第150話 戦いの後

 蛇男を倒したことで街に平和が戻って来た。

 最近では、イヴィルダークの活動も殆ど無くなっていた。それもそのはずである。今や、イヴィルダークの主力級戦力だったイリスさんとタマモは組織における三割を超える戦闘員と供に組織を脱退。おまけに蛇男は敗北して再起不能状態だ。

 迂闊に動けば星川と愛乃さんに倒されるリスクも高まる。ぶっちゃけ俺がイヴィルダークの立場でも暫くは動かないだろう。


 蛇男に滅茶苦茶にされた街も少しずつ復興している。


「「「いらっしゃいませー」」」


 そんな中、遂に俺たち「触手を愛する会」によるマッサージ店も始動し始めていた。


「ヒィ!! 触手の化け物!」

「そんなに怯えなさんな。この触手は悪い触手じゃない。タッコンさん、今日もお願いできますか?」


 俺を見て怯える子供。どうやら、ここ最近よく店に来ているお客さんの子供らしい。


「はい。先に受付の方で名前を書いて下さい。順番が来たら名前を呼びますので」

「分かりました。ほら、お前も怯えてないで行くぞ」

「なっ! 父さん、何言ってんだよ! こんな触手の化け物にマッサージされたくねーよ!」


 子供の一言に俺の触手が一本だけ荒ぶる。


『あの子供には教育が必要だね』


 落ち着け。後からやれる時間はたっぷりある。


『むぅ。まあ、そうだね』


 タコを諫め終えてから、俺はマッサージルームに戻り、再びマッサージを始める。


「んほおおお!! いいいいい!!」

「効くううううう!!」

「ひゃっはあああ! これがなきゃやってられないぜえええ!!」

「はい。次の方ー」


 マッサージをする度に歓喜の声を上げる人々。

 客の殆どは男だが、女性客も本当に少しづつだが増えてきている。一度来店したお客さんのリピート率は現状100%だし、初動としてはバッチリと言えるだろう。


「ほ、本当に触手にマッサージされるんだ……」

「お、さっきの子供だね。怖くないよー。ほら、こっちにおいでー」

「ヒィ!!」


 子供はまだ触手に恐怖心があるのか、こちら側に来てくれない。

 これは仕方がない。特に最初だとこうなる人は多い。


「んー、仕方ないな。タマモ」

「分かったわ」


 タマモの名前を呼ぶと同時に子供の後ろからタマモがヌッと姿を現す。タマモは子供の身体を掴むと直ぐにこちらに連れてきてくれた。


「え!? お、お姉さん!? 放して! 放してよ!」

「安心しなさい。これからあなたが体験することに何も苦しいことなんて無いわ。頭の中が真っ白になって、直ぐに多幸感に全身が包まれる。抗うことすらも許されない絶対の快楽」

「何言ってるか全然分かんないよ!」

「ええ、そうね。皆最初はそう言うわ。でも、全てが終われば口を揃えてこういう。偉大なる触手に感謝を、ってね」

「そ、それってセンノーってやつじゃ……うわぁ!」

「夢の国へいってらっしゃい」


 タマモが子供をベッドに固定し、子供に手を振る。それと同時に俺は直ぐに子供の全身を触手で包み込んだ。


「うわああああ!!」


 子供の悲痛な叫びが店内に響き渡った。



「偉大なる触手に感謝を」

「またのご来店お待ちしております!」


 最初こそ悲鳴を上げていた子供だったが、最後には満足げな笑みを浮かべて帰ってくれた。

 本当に良かった。


「すいません。それじゃ俺はここであがらせてもらいます」

「あら、そうね。もう夜になるものね。後片付けは私たちに任せて頂戴」


 店長であるイリスさんに一言声をかけてから、変身を解き、店を後にする。

 既に外はすっかり暗くなっていた。帰りに街の中で一番有名なスイーツ店でケーキを四つ買って帰る。


「ただいまー」


 返事は返ってこない。だが、リビングの方からは美味しそうなカレーの匂いが漂ってきていた。


「星川、帰ったぞー」

「ふん!」


 リビングを通り、キッチンで料理をしている星川に声をかける。だが、星川は俺を軽く睨みつけてから鼻を鳴らした。

 蛇男を倒した日から一週間が経過した。だが、未だに星川は俺への怒りを納めていなかった。

 あれから毎日の様に謝罪をしているが、星川は何故か許してくれない。

 そんなに触手による初めてが大事だったのだろうか?


「そうだ。今日はケーキ買ってきたんだよ。星川、甘いもの好きだったよな」

「そ、そんなもので機嫌取ろうたって、そうはいかないよ」


 口ではそういう星川だったが、口元は明らかに緩んでいた。


「とりあえず星川の食べたいやつ二つ選んでくれるか?」

「え、なんで二つ?」


 キョトンとした顔を浮かべる星川。

 さっきまでのツンとした態度はすっかり消え失せてしまっていた。


「残りは星川の両親に渡そうと思ってな。俺が食べる奴は星川に分けてあげられるから、二つ選んで欲しいんだ」

「そうなんだ。じゃあ、私少し選ぶからあっくんはカレーの火加減見といてくれる?」

「おう。てか、さっきまでのツンとした態度はやめていいのか?」

「あ……」


 今更になって気付いたのか、星川は一瞬固まってから直ぐにキッと俺を睨みつけて来た。


「ふ、ふん! 勘違いしないでよね! これは、ケーキのためなんだから! あっくんを許したとかじゃないんだからね!」


 ツンデレのテンプレのようなセリフを言いながら俺に背を向ける。


「可愛い」

「……っ! も、もう!!」


 顔を赤くして星川は「浮気者の癖に……これだからあっくんは……」と呟きながらケーキを選び始めた。


 悩みぬいた末に星川はチーズケーキとショートケーキを選んだ。残っていたチョコのケーキとモンブランを星川の両親に渡すために、俺は一旦家を出る。

 隣の家に上がると、丁度光里さんと武蔵さんが夕飯を食べ終えてのんびりしている時だった。


「あら、あっくん。久しぶりね。どうかしたの?」

「これ、ケーキ買ってきたのでよかったら食べてください」

「あらあら、わざわざありがとね」

「いえいえ、いつもお世話になっているので」


 ケーキを光里さんに手渡して、一礼してから帰ろうとするが、光里さんに呼び止められる。


「あ、そうだ。あっくん、明里と喧嘩してるんでしょ? どうしてあの子が怒ってるか分かる?」

「あー、えっとそれは、俺が浮気してるって星川が誤解してるからじゃないんですか?」

「まあ、それもあるかもしれないわね。でも、あっくんは肝心なことを忘れてるわよ」

「肝心なこと?」

「そう。あの子はずっと期待して待ってるのよ。あまり待たせ過ぎちゃダメよ」


 光里さんはそう言ってウインクを一つした。


 あ……そういうことか。

 なるほど、確かにあの日言おうとしたことは結局言えないままだったもんな。


「はい! ありがとうございます!」


 改めて頭を一度下げて、自分の家に急いで戻った。



************


 もうちっとだけ続くんじゃ。

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