第7話 牧草地は多種多様

 牧草地は草食恐竜類が食中毒を起こしたとして、一時的に閉鎖されていた。おかげで馬鹿でかい牛やペガサスに追い掛けられることなく、ゆっくり捜索できる。

「とはいえ、ここは動物たちの食事の場だ。早く特定してやらないと後が大変だ」

 雅がそう言いながらしゃがむ。俺たちもしゃがんでみたが、いかんせん、まだ勉強を始めて三日だ。草の形がそれぞれ違うのは解っても、どれがどれだか解らない。

「牧草って、同じ草が生えているんじゃないんですね」

 胡桃の意見に、俺も旅人も大きく頷く。

「牧草でメジャーなのは隕石の激突前から変わっていないそうだ。畜産業に関わることだから、真っ先に調べられたのだろう。これがアルファルファ、こっちがオーチャードグラスだ」

 しかし、第一志望が薬学研究科という佳希は違った。二つの草を抜いて、名前を教えてくれる。

「おっ、凄いじゃん、市村ちゃん。そう、牧草っていうのは百五十年前からそんなに変化はないし、栄養価が少し変わったくらいで、危ない成分は含まれていないんだ。野菜も半分くらいは昔と変わらず食べられたように、危険のない植物というのも意外と多いんだよ」

 雅はぐっと親指を立てて教えてくれる。最初はツンケンした人なのかと思っていたのに、意外とお茶目だ。

「ここの牧草に植えられているのは、今、市村ちゃんが言った二つに、このチモシーってのと、イタリアンライグラスの四種類だ。この四つ以外の草を取り敢えず探してくれ」

 ぱっと見ではどれも同じに見える草だが、房がついていたり実のようなものが付いていたりする。名前はすぐに覚えられないが、特徴は覚えやすそうだ。

「では、散らばれ。端から中心に向って行くんだ。移動魔法が使える奴、あっちの端を頼む」

 雅が牧場の反対側を指差してそう言うと、名乗り出たのは胡桃だった。

「じゃあ、行ってきます」

 そう言うと、あっさり姿を消してみせる。

「羨ましい」

「なっ」

 移動魔法が苦手な俺と旅人は、大人しく歩いて行ける距離に向う。佳希はというと、すでに地面に這いつくばり、真剣に草を探している。これはサボっていられない。

「頑張るしかないか」

 ぐったりした草食恐竜類の姿を思い出し、俺も牧草が茂る地面を睨み付けたのだった。



 牧草地に這いつくばること一時間。中心に集まった薬学研究科のメンバーは、それぞれ牧草とは違うと判断した草を大量に持っていた。

「やっぱり農園や近くに山もあるから、別の種類が混ざっているな」

 予想以上に豊富に採れたことに、雅は呆れてしまう。これでは食中毒を起こした植物を特定するのは大変そうだ。

「おおっ、やっているな」

 と、そこに気怠げな朝倉の声がした。声がした方を見ると、箒に乗った朝倉の姿がある。

「先生」

「恐竜たちの命に危険はなさそうだと判断したから、こっちの応援に来たぞ。で、牧草以外にそんなにもあったのか」

 朝倉は地面に降り立つと、こいつは沢山採れたなと、一年生の抱える草を眺める。そして、それぞれが抱える山の中から、何本か引っこ抜いていく。

「これとこれ、それにこれが怪しいかな。この三つ、かなりの数が生えていたんじゃないの?」

 そして三種類の草を五人に示す。

「はい。いっぱいありました」

 俺が答えると、先輩の雅も同意してくれた。

「群生する草ですね」

「そう。あれだけ身体の大きな動物が集団で食中毒を起こすとなると、それなりの数があったはずだ。そして食べ尽くしてはいないだろうと判断すると、成長が早くまた群生する植物に特定できる」

「おおっ」

 朝倉の説明に、初めて教授らしいと実感した俺だ。朝倉は基本的に授業を受け持っておらず、研究室に籠もっているから尚更だ。意外にも学科長の塩崎は授業を受け持っている。

「さすがは魔法薬学会の至宝。すぐに判別されるなんて」

 雅はキラキラとした目で朝倉を見ていた。それは佳希も同じで、うんうんと頷いている。

「えっ、朝倉先生って、超凄い先生なの?」

 俺は失礼にも本人がそこにいるのに訊ねてしまう。

「凄いんだよ。ここ十年の研究成果は総て朝倉先生のものと言っても過言じゃないんだから」

 雅はそう言って俺を睨むが、残念ながら魔法薬学素人である。偉人もへっぽこも知らない。

「そんな話はどうでもいい。まずこの三種類の成分の特定だな。須藤先生と合流して実験するぞ」

 朝倉はやる気なくそう言うと、自分だけ先に箒で帰って行ったのだった。




 実験実技Ⅰの授業をしていた教室に戻ると、まず一年生たちは怪しい草たちを刻むように命じられた。

「半分はみじん切り、もう半分はすり潰すまでやってね」

 須藤に指示されるまま、俺たちは慣れない包丁で草を刻み、ごりごりとすり鉢で草をすり潰す。

「みじん切りにしたやつは顕微鏡にセット。すり潰したやつは試験管に入れて。試薬を入れて反応を見るよ」

「まさに実験だ」

 この間のビーカーに入った薬を魔法で変換するのとは違い、百五十年前もやっていた手法に俺は興奮してしまう。

「なんか不思議な気分になるな」

 これは旅人も同じようで、うきうきと試験管に薬草の汁を入れていく。

「平岡は遠心分離機を使って、これを分離して」

「はい」

 先輩の雅はより高度な実験を命じられている。それを見ていると、いつか俺たちもああやって任されることがあるのかなと、ちょっとドキドキしてしまう。

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