第17話 魔法薬学沼って・・・

「鈍臭いわね。どうして火力調節を間違うのよ」

「いや、あの、こっちから火が噴きましたけど」

 詰られる旅人は、無茶苦茶言わないでください、文句を言う桐亜を睨んだ。

 ああ、桐亜って、意外と気が強いんだな。

 俺は昨日、好みと言っていた桐亜と組めて鼻の下を伸していた旅人に、ご愁傷様と心の中で手を合せる。

「ヘクソカズラは熱変成が必要だけど、あまりに強烈な熱を与えられると反撃してくるのよ。次は気をつけて」

「いや・・・・・・はい」

 反論しようとしたようだが、睨まれて旅人は頷いた。

 うん、凄く意外。

「石野は見た目穏やかだが、実験になると人が変わるんだよなあ」

 横にいた天も、ご愁傷様という顔をしていた。どうやら先輩たちの間では有名なようだ。

「って、ヘクソカズラって凄い名前っすね」

 俺はそれより薬草の名前が気になるんですけどと、天に質問してみた。すると、天は次の噛みつき朝鮮人参を手に持ちながら

「その昔、隕石衝突よりもさらに前から、その草は臭いことで知られていたんだ。万葉集でも糞葛くそかずらと書かれているほどでね。で、近代になって命名した人が、よほど我慢ならなかったのか、屁まで追加したってわけ。ちなみに今でも臭い。さっきの爆発も、熱を加えすぎたことでヘクソカズラの臭気成分に引火したんだ」

 と、さらさら答えてくれた。

「む、昔から相当な嫌われ者だったんっすね」

 俺は噛みつき朝鮮人参の口に乳棒を突っ込みながら、そんな草ってアリかと呆れてしまう。

「ところが、花は可愛らしいから昔から人気はあるんだ。臭いのは葉っぱや茎で、花自体の匂いは悪くないんだよね、これが」

 名前は悪いが人気もあるんだよと、天は容赦なく朝鮮人参を包丁で真っ二つにしつつ、草って一筋縄ではいかないんだよとしみじみ呟く。

 ちなみにさっき乳棒を突っ込んだのは、真っ二つにする時に悲鳴を上げるからだ。別に悲鳴を聞いて気を失うというマンドレイクほどの威力はないが、耳がキーンとするので、そのまま処理するのはオススメしない。

「昔も昔で色々と厄介だったんでしょうね」

「そうだね。興味あるなら隕石衝突前の図鑑、貸してあげるよ。毒草図鑑は意外と役に立ってね。今では魔法薬成分を含む植物に変化してるんだ」

「へえ」

 俺は時間のある時に(今はまだ、授業に追われている状態なので無理)借りることにした。

「朝倉先生の部屋にいるからいつでも来てよ」

 それに対して天は、いつでもウエルカムと包丁を持ったまま笑ってくれた。




 薬草を処理すること一週間。ようやく回復薬への調合に辿り着けたが、この先は一年にはまだ難しいので、三年四年と朝倉が担当することになった。

「前段階でもかなり大変だったよな」

 旅人は焦げたせいで短くなった前髪を弄りながら、生傷が絶えないぜと嘆いている。あの後も色々と怪我したようだ。こういう時、パートナー選びの大事さが身に染みて解る。

 俺はずっと天と組み続けたおかげか、怪我はほとんどなかった。ついでに薬草の知識もあれこれ知れて、随分と薬学に詳しくなったと思う。

「楽しかったよね」

「ねえ。これが薬学に嵌まる理由の一つなんだよね」

 でもって、胡桃はどっぷり佳希側の人になったようだ。佳希はうんうんと頷き、魔法薬学沼にようこそと迎え入れている。

「いや、沼って表現は止めて欲しいよな。まあ、俺も徐々に面白さが解ってきたけど」

 俺はあのレベルまではまだと苦笑する。

「いや、沼だろ。知れば知るほど解らないことが出てくるんだから。その昔、何かのマニアになることを沼と表現したというし」

 旅人は怪我した分だけ知ったことも多かったよと遠い目だ。こっちは実践形式で学んだというわけか。

「ははあ。昔から、何でも極めるって大変ってことか」

「だね」

「ってなると、天先輩はどっぷり沼の中だな。ここの職員になる試験を受けるらしいし」

「うへえ。四年後の進路がそれって、ううん」

 まだ薬学に骨を埋める覚悟はねえわ、と旅人は嫌そうだ。

「ううん。俺はまあ、どうだろう。試験があるって言ってたからな」

 成績次第かなと溜め息を吐く。

 魔法薬学研究科に入学して一か月。怒濤のごとく日々が過ぎ去っていて、あれこれ考える暇もなくなっていた。

 そう言えば、爆発事故に巻き込まれた友葉は元気だろうか。実験室に籠もっている時間が長かったから、さっぱり解らない。

「久々の授業再開だね。やるよ~」

 と、そこに魔法科学の教科書を持った遠藤が入ってきて、友葉のことを考えるのはお預けになってしまった。

「魔法科学をしっかり知ることで、薬品の調合も上手くいく。というわけで、この間採ってきたソテツを例に考えていくよ」

 遠藤はマイペースにソテツの実を教壇で掲げている。

「ソテツって、魔蒸留酒に漬けたよな」

 俺がこの一週間の作業を思い出して言うと

「その通り。でも、それは薬に使えるように、ソテツにある毒成分をアルコールで変えるためなんだよ」

 遠藤がふむふむと頷き、ソテツとアルコールと書いた下に化学式をつらつらと書き連ねる。

「ソテツにはこの部分、OH基が余分な部分が存在する。ここをアルコールで溶かしてあげると考えると、解りやすいの」

 そしてそう説明してくれるが、俺はぽかんとしてしまった。

 まだまだ沼に嵌まるのは遠そうだった。

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