第9話 薬学研究科、楽しいぜ

 馬鹿でかい動物に薬を飲ませるのが、こんなにも大変だとは思わなかった。

 俺は恐竜の唾液でべとべとになった身体に、うへっと顔を顰める。目の前の恐竜は薬を吐き出し、ぷいっと顔を横に背けてくれる。

「まあまあ。吐き出すのはご愛敬よ。人間は薬が苦くても、これは自分の身体を良くするものだって理解出来るけど、動物にとっては苦いものは危険って判断しちゃうからね」

 田中は俺が担当していた恐竜を宥めると、食べられてしまうんじゃないかと不安になるほど腕を差し込んで、恐竜の喉の奥に薬を放り込んだ。恐竜はびっくりしたような顔をしたものの、奥に入ってしまった薬は吐き出せず、そのまま飲み込むことになる。

「ぐううぅ」

 不満そうに唸ったが、田中によしよしと撫でられると、素直にそのまま座り込んだ。

「これで大丈夫よ。ごめんね、薬学研究科じゃあ、動物の対処法なんて教えてないのに」

「い、いえ」

 恐竜のついでに俺まで頭を撫でられて、それはそれでまんざらでもないのでいい。大人しく撫でられていると、恐竜が鼻先を近づけて俺を押した。

「何だよ」

「あら、焼き餅を焼いたみたい」

 くすっと笑う田中は可愛く、恐竜もペットみたいな反応をすることがあるんだなと、俺も笑ってしまった。

「さて、薬学研究科諸君、この後は牧場の草むしりだぞ」

 須藤は総ての恐竜が薬を飲み込んだのを確認し、俺たちにそう声を掛けた。くぅ、また草むしりか。

「動物研究科の学生にも手伝わせます」

 田中はすぐに動物研究科の暇な学生十五人を集め、こうして広大な土地の草むしりは、思っていたよりも早く終わったのだった。




「ああ、疲れた」

「なっ」

「でも、なかなか出来ない経験よね」

「薬学研究科の範囲は広いな」

 魔法学院からの帰り道、俺たち一年四人は口々に今日の出来事を思い返して感想を述べていた。ある程度知っていた佳希も、動物の薬まで担当しているのは知らなかったと、感心している。

「たった三日で悔しいところだけど、朝倉の再受験する気はなくなるって言葉、理解した」

 俺は恐竜のせいで汚れた服が詰まるカバンを振り回しながら、刺激が強すぎるもんなと苦笑してしまう。

「確かに。飽きる暇はなさそう」

 旅人も疲れたけど楽しかったと笑顔だ。

「実験も、ああいう昔ながらの方法もあって楽しいもんね」

 胡桃も思っていたより学院生活が楽しめそうと笑っている。佳希は言わずもがな。薬学研究科のメンバーは今日の経験で一致団結していた。

「そんなに嫌なら辞めれば?」

 と、そこに俺たちの気持ちとは真逆の言葉が飛んできた。見ると、ローブを纏った女子たちがいる。あれは魔法科の制服だ。俺たちがあちこちを白衣で移動するのと同じく、魔法科は基本的にローブを纏っている。しかも優秀な魔法使いの卵という証明みたいなもんだから、ああやって学外でも着ている奴が多かった。

「魔法科か」

「エリートどもだな」

 俺の呟きに、旅人も悔しそうに呟く。しかし、女子たちの雰囲気は全く和やかではない。

「そんなっ、私は」

「高倍率の魔法科に受かっておいて、泣き言はないんじゃない?」

 途切れ途切れだが、そんな言い合いが聞こえてくる。エリートにはエリートの悩みがあるようだ。特に国家魔法師という資格が絡む分、入ってからも大変らしい。あの一団もそういうことで揉めているのだろう。

「もういいっ!」

 詰られていた女子がこちらに走ってきた。と、その顔を確認して俺は驚いてしまう。

「友葉」

 俺が声を掛けると、友葉がこっちを見た。その目は少し潤んでいて、今にも泣きそうな顔をしている。

「あっ、真央」

 俺に気づいてほっとした顔をしたが、周囲に知らない連中がいて、すぐに顔が険しくなった。

「なに、知り合い?」

 旅人が遠慮がちに訊いてくるので

「ああ、うん。幼馴染み。悪いけど、俺はこいつと帰るな」

「うん。じゃあ、明日」

「藤城君、バイバイ」

「疚しいことはするなよ!」

 旅人、胡桃、佳希はそれぞれ個性的な別れの挨拶をして去って行く。それに俺は手を振り返しつつも溜め息だ。

「薬学研究科、楽しそうだね」

 そんな俺たちを見て、友葉は疲れたように呟く。たった三日なのに、こちらはもう嫌だという顔をしている。

「まあ、変人の巣窟だからな。医学研究科のことを言えないくらいに曲者揃いだよ」

 俺はそんな暗い顔に引っ張られないように、極力明るい声で言った。

「そっか」

 友葉はぎゅっとローブを握り締めている。それに、俺は誤魔化せないかと溜め息だ。

「魔法科は、大変そうだな。みんなライバルって感じか」

「うん」

「だよなあ」

 先ほどまで友葉と喋っていた女子たちは、こちらを探るように見ている。そして、くすくすと笑っていた。まるで嘲笑うみたいで、俺はむっとしてしまう。が、ここで俺が腹を立てたら友葉が困ってしまうだろう。

「あっちでパフェ食って帰ろうぜ」

 俺は友葉の腕を引っ張ると、近くにあったカフェに入った。魔法がはびこる世界になろうとも、日本人はカフェでだらだらとお喋りをするのが好きで、あちこちに店舗がある。入った場所はパフェやクレープといったデザートに力を入れている店だ。

「ご、ごめんね」

「いいよ。俺、疲れて腹が減ってたんだ。今ならここのデラックスパフェを完食できる!」

 戸惑う友葉に、一番デカいパフェを食ってやるぜと、俺は出来る限り明るく振る舞った。すると、ようやく友葉に笑顔が戻る。

 

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