第9話 近況編② フォレスターの良心

フォレスターの良心 (平成27年8月のこと)


 50代後半になったワシはすっかり落ち着いた日々を送っておりました。酒もたばこもギャンブルもやらないワシの唯一の楽しみは、質素なガレージ生活です。念願の大きなガレージのついた小さな家を購入し、やっと愛車たちを屋根付きのガレージで保管できるようになりました。タイヤ交換したりワックスかけたり掃除したり、天気にかかわらずやりたい放題です。ガレージって本当にいいものです。現在ガレージの中には、昨年衝動買いした初スバルのフォレスターXTと、日産の電気自動車リーフと旧キューブの3台が入っています。ワシは3台の愛車とともに、それなりに落ち着いた平穏な毎日を送っておりました。つまりリーフを無理やり売ってZ34を再購入する前のことです。


 ワシは前のZ34をリーフに買い替えて以来、走り系の車からすっかり遠ざかっていました。そのときにふと新型フォレスターの発売に触れました。世界中の道を走破するというCMでも「Xモードは極寒の地でも怯まなかった。」といっていましたように、今度のフオレスターはどんな道でも状況でもたくましく速く走るSUVということでした。SUVはこれまでパジェロイオやいすゞのウイザードを所有したことがありましたが、オフロード80点、舗装路60点、ワインディングロードについては30点といったのがワシの評価でした。確かに道を選ばず、悪天候にも雪にも強く、頼もしい車ではありましたが、一番いかんかったのが普通の国道のちょっとペースが上がるワインディングの上り下りでした。登りは基本的にパワー不足。下りは車重と重心の高さが災いしてとても苦手だったのです。ただでさえ重たいのに、4WDのメカやその他モロモロの要素を詰め込んでいるのですから当たり前のことですが、要するに重ったるい。ニュートンの慣性の法則をもろに感じる運動性能。地球上のあらゆるものは、物理には絶対に逆らえないということを身をもって感じる日々で、はっきりいって苦痛に感じるときもありました。

 CMではすごい新型のSJフレスターですが、しょせんSUVですから、いくら280馬力の直噴エンジンを積んでいるとはいえ重心高そうで重そうですから、物理には絶対に逆らえません。ワシはあまり期待せずに、キューブの車検の代車に乗って、帰りに日産の川向にあった山口スバル萩店に冷やかしに寄ってみました。

 カタログもらい、たまたまあった試乗車に乗せてもらって、思い切り走ってもいいと言われたので、お言葉に甘えて国道の山道をちょっとハイペースで飛ばしてみました。

 ワシはびっくりしました。280馬力のターボエンジンはものすごく力強くてスムーズで、どこから踏んでも思い通りに加速します。CVTと相性もいい。何よりも驚いたのは、この手の車にしては驚異の回頭性というかコーナーでのしっかり感というかハンドリングというか、重心の低さというか、とにかくワシの知っているSUVとはまったく違うのです。何もかも違うとです。思い通りに加速し曲がる。まるでスポーツカーです。ついでにハンドルの右のところに走りの特性を変えるボタンがついていて、いまのが燃費重視の「Iモード」だと聞いて二度驚いてしまいました。試しに直線で「Sモード」とその上の「S♯モード」も試してみたのですが、もう舞い上がってしまうくらい速いのなんの。バシューンと加速するのです。これならその辺の速い車には負けないでしょう。ちなみにこの驚異の回頭性は、スバル自慢の水平対向エンジンによる重心の低さによってもたらされているそうです。ワシは目が点になって、とても真面目そうなセールスさんの説明を聞いておりました。そして「スバルの車って初めて乗ったけど、面白くてすごいなあ。」と感心してしまったのでした。そういえばスバリストなるスバルと水平対向エンジンを愛する方々がいらっしゃることを思い出して、なんとなくスバリストの方々の気持ちがわかるようなきがしました。ワシはこれまで、地味なスバル車なんかに興味も関心も持たなかったのですが・・・。

ワシはこのフォレスターXTがどうしても欲しくなりました。一生乗るつもりで大事にしてきたデリカD5を下取りに出してフォレスターを購入しました。フォレスターは見た目も内装も地味でしたが、ワイパーの氷結を防ぐ「ワイパーディアイサー」やバックフォグ、ヒーター付きパワーシート、ヘッドライトウオッシャーなど実用的な装備満載で、ワシはスバルの良心を感じました。またオプションのデイライトはスイッチでオンオフができるのでワシのような貧乏性にはとてもうれしい装備でした。それからスバルの誇る「アイサイト」のことも触れなければなりません。もちろんワシにとって初アイサイトです。オプションで10万円もしましたが、ものすごく運転が楽になりました。特に追従機能がすごくて、最初はギクシャクしていましたが学習能力があるのだと思いますが、今ではとてもスムーズで燃費も良くて、ワシよりも運転が上手になりました。ワシのアイサイトはversion2で、二世代も前のものですが、未だにしっかり機能するというか、他社のよりはるかにいいというか、つけた価値は十分にあったと感じています。基本的には遠方に行くときか悪天候のときにしか使っていないのですが、今でも頼もしい相棒です。フォレスターは今年で8年目を迎えますが、こんなに長く所有したのは初めてです。


 ところで突然ですが、日産の新型(三代目)エクストレイルが、本当に突然に我が家にやってきました。ワシのキューブが車検を迎え、隣の県のいつもの日産に一週間ほど預けることになったのですが、その代車として、太っ腹というか何というか、エクストレイルしかも何やらかんやら装備満載のたぶん一番高いグレードのほぼ新車状態の試乗車をポーンと貸してくれたのです。

 帰りは大雨だったのですが、自動でワイパーが動いたり、ルームミラーが液晶みたいになっていて、暗くても後ろの景色が昼みたいに映ったりでけっこうすごいな。これ。オールモード4×4もいい感じで、家までの1時間60㎞を何の不安もなく快適に帰って来たわけです。それから家について「どうせ借り物だからこの際乗り回してみよう」と、遠くの街に食事に行ったり、用もないのにドライブに出かけたりして、毎日借り物のエクストレイルを乗り倒していました。自由気ままに、何の気兼ねも心配もなく、人の車を乗り回せるわけですから、ワシにとってとても楽しい毎日になるはずでした。

 ところが実際に通勤や買い物に使ったりして毎日一緒に過ごして見ると、楽しいどころか、面倒というか、すっきりしないというか、なんかこの車って使いにくいのですよ。

 なしてでしょうか?

 ワシは無い知恵をしぼって考えてみました。自分なりに分析というか原因を見つけようと思ったのですよ。エクストレイル、何がいけないのんじゃろうかと。

 まず感じたのが、モッサリ感でした。動きがえらいもっさりしているというか、運転して変に疲れるというか、遠乗りはしたくないというか、なんか乗っていて全然楽しくないのでした。。

 はっきりいって「鈍い」んですよ。この車。

 いろんな珍しい装備とかモニターとか、電子制御とか、そういった付加物がたくさんついていて確かに新鮮で物珍しくて新しいのですけど、車が「デブ」で使いにくくて乗りにくい。とてもじゃあないけど、自分で金出して買おうとは思いません。

 SUVだから?

 ワシはフォレスター出して久しぶりに乗ってみました。比較が一番です。物事は、比較することで相対的にその善し悪しが分かるものです。そしたら、軽快でか動きやすい。フォレスターが一回りも二回りもコンパクトな車に感じました。見た目もそんな感じで、実際にコンパクトなんだろうなあとに思ったので、サイズを比較してみました。 


 エクストレイル(借り物。たぶん一番高いやつ)

全長4640 HB2705 全高1715 車幅1820 車重1500kg


ワシのフォレスター(XTアイサイト)

全長4610 HB2640 全高1715 車幅1795 車重1610kg


 ところが思ったほどに大きさには差がないのでした。エクストレイルの方が30ミリ長くて25ミリ広くて高さは同じで、意外にもフォレスターの方が110kgも重い固太りであることが判明しました。だからワシは、なしてエクストレイルの方が「デブ」に感じるのかますますわからなくなりました。

 もしかしたら280馬力が原因か?パワーウエイトレシオやトルクウエイトレシオの関係かとも考えたのですが、280馬力じゃあないノンターボのフォレスターにも乗ったことがあるのですが、ワシのよりも軽快感があって、きびきび動くと感じたことを思い出したので、この分析も違うということになりました。

 なしてなのでしょうか。

 それから真夜中にタイム計りに行ったり、高速走ったり、ワインディングに持ち込んだりと、借り物のエクストレイルで走り回っていたら、いろんなことが分かってきたような気がしてきました。さっきの感じと矛盾するようですが、

「この新型エクストレイル、速く走るとそんなに悪くないぞ。」と。

確かに、近所に買い物に行くときは、無駄に大きくて扱いにくくて、もっさりしているけど、国道飛ばすと安定感があってすごくいい感じだし、高速ではぴたっとしているし、中は広いし乗り心地だってけっこういいかも知れません。さすが日産という感じで、走りに関してはしっかり作ってあるのです。

 ワシはますますわからなくなり、仕事もせずにいろいろと考えておりました。


 その原因がやっと分かったのは、車を返す前の日に、いつも行く混雑したスーパーに買い物に行ったときのことでした。

 取り回し難い。バックモニターあるけど感覚的にバックしにくい。もっさりしとる。動かしにくい。フォレスターなんかスイスイいけるのに。

 なして?

 大きさあまり変わらんのに。

 ちょっと幅が大きいだけじゃん。

 車幅?ちょっと?

 もしかして、ちょっとの車幅?

 車幅・・・・。

はっきり言いますが、デブに感じる原因、それは車幅です。フォレスターとの差、たった25ミリの車幅か、エクストレイルのいいところをすべて台無しにしていると思ったのです。前の二代目のエクストレイルは、現行のより小さく感じるのですが、仕事もしないで調べてみると実際の数値は、車幅を除いてほとんど同じ大きさでした。ただ、車幅は1790ミリで、30ミリも小さいのです。

 人間の感覚については人それぞれでしょうが、適正値というものがあるとしたら、車幅の場合、きっと1800ミリが境界なのではないかとそのとき考えました。

 確かに、たった2、3センチのことなのですが、その限界値を超えるか超えないかって、人間の感覚にとってとても大きなことじゃあないかと思うのです。

 これはあくまで私の個人的な推測なので、あまり気にしないで欲しいのですが、日産というメーカーは、技術陣の高い志や技術ややる気や成果を、空気が読めないけど口だけは達者な役員連中が、すべて台無しにすることが多いような気がします。R33スカイラインあたりからそんな雰囲気はひしひしと伝わって来るような車がポンポンと発売され、日産が好きだった私は「大丈夫かいな。」と心配していたら、あっという間の経営破綻。ゴーンさんが来て、この体制を打破してくれたからこそ、今の日産があるのだと思います。(ところがそうでもなかったことが判明してゴーンさんがどっか行って大騒ぎになる前のことですのであしからず。) 

 というわけで、新型エクストレイルなのですが、スタイルや見栄えや、そんなことを優先してユーザーの使い勝手なんかあまり考えなかったような気がしてならないのでした。日産の悪いパターンにはまってしまったというか、この1800ミリの限界を仕方なくイヤイヤ超えてしまったのではないかと推測したわけです。

 スバルの開発陣は、この限界を超えるといっきに車を大きく感じるようになって、乗りにくくなると知っていたから、それを超えることを絶対にしなかった。そんな気がしてならないのです。ワシは初めてスバル車フォレスターを所有しました。その質実剛健ぶりに感心し、実直な車作りを実感し、確かに華はないけれど、走りと安全に関する部分については驚くほど丁寧に作りこんであることを知りました。たとえスタイルや豪華さで、ライバル車に引けを取ることが分かっていても、スバルの開発陣は、ユーザーの使い勝手を優先し、1800ミリを死守してくれた。これがスバル、つまりフォレスターの良心じゃあないんかと、改めて感じたというか思いついたわけなのです。

 思えば冷やかしで見に行って、はずみで買ってしまった初めてのスバル車フォレスターでした。しかし、大雪、大雨、冠水ものともせず、変な車に追いかけられても平気で振り切ることができて、広くて運転しやすくて、安くていろいろ装備がついていて、燃費が良くて機敏で小柄で使い勝手が良くて、そんな理想的な車がフォレスターでした。


追記(令和3年4月)


 去年の10月に3回目の車検を取りました。ワシにとっては驚異的というかこれまで経験のないことです。ついでのバッテリーとタイヤを新品に交換しました。走行距離は約26000kmです。

 乗ってみたら、スバルの車の素晴らしさがとてもよくわかりました。飽きっぽいワシが、もう8年も所有していますから。こんなに乗るつもりはまったくなかったのですが、これを超える車がないというか、必要十分というかいまだに十分満足しています。

 たしかに華はないです。パドルシフトだって安っぽいし。内装は安っぽいし、ナビは機能優先で地味だし。でも車としての本質、走る、曲がる、止まるの機能は素晴らしくて、遠出をしても全く疲れない。何よりも驚いたのは、車に乗ればすぐ酔ってしまう友達♀が、まったく酔わない。これこそ「なしてですか?」です。

フォレスターはSUVです。SUVっていうのは重くて重心高くて曲がらない。かっこだけのSUVだって軽いけど物理的に重心高いから、同じコンポーネンツ使ってつくったセダンタイプに比べると、運動性は絶対にかなわない。セッティングで素人ごまかすのは簡単だけど、それでも乗り比べたら全然違うことがわかってしまいます。

 つまりSUVタイプの車は、どんなに強力なエンジン積んで4WDの部品外して軽量化して、足回りがちがちにして旋回性能を高めても、BRZのようなヒラヒラ感というか運動性は絶対に出ない。物理は絶対に超えられないのですから。

 ずっと思って信じて疑わなかったことなのですが、この考えはごくあっさりと消えてしまいました。確かに、SUVっぽい動きも残っていますが、あまり気にならない。とにかく鼻が軽くてセダンのようにすっと曲がる。走りが軽い。けっこうヒラヒラ動く。これらはすべて、水平対向エンジンがもたらす低重心のおかげなんですよね。水平対向、直噴ターボエンジン。けっこうターボラグがありますが、このタイプならまったく気にならない。それから一応280馬力で、燃費は普通に走って14キロオーバー。嬉しい誤算でした。悪天候でも全く平気。しかもアイサイトで運転楽々。

ワシは目が覚めてしまいました。スバルのフォレスター。SUVに水平対向エンジン。低重心でこんなにSUVと相性がいいとは。

率直な感想なんですが、一言でいうと使いやすい。ユーザーの視点第一というか、バシッと筋が通った車作りをしているというか、そんなことが今でも伝わってくるわけでありまして、現場から経営陣までがバシッと一つの方向を向いてクルマをつくっていらっしゃることが伝わってくるのです。そんなスバルの良心を感じながら、ありがたく毎日乗らせてもらっているわけです。

本当に冗談と興味本位と弾みだけで、ろくに考えもせず買ってしまったフォレスターでありますが、思いがけず(失礼)良いクルマでありました。スバルという会社の良心がひしひしと伝わって来る本当に良いクルマでありました。


(さらに追伸)

 なぜかシフトレバーの根本のピアノブラックの加飾パネルがついています。見栄えをよくするためにつけてくれたのですね。でもちょうど太陽光が反射して助手席の人が眩しくてたまらないそうです。慣れないことをするからこうなったのだとちょっと微笑ましく感じました。

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