第135話 VSタマモ

 薄暗くジメジメとした牢屋に閉じ込められていた狐耳の女性はタマモというものだった。

 元々、イヴィルダークの部隊長として働いていた彼女が地下牢に閉じ込められた理由、それは彼女の危険性にあった。

 敵、味方問わず、自分の気に入ったものを自分のものにして玩具として使い、壊れたら捨てる。

 一時期、タマモの行動でイヴィルダークの多くの構成員が使いものにならなくなるほどであった。


 地下牢で誰と喋ることもなく過ごす退屈な日々。最初こそ、タマモも自分を閉じ込めたものたちへの強い復讐心を抱いていた。

 しかし、時の流れとともにその感情も薄れていく。今のタマモの心の中にあるものは寂しさ、そして誰でもいいから会って話をしたいという欲だけだった。


 そんなある日、夜になり地下牢の温度がどんどん下がっていく中、どこからかぺたぺたと特徴的な足音が聞こえて来た。

 その足音が寝ようとしていたタマモの意識を覚醒させる。注意深く足音に注意を向けると、その足音はどうやらこちらに近づいているらしい。

 誰かは分からないが、久々に人と話せる。

 そのことにタマモは歓喜した。

 そして、足音の主はタマモの牢屋の前で足を止める。暗闇のせいで、牢屋の前の人物の姿はよく見えない。


「誰かいるのかしら?」


 何も言わない人物にタマモは問いかける。

 すると、その人物はギョロリと怪しく光る目をタマモに向ける。


「キエエエエ!!」


 そして、咆哮を上げた。

 その瞬間、タマモは確かに見た。目の前の人物が持つ細長く気持ちの悪い動きをする触手を。

 それと同時に、タマモは悟った。

 この化け物は私を嬲り者にしに来たのだと。

 大方、あの蛇男辺りがタマモを始末するために送り込んできた刺客と言ったところだろう。

 蛇男は権力に固執しており、自分よりも優秀な存在を疎んでいた。故に、やや今更感はあるが、蛇男が私の始末に動いても何ら不思議ではない。


「ふふ。こんな醜悪な化け物で私を始末しようなんて、舐められたものね」


 地下牢で四肢を拘束されている。

 それにも関わらずタマモは余裕の笑みを崩さない。その理由はタマモの能力にあった。

 タマモには男を魅了させる力がある。見たところ、目の前の化け物はオス。ならば、タマモに魅了されない道理はない。


「ふふふ。化け物さん、その触手で私をここから出してくれない?」


 これまでの経験で、タマモに魅了されなかった男などいなかった。だから、タマモは当然、目の前の化け物も魅了されていると思っていた。


「……ダシテヤッテモ……イイ。……シツモン……二……コタエルナラ……」


 だが、目の前の化け物から差し出されたものは交換条件だった。

 魅了が効いていないことに目を見開き、動揺を露わにするタマモ。だが、それと同時に彼女は歓喜した。


 この化け物は面白い。私に魅了されないこいつが欲しい。


 タマモがこの化け物を手に入れるには少なくとも、この牢屋を出なくてはならない。

 質問に答えるだけでここを出れるなら安いもの。そう考えて、タマモは化け物の条件を呑むことにした。


「ええ。いいわよ」

「ショクシュ……スキ?」


 タマモが同意を示した後、直ぐに化け物は問いかけてきた。

 触手が好きか。

 訳の分からない質問だ。もしかしたら、何か裏の意味があるのかもしれない。

 そう思い慎重に考えるタマモだったが、裏の意味など見つかるはずが無かった。

 何故ならば、この質問はそのままの意味であり、それ以上もそれ以下の意味も持たないからだ。


「嫌いだわ。気持ち悪いし、それに私のような美しい女性には似合わないじゃない? でも、興味は無いわけじゃないわ。例えば、あなたの触手には少しそそられちゃうかも」


 タマモは舌なめずりをしてそう言った。

 タマモには圧倒的な自信があった。これまで、数多くの男を屈服させてきた。タマモにはそれだけの力がある。

 自分の敗北、屈服する姿など考えられない。

 だからこその挑発。


 その慢心がタマモにこれまでにない体験を与えることになる。


「……ヤル」


 化け物はポツリと呟くと、触手たちを牢屋の隙間からタマモの肉体に伸ばす。


「……っ。んっ。ふふ、少しの挑発でのせられちゃうなんて、子供みたいね」


 触手がタマモの腕、足にまとわりつく。しかし、タマモは余裕を崩さない。

 タマモの魅了は相手との距離が近ければ近いほど大きな効果を発揮する。タマモに直接触れて魅了されないものがいるならば、それはオスとしての機能を失っているか、性欲を遥かに上回る強い意志を持っているものだけ。

 そして、目の前の化け物は後者だった。


「んっ。や、やめなさい……!」


 触手たちがタマモの全身を撫でまわす。

 思わず拒否の姿勢を見せるタマモだが、触手たちはそんなことは知らないとばかりに動きを早めていく。


「んぁ! ちょ、調子に乗らないで……っ!」


 タマモが全身に力を込め、触手を吹き飛ばそうとする。元とはいえなタマモはイヴィルダークの部隊長。

 その力はイヴィルダークの下っ端たちとは比にならない。

 だが、タッコンの触手はイリスさえも容易く捕らえ、陥落させている。

 

「はう……ど、どうして? 力が……」


 タマモの身体が力んだ。それを感じ取った瞬間、タッコンは触手を巧みに操りタマモの全身をもみほぐす。

 ただでさえ、タマモは地下牢に閉じ込められ、長い間姿勢を変えることが出来ておらず、全身が凝り固まっていた。

 そんな中、職人レベルのマッサージを受けてただでいられるはずがない。


「あ……んんっ!」

(ど、どうして、こんなに気持ちいいの……? こんな触手なんかにこの私が、逆らえないなんて……!)


 必死に声を押し殺すタマモ。

 だが、漏れ出る吐息は艶っぽくなり、身体もビクンと時折跳ねて反応してしまっていた。


「……フッ」

「~~~っ!!」


 タマモの様子を見て、タッコンが鼻で笑う。

 それは、まるで「偉そうに振舞っておいてこの程度か」そう言っているようにタマモは感じた。


「な、舐めないでちょうだい……んっ! この……程度! 全然、気持ちよくないんだからぁ……あっ!」


 タッコンを睨みつけるタマモだったが、言葉の節々で身体を跳ねさせる姿は滑稽と言わざるを得ないものだった。


 タマモがまだ屈していない、そう捉えたタッコンは次の段階に入る。全身のもみほぐしだけで足りない。

 ならば、次に狙う場所はタマモの頭の上でぴくぴくと震える耳、そしてピンと張りつめているタマモのお尻から伸びるもふもふの尻尾であった。


「ひゃんっ! あ、あなた! どこを触っ――あんっ……そ、そこだめ……!」


 これまでの経験で、タマモは当然自分の玩具たちと性行為に及んだことはある。だが、そのどれもがタマモが優位で行われた。

 故に、タマモにとって耳や尻尾を撫でまわされることはこれが初めての経験だった。


(な、何これ? だめっ! だめだめだめ! こんなの知らない! こんなにされたら私……私……!!)


 未知の快感、それに踊らされるタマモ。

 頭の中がどんどん白くなっていく中、ギリギリでタマモは踏みとどまっていた。

 こんな触手に負けるわけにはいかない。この世界は私中心に回っている。

 私が誰かを振り回すことはあっても、私が誰かに振り回されるわけにはいかない。


 タマモは自分を愛している。世界で一番と言ってもいい。

 何をするにも自分優先、そんな存在を認めてくれるほどこの社会は寛容では無かった。

 他者の気持ちを考えなさい、周りをよく見なさい。自分だけじゃなくて、人を幸せに出来る存在でありなさい。


 訳が分からなかった。

 タマモは知っている。他者のために行動した結果、自分の幸せを逃した愚かな人間を。

 自分か他人、どっちが大事かなど言うまでもない。そこで他人だというものがいるなら、それは偽善者かとんでもない大馬鹿者だ。

 ならば、自分の幸せを求めることの何が悪い。一番大事な自分のために他者を犠牲にすることが何故批判される。

 自分の生き方は認められない。ならば、自分だけでもそれを認める。自分だけでも自分をどこまでも愛していこう。


 それは孤独な生き方と言ってもいいかもしれない。

 タマモは誰かに本気で愛されたことはない。タマモ自身がそれを諦め、他者を魅了して半ば強制的に自分を愛させてきたからだ。


 故に、タマモにとって、触手たちに全身を愛撫される経験はこれまでにない快感を与えた。

 タッコンは純粋な思いでタマモの全身を撫でまわしている。魅了されているわけではない。

 そのタッコンの純粋な思いが触手から伝わって来る。人肌程度の温もりをもった触手が、タマモの身体を温め、優しくほぐしていく。

 そして、触手から放たれる粘液の甘い香りがタマモの心を癒していく。


「……ユダネロ」


 タッコンがポツリと呟く。

 委ねてもいいのだろうか? 自分しか愛せない、この私をこの化け物は受け入れてくれる、そう言っているのだろうか?


「……い、いいの?」


 タッコンは静かに頷いた。

 その瞬間、タマモの奥底に眠る欲求が爆発した。


「お願い……。私を愛して! その触手で、私の知らない世界を見せて!」


 タッコンは何も言わない。

 だが、タマモの全身を撫でまわす触手の動きを、優しさを保ったまま激しくさせていく。

 

「あっ――」


 ビクンッ――一際大きくタマモの身体が跳ねる。

 そして、タマモは意識を失った。その表情は幸せそうで、まるで親の膝の上で眠る子供のように安らかであった。



***



「えへへ……触手すきぃ……」


 目の前には四肢を拘束されながらも、触手に頬ずりしながら寝言を言う粘液まみれのケモミミ和服美女。


『いやぁ。最高だった……」


 脳内には満足げなタコ。


 やっぱりエロ漫画じゃないか!!



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