2. 据え膳食わぬは


 女は黒髪&清楚に限る。


 老舗の落ち着いた喫茶店の隅っこのテーブルでひとりコーヒーをたしなみながらちょっと厚めの文庫本のページを細長い指で一枚一枚ページをめくってコーヒーを注文する時も小さいけれど凛と通るような声で「ブルーマウンテンを一つ。ミルクはいりません」と言う姿が馴染むようなそんな女性が好きだ。


 しかしこいつは。


「先輩の童貞、私がもらっちゃおかなぁー♡」


 せいぜいスタバで「バニラクリームフラペチーノホイップもりもりー」とか言って馬鹿みたいにピースして自撮り写真をあげるような底知能クソ猿にしか見えない。


「貴様、俺の話聞いていなかったのか」


「きいてましたよー。ここぞと言う時まで童貞守ってるんですよねー。それって今じゃないかなーと思ったり」


「今じゃない。絶対、今じゃない」


 タイプじゃないし。

 むしろ逆。逆だ。しかしおっぱいは大きい。


「胸ばっかり見てるの分かってるんですよぉー」


 小依こよりは教壇の上に乗っかった。どんどんこっちに歩いてきている。自分の胸を指でぷにぷにとつついていた。


「私のおっぱいおっきいですよねー。良く友達に言われるんです」


「知らん。見てない。おっきくない」


「触りたいです?」


「は?」


「私の胸、触りたいですかー?」


 俺の手を掴むと小依はおっぱいに誘導し始めた。


 シャツの間から谷間が見える。おっきい。


 何だこれは。


 こんな強引なことがあってたまるか。俺の初タッチをこんな品性のかけらもない悪魔的後輩ギャルに奪われても良いのか。


 いかんぞ、珠木司たまきつかさ。まだキスだってしていないのに。黒髪乙女と純情坂道まっしぐらな恋を思い出ノートの一ページに刻むって校門の桜に誓ったじゃないか。


 しかし、この胸。


「自分でも言うのも何ですけど。柔らかいですよー」


 抗い難い……!


 プルプルと手が震えている。おっぱいだ。おっぱいが目の前にある。


 くそう。

 こらえろ、俺の左手。


「やめろぉ! 大きい声出すぞぉ!」


「ふふん。声では言っても身体は正直なんですよねぇ」


「誰か助けてぇ!」


「無駄ですよ。て言うかこの状況、どう考えてもヤバイの先輩ですからねー」


 ハッと我にかえる。

 確かに絵面的には後輩女子を襲っているようにしか見えない。不純恋愛対策なんていう横断幕の下でこんなハレンチ行為。


 まさにミイラ取りがミイラに。エッチなことを取り締まろうとしてエッチなことをしてどうするんだ。


 汚点だ。生涯の汚点になってしまう。


「大丈夫です。誰も来ませんよぉー」


 小依は俺の背中に手を回してきた。お腹に辺りにフニッとしたものが当たっている。


 柔らかい、と言うのは嘘じゃなかった。


 良いじゃないか。

 いやいや。そんなことを考えている場合じゃない。


「はがい締めか。くそぅ。離せぇ」


「すーりすーり」


「あ、あ、あ」


 もぞもぞと小依の身体が動いている。こんな近くで女子に身体を当てられたのは初めてだ。ちくしょう。


 気持ち良い。


「は。離せぇ」


「ふふ。分かりますよう。興奮してます?」


「してないぃ。不快だぁ」


「いけない口ですねぇ。身体の方が正直ですよう」


 小依は俺の太もも辺りに手をやって、ボソリとささやいた。


「ほら。先輩のた・ま・ご・っ・ち」


 ピン、と指で弾かれる。ビクンと身体に刺激が走る。


「グあー!」 


 俺は絶叫した。人の身体というのはこんなにも無力なのか。


 小依は楽しそうに笑いながらさらに密着してきた。


「あ。先輩のたまごっち、私の脚に当たっちゃってますぅー。わー童貞のくせに生意気ぃー」


「なー、何がたまごっちだ。バンダイに謝れぇ」


「あー、そんなにスリスリされるとぉ。気持ち良くなっちゃうー」


 そう言うと、小依は今まで聞いたことがないような甲高い声を出した。


「あん、あん、あうー」


 ぐえー。

 かくして俺の理性は崩壊した。


 万事休す。天守は石垣ごと総崩れした。もうたまごっちを止められそうにない。餌をもらい過ぎて画面ごと破裂した。


「ここなら誰もいないっすよー。やり方分かりますぅー?」


 バカにするな。

 俺にだってやり方くらい分かる。エッチなビデオで経験済みだ。


 とりあえずおっぱいだ。おっぱいを揉もう。震える手を伸ばして、胸を目指す。


「あぁー、先輩はやっぱりおっぱい好きなんですねぇー」


 指でつんつんしてみる。

 揺れた。揺れたぞ。服の上からなのにすごい。


「もっと触っても良いんですよぉ」


「良いのか、触って」


「もちろん。先輩だけのおっぱいです」


 俺だけのおっぱい。

 何て良い言葉だ。思わずガクンと谷間のほうに頭が落ちていく。


「おぉー、よちよち」 


 頭を撫でられるとポロポロと涙が出てきた。これは何の涙だ。去りゆく童貞に対する離別の涙か。


「うっ、うっ、うっ」


「赤ちゃんみたいでちゅねー」


「な、何とでも言えぇ」


「もっとヤラしてあげたいところですが、時間切れっすねー」


 ガバッと顔をあげる。

 教室の扉のところに、すらりとした頭身の長い黒髪の女生徒が立っていた。メガネをかけた彼女はキリッとした眼差しを俺に向けた。


「珠木委員長」


 姿勢を正したくなるような凛とした声だ。


「校内における不純恋愛対策と聞きましたが」


 しかし俺は小依のおっぱいに手を置いている。


「お邪魔でしたか」


 塩瀬牡丹しおせぼたん

 風紀委員書記であり数少ない俺と志を共にする女性。


 理想とする黒髪乙女に最も近い女性。


 彼女もまたとても良いおっぱいをしていた。

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