第11話 憧れは人それぞれ

「えっ? 憧れない? 隕石ゾーン。あそこって未だに魔法が強くて立ち入りを制限されているじゃん。そんな場所だから、地球とは違うものが一杯あるって話だよ」

 旅人は真面目に走りつつ、隕石ゾーンの魅力について語ってくれる。

 ちなみこの隕石ゾーンとは、地球に魔法をもたらした隕石が、そのまま地球に食い込んだ形で止まって残っている場所のことだ。ぶつかった隕石がそのまま何事もなく地球に食い込んでいるあたり、隕石のもたらした物理法則の崩壊の証拠といえる。おかげでかつては綺麗な球形だった地球は、今やそれなりに大きな隕石が食い込んで、雪だるま型になっているのである。

「いや、俺はそういう冒険とかしたくないタイプ。それよりもさ、全世界に中継される国家間魔法対抗試合の方が憧れるよ」

 俺はそれよりも、かつてのオリンピック、今や国家魔法師による新たな魔法の披露の場となっている、国家間魔法対抗試合に出たくてしかたなかった。

 やっぱり国家魔法師がカッコイイ職業として認識されているのは、その対抗試合があるからだ。そこで活躍できるなんて、これほど憧れることはない。

「へえ。意外と藤城ってヒーロー願望があるんだ」

「うるせえな。トレジャーハンターに憧れて冒険に出たいお前に言われたくない」

「いいじゃん。新たな発見が出来たらお金ががっぽりだよ」

 旅人は力説したものの

「でも、俺たちには遠い夢だけどな」

 と付け足して遠い目をする。

「ああ」

 俺も同じく遠い目をして、所詮は薬学研究科ですからねと溜め息だ。

「おらっ、男子ども。遅れているぞ。それが終わったら空中浮き上がり五十回!」

 しかし、魔力安定のためのトレーニング、魔法学の授業は容赦なく続き、俺たちは一時間目から足がガクガクになるのだった。




「鬼か」

「あれをずっとやるって考えると、魔法科って大変だなって実感するな」

 次の植物学の授業で、ようやく白衣を着て机に向うとなった時、俺と旅人はぐったりしていた。それは女子たちも同じで、胡桃はちゅうちゅうと甘ったるいコーヒー牛乳の五百ミリリットルパックをストローで吸っているし、佳希はエナジードリンクを飲んでいた。

 こういう嗜好品は隕石衝突前からあまり変わっていない。とはいえ、成分は昔とは異なるし、何よりコーヒー牛乳に入っている牛乳は、巨大化した牛の乳だ。さすがに二階建ての家クラスの牛は珍しいが、大体が建物の一階相当ぐらいの大きさがある。

「おう、扱き授業、ご苦労さん」

 と、そこにのんびりと塩崎が登場だ。学科長なのに授業を多く受け持つこの教授は、一年生がへばるのは仕方ないよねと苦笑している。

「あれ、必要なんですか?」

 国家魔法師になるわけじゃないのにと、今度は憧れの職業を言い訳にする俺だ。

「何を言っている。君たちも魔法使いなんだ。正しい魔法体力は必要だろう。それに、魔法薬学でも魔力は使うし、危険な植物と戦うことだってある。薬学研究科とはいえ、魔法とは無縁じゃないんだぞ」

 塩崎は朗らかに笑いながら、物騒なことをぶっ込んでくる。

 何だよ、危険な植物と戦うって?

 呆れ返っている俺だが

「やっぱり植物の凶暴化は多いんですか?」

 エナジードリンクを飲み終えた佳希が質問した。

「そうだね。やはり隕石から地面を伝って魔力が多く入ってくるからだろうね。植物は影響が多い」

 それに関して、塩崎は難しい問題なんだと腕を組む。

「植物って凶暴化してるのか?」

 が、俺は実感のない話だ。確かに農園に植えている花は漏れなく噛みついてくるし、ツタ科植物は絞め殺そうとしてくるが、そういうものだと受け入れてしまっている。

「大昔の植物はその場から動かないし、噛みつかないし、絞め殺そうとはしなかったんだよ」

 塩崎はもうこれが当たり前になっちゃってるけどねえと遠い目だ。とはいえ、塩崎だって普通の植物なんて知らない世代である。ギリギリ祖父母から聞いた世代だ。

「隕石ってやっぱり凄いんだ」

「もちろん。物理法則の変化だけでなく、多くの変化をもたらしたからね。何もかもが一から始める必要があったんだよ。ただ、隕石がぶつかったおかげで地球環境の悪化というのは止まったそうだけどね。総てが魔法に置き換わったことで、車は必要ないし、電気製品も変化したおかげだ」

「ふうん」

 中学の時の歴史の授業で習った気がするが、俺は勉強が苦手だ。そういうものなのかと適当な返事しか出来ない。

「さて、では、危険植物の話題が出たから、今日は攻撃してくる植物について学んでいこう。教科書五十二ページを開いて」

 塩崎は雑談はこのくらいでと、教科書を開くように促す。植物学の教科書もご多分に漏れず図鑑級だ。いや、実際に写真が多いから図鑑そのものだ。

「最初に出てくる銀杏いちょうの写真を見てほしい。これはその昔、街路樹としても人気だった、安全な樹木だった」

 塩崎は言いながら黒板に銀杏とでっかく書く。それ、必要かと思う板書だ。

「ところが、隕石衝突以後、これらの木は人を喰うようになった。今では伐採されて街路樹として見かけることはない」

「うわっ」

 しかし、続く説明に俺はマジかよと顔を顰める。横にいる旅人も嫌そうな顔をしたが

「たまに、食べられて首のない死体が見つかるそうだよ」

 と教えてくれた。それに、塩崎は反応してそうなんだよと頷く。

「銀杏の好物は動物の頭部でね。人間もそうだが、猫や犬が捕食された例は多い。ちなみに大学の植物園にも銀杏があって、これには動物科から分けて貰ったネズミを餌にしている」

 さらに大学にもあることを教えてくれた。って、ペット感覚なのか?

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