居残り
「金がない!?」
朝早くに目覚めたクレイの開口一番に出た言葉がそれだった。
同じ部屋にはベッドが三つあり、それぞれに男女が一組ずつ。
腕の中に金髪の化粧の濃い商売女を抱いた剣士は、ベッドの側に立てかけた愛刀を横目でにらみつつ、財布を預かっていたはずの仲間に視線を移す。彼はいやあーと申し訳なさそうに頭に手をやってすまん、と一言でクレイの無言の訴えを終わらせてしまった。
「金がないとはどういうことだ、アロン!? お前、王都でも有名な綿花を扱うロナルド商会の跡取り息子だろうが! 金貨の十枚や二十枚どうにでもなるって俺を誘っておきながら金がないとはどういことだ?」
「いやーすまん、クレイ。考えてみれば、オヤジに金を送るように家人に手紙を渡したのだが、一向に戻って来る気配が無くてなー」
「おい、ふざけんなよアロン。ここに泊まってもう二週間だ。その間のツケが……」
もう一人の悪友、王国騎士のバルッサムも困り果てた顔をしていた。
今回の遊びの原因はこの男の離婚を祝おうとやってきたのに……その主催者が金がないと言い出したのでは何も始まらない。
「悪いな、クレイ。俺は元妻に慰謝料として家屋敷まで持っていかれた。今ではこのアリサの家に住まわせてもらってる身だ。金はない」
「いやそりゃ、お前はアリサの好意でそうしてもらってるだけで、ここの払いまで無くなる訳じゃ……おい、アロン?」
「クレイ、すまんな。俺もバルもこれから家の用事と王国騎士としての任務があるから戻らなきゃならん。つまり、身体が空いているのは――お前だけだ」
「マジかよ……??」
そしてクレイの視線はある人物に向かう。
そこには、裸の男女が集うこの部屋でただ一人、きちんとしたスーツに身を包んだ初老の男性が強張った笑みをその顔に張り付かせて微笑んでいた。
「クレイ様には、我が娼館これまで何度もお越し頂いていますし、ここは一つ。その身体で支払っていただくということで……」
「何!? いや、嫌だ! 俺は男相手に身体を売るなんて!」
「……そんなサービスはしておりませんので。その剣の腕を見込んでうちの用心棒兼ひまなときは色々と下働きをしてもらいましょうかね?」
「嘘だろ、おい……。俺だけ居残りかよ!? 冷たいぞ、お前らっ!!」
そろそろ自宅では息子が戻らないと母親がキレているはず。あのババアを怒らせると、二度と外にでれなくなるかもしれない。そんな危惧を抱きつつ、クレイは仲間たちを見渡すが誰も首を縦に振ることはなかった。
「では、決まったということで。ああ、御嫌なら男性相手の娼館にクレイ様を派遣するという手もありますが……どうしますか?」
「用心棒兼下働き……やらせていただきます」
クレイは諦めたように首を縦に振る。
それを聞いて、娼館の老主はにこやかに微笑んだのだった。
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