならない。だが、山登りには魔法学院の学生証か卒業証明書が必要となっている。それだけ危ない場所なのだ。
「じゃあ、まだまだ戻って来ないのか」
「だろうね。でも、それまでにやること一杯あるし」
「ああ。こいつを頭に叩き込むって作業ね」
「そう」
三人は分厚い教科書の、大部分を占める幻覚作用の項目を見て、同時に溜め息を吐き出していた。
昼休み後。無事に山登りから帰ってきた三年プラス佳希と、医学科からやって来た大狼を加えて、再び惚れ薬制作会議が開かれた。とはいえ、先生たちは全員集合とはいかず、須藤と遠藤の女性教師コンビが担当する。
「出来る限り集めて見ましたけど、どうでしょう?」
雅が長机の上にずらずらと薬草を並べながら訊く。たまに、種子だけで逃げるやつ、花だけで逃げるやつがいるので、ピン止めしなければならないのが面倒だ。
「いい感じだな。おっ、キツネノテブクロもあるなあ。でも、これは今回の惚れ薬には使えない。しかし、他の薬に使えるな」
ぱくぱくと動きまくる花の束。そう見えるキツネノテブクロを持って、須藤は嬉しそうだ。その反応を見る限り、かなりヤバい薬効があるのだろう。
「危険なやつに入ってたね」
胡桃はしっかり覚えていて、なんで採ってくるんだろうという顔をしている。
たぶん、単純に欲しかったからだろう。それに真っ先に気づいている旅人が遠い目をしていた。前回の森で佳希に振り回されたおかげで、実体験済みでもある。
「イヌホオズキは使えそうだな。これは軽い目眩程度の幻覚作用で済む」
しかし、ちゃんと使えるものも入っていて、ひょいひょいと須藤が選り分けた。その中の三分の二は今回の研究で使える材料となった。
「ふむ。なかなか優秀だ。この中のものと、酩酊感を覚えさせる薬と相性が良ければ、目指す物はすぐに作れるだろう。しかし、薬効が確かでもすり替えが上手くいかないとどうしようもないからな」
そこで須藤が大狼を見る。
「ええ。問題はその少女がかなり強く増田先生を求めているということですね。欲求が大きいということは、すり替えを跳ね返される可能性が高いです」
大狼は昨日からあれこれ調べていたのか、こめかみをトントンと叩きながら答える。ああやって頭の中に定着させたものを魔法で呼び起こしているのだ。俺が森で図鑑を調べていたのと同じである。
「やはり何度かチャレンジする必要がありそうだな。そうなると、あまり強い成分が使えないという問題点が立ちはだかる」
「そうですねえ。暗示魔法を併用したとしても、難しいかも」
須藤の悩みに、遠藤もふむふむと頷いている。やはり、幻覚作用のある薬の連用は避けたいようだ。
「そもそも何にすり替えるかも問題だよな」
俺は増田に勝てるものって思いつかねえしと、昨日から考えていることを口にする。それに、須藤もそうだよなあと同意してくれた。
「あの人は、色んな意味でぶっ飛んでるから」
しかし、その先に続いたのは、ただの憧れの存在では済まないのだという一言だ。
「自信満々な方だそうですね」
また増田を苦手とする人物が現われたぞと、俺はそう訊いてみた。須藤がどう考えているのか聞いてみたい。
「そう。奴はまあ、無敵だからな。ただし、女子にも男子にも言い寄られて困っているくらいで」
で、須藤はそんなことを言って、やれやれと首を振っている。
(増田、男にも言い寄られるのか。ちょっとだけだけど、ざまあみろって気分になったぜ)
俺は紬の夢見る顔を思い出し、あの状態の男にも言い寄られている男を想定し、少しすっきり。
「藤城。お前ってたまにとんでもなく腹黒いよな」
「えっ?」
何を想像しているのかバレバレだったようで、旅人にドン引きされてしまった。
「それだけ言い寄られても、今まで問題にはならなかったんですか?」
大狼が質問と手を挙げて訊く。確かに、今回はたまたま俺に相談があったからこんな会議が開かれているが、今まではどうしていたのか。
「そりゃあ問題になっていたが、増田自身が対処していた。その方法はとてもえげつなく、病院送り、最悪はアンデッドへ転生だ」
「・・・・・・」
須藤の答えに、その場にいた学生全員がマジかよと黙り込む。つまり、容赦なく返り討ちにしていたということだ。それも増田が得意とする多重攻撃魔法で。
そりゃあ、生きて帰ってくる確率は低いだろう。しかし、増田だって好かれた相手を殺さなきゃいけないわけで・・・・・・あれ? 頭の中が混乱してくる。これって一体、誰を守るための惚れ薬なのだろうか。
「というわけで、これ以上悲劇を繰り返さないためにも、穏便に済ます薬が必要ってわけです」
遠藤がほわんとそう纏めてくれるが、そう簡単に学生たちの引き攣った顔は戻らないのだった。
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