手土産



「そう、ですか。クレイ様は今日も戻られてないのですか……」

「ごめんなさいね、コンスタンス。あの子はまだ――いいえ、二週間ほど家を空けておりまして」

「それは残念ですわ、おば様」


 クレイの実家、ラグオット公爵家の主は母親であるヴィクトリアが勤めている。

 夫は十年ほど前に死去してしまい、ヴィクトリアが女公爵となっていた。いずれクレイが跡を継ぐはずだが、まだその気配はないし、自分もいつかは公爵夫人と呼ばれて王族の仲間入りを果たせると夢を抱いていたのに。コンスタンスの未来はあっけなく砕けそうだった。


「ところでこのケーキは素晴らしいお味ねえ。貧乏な我が家ではなかなかお目にかかれない」

「……お気に召して頂ければ何よりですわ、おば様」

「まあまあ、このチョコレートもまた素晴らしいお味で」

「ははは……あの、クレイ様はどちらに?」


 パクパクと遠慮なくそれらのお菓子を平らげていく女公爵はまさしくクレイの悩みの種で……彼女の高級食材を愛する肥えた舌のせいでクレイがいくら稼いで来ても、この家はまとまった資金を作れないでいる。息子の結婚よりも自分が大事だという女公爵は、「親をぜいたくさせるのが子の務め」、と言い張ってその美食を止めようとはしない。コンスタンスを嫁に迎えれないのは、国王様がよく開催している武術の大会で優勝しないクレイが悪いと言って聞かないなど己の行いを正そうとはしないのだ。


「うーんと、そうねえ。あの子、確かバルッサムの離婚を祝うとかなんとか言っていたような」

「バルッサム様? あの王国騎士の?」

「そうそう、その王国騎士の。最近、離婚したそうよ」

「……離婚、ですか。あの、私の結婚はいつほどになりますでしょうか?」

「え? さあ、どうかしら。それはあの子に言ってもらわないと」

「ですが、おば様。言おうにもどこにいらっしゃるのかが分かりません……ですよね?」

「それはそうですが、ああ、これも美味しいわねえ。ワインが欲しくなるわ、このチーズケーキ」

 

 ワイン。

 どこまでも話に付き合う気がないらしい女公爵は、メイドにワインを持てと命じていた。

 このままではどこまでも平行線だわ。

 コンスタンスはそっと夫人の皿に手を添えると、それをゆっくりと引き寄せていた。


「おば様。これもタダではないのです。我が家の好意と思って頂きませんと」

「あっ、私のケーキ……はい、そうですね」

「おば様? おば様のあの楽器の腕前、国王陛下の御前でも幾度となく披露なさったとか?」

「え? ええそうですけど、あ、そのケーキたちまだ手を付けてない……」

「では、他の貴族様たちから祝いの席で是非演奏をしてくださいと依頼が常にあるのをお断りになっているというのも本当ですか?」

「待って、下げないでコンスタンス。まだ食べてない――その通りですよ、私の音色をあんな家柄の低い貴族どもに……」

「おば様。クレイ様はどちらに?」

「多分、色町、かと……ケーキを……」

「そうですか。色町ですか。分かりました、あと、お願いがあります」

「何でしょうか……ケーキ……」

「依頼を受けて下さいませ、おば様。あと半年以内に結婚しませんと私、死にますから」

「はい? ケーキ……やりますから返して下さい」

「ではよろしくお願いいたしますね、おば様? 依頼をするようにお父様から知人の貴族の方々に伝えてもらいますから」

「はい……」


 とりあえず、色町ね。

 コンスタンスはクレイの居所の情報を手にすると、その足で色町に向かった。


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